治験で移植を受けた患者は8人でした。それでもiPS細胞由来の心筋シート「リハート」は、承認から約7か月で、保険診療として初めて患者に移植されました。速さの裏には、効果を「推定」した段階で先に届け、あとから確かめる制度があります。その確かめる作業が、ここから始まります。
クオリプス株式会社は2026年9月29日、同社が開発した再生医療等製品「リハート」の第1例目の移植術が、大阪けいさつ病院で実施されたと発表した。リハートは2026年9月1日付で公的医療保険の適用(保険収載)を受け、保険診療下での使用が可能になっており、今回は保険収載後として初めての移植術となる。
移植術は滞りなく完了したという。同社は今後も医療機関との連携を強化し、リハートを必要とする患者に届けられるよう、安全性の確保と普及推進に努めるとしている。
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再生医療等製品「リハート®」第1例目の移植実施に関するお知らせ(クオリプス株式会社)
【参考動画】
【速報】iPS「心筋シート」初の移植手術 大阪市内の病院で 手術は滞りなく完了【スーパーJチャンネル】(2026年9月29日)(テレ朝NEWS)。今回の第1例目を伝える報道動画。
【編集部解説】
今回のニュースの核心は、iPS細胞から作られたリハートが、承認と保険適用を経て、保険診療として初めて患者に移植されたことにあります。日本経済新聞は、iPS細胞由来の製品が臨床現場で患者の治療に使われたのは世界で初めてと報じています。
経過を並べると、その速さがわかります。厚生労働省の承認が3月6日、中央社会保険医療協議会(中医協)での価格了承が7月22日、保険適用が9月1日、そして第1例目の移植術が9月29日でした。承認から約7か月で、製品は患者のもとに届いたことになります。
リハートは、健康なドナーのiPS細胞から作った心筋細胞をシート状にした再生医療等製品です。対象は、薬や手術などの標準的な治療で十分な効果が得られない、虚血性心筋症による重症心不全の患者です。左胸を開く手術で、3枚のシートを心臓の表面に貼り付けます。
開発元は、シートが分泌する物質の働きで、新しい血管の形成や心筋の状態の改善を促し、心機能や運動能力の改善・維持につなげる設計だと説明しています。細胞を心臓に貼ることで、体の中に修復を促す環境をつくるという考え方です。
同じiPS細胞由来の製品では、住友ファーマのパーキンソン病向け「アムシェプリ」が5月に保険適用されています。こちらの1例目の移植は、10月に京都大学医学部附属病院で予定されていると、同社が7月31日に発表しています。心臓とパーキンソン病という2つの領域で、iPS細胞の医療が制度の中に入ったことになります。
価格は1製品あたり5320万円で、中医協が7月22日に了承しました。公的医療保険と高額療養費制度を使うことで、患者の自己負担は大きく抑えられます。
報道によると、手術を受けたのは、4年前に心筋梗塞を発症した50代の女性です。手術は約50分で終わり、容体は安定していると伝えられています。手術を主導した澤芳樹氏は、大阪けいさつ病院の総長であり、リハートを開発したクオリプスの取締役最高医療科学責任者、大阪大学の特任教授も務めています。開発の現場と臨床の現場が地続きであることは、この製品が大学発の研究から生まれたことをよく表しています。
リハートは、条件・期限付き承認の制度のもとで承認された製品です。8例の治験では、主要評価項目である心エコーの左室駆出率が5%以上改善したのは2例でしたが、症状の指標であるNYHA心機能分類は8例すべてで改善し、有効性を推定できる一定の基準を満たすと判断されました。安全性では、追跡できた範囲で死亡はなく、本品に起因する腫瘍化も現時点では認められていないと、中医協の資料に記載されています。承認に付された7年の期限内に、全例を対象とする使用成績調査(目標75例)で有効性と安全性を改めて検証し、本承認を目指すことが、開発元と医療現場の次の宿題です。
iPS細胞を作製した山中伸弥氏も、承認が了承された際に、医療として確立するには安全性と有効性を確かめるプロセスが不可欠だと述べ、引き続き一歩ずつ着実に進むことが重要だと語っていました。
中医協では、条件・期限付き承認の期限内に使用できる施設を、全国で20施設とする予定だと説明されました。中医協の資料では、推定適用患者数が初年度で690人、実際に使われる患者数が10年度目(2035年度)で96人と見込まれています。
承認の期限内に集める実臨床のデータが、iPS細胞による心臓の治療の有効性と安全性を確かめる材料になります。1人ひとりの手術の積み重ねが、日本発の技術が世界に示す最初の実績になります。クオリプスは、体への負担がさらに小さいカテーテル治療の開発にも取り組むとしており、その先の届け方にも目が離せません。
【関連記事】
住友ファーマ「アムシェプリ」iPS細胞パーキンソン病薬、厚労省が世界初の承認了承
同日に了承されたリハートにも触れた、住友ファーマのパーキンソン病向けiPS細胞由来製品アムシェプリの承認了承を伝える記事。
アムシェプリ保険適用へ|住友ファーマのiPS細胞由来パーキンソン病治療、薬価5530万円で世界初
アムシェプリの保険適用と薬価5530万円を扱った記事。リハートの保険適用が2026年内に予定されていることにも触れている。
【編集部後記】
リハートを使うには、患者と家族に文書で説明し、文書で同意を得ることが、添付文書の警告に定められています。患者向けの同意説明文書は、企業と医薬品医療機器総合機構(PMDA)の間で準備中だと、7月22日の中医協で事務局が説明しました。
期待と限界を、同じ1枚の紙の上に並べて手渡す。「推定」という言葉を、患者が自分の判断で引き受けられる言葉に訳す作業が、7年間、1例ごとに続きます。
【用語解説】
iPS細胞(人工多能性幹細胞) 皮膚などの体細胞に少数の遺伝子を導入し、さまざまな細胞に変化できる状態へ初期化した細胞。2006年に山中伸弥氏らがマウスで作製を報告した。
再生医療等製品 人や動物の細胞を加工し、失われた体の機能の回復などを目的に使う製品。医薬品や医療機器とは別の区分で、薬機法にもとづいて承認される。
条件・期限付き承認 臨床試験の症例が限られる再生医療等製品について、安全性が確認され有効性が推定できる場合に、期限と条件を付けて早期に承認する制度。期限内に有効性を確かめ、改めて承認を受ける必要がある。リハートの期限は7年。
保険収載(保険適用) 医薬品や医療機器などが、価格とともに、公的医療保険で使える対象として認められること。
中医協(中央社会保険医療協議会) 厚生労働相の諮問機関。公的医療保険で使う医療行為や製品の価格、使える範囲などを審議する。
高額療養費制度 1か月に支払う医療費の自己負担が上限額を超えたとき、超えた分が払い戻される(または窓口の支払いが上限までに抑えられる)制度。上限額は年齢や所得で異なる。
虚血性心筋症 心臓に酸素や栄養を送る冠動脈が狭くなったり詰まったりして、心筋の血流が不足し、心機能が低下する病気。
主要評価項目 臨床試験で、治療の効果があったかを判定するために、最も重視する指標。
左室駆出率(LVEF) 心臓の左心室が、1回の拍動で送り出す血液の割合。心臓のポンプ機能を示す代表的な指標。
NYHA心機能分類 心不全の症状の重さを、日常生活での息切れや疲れやすさの程度によって、Ⅰ〜Ⅳ度に分ける分類。
使用成績調査 製品の発売後に、実際に使われた症例のデータを集め、有効性と安全性を確かめる調査。
【参考リンク】
クオリプス株式会社(外部)
リハートを開発した大阪大学発のバイオベンチャー。製品情報やIRニュース、役員紹介、沿革、拠点情報などを掲載している公式サイト。
住友ファーマ アムシェプリ 条件及び期限付承認取得 記者会見資料(外部)
同じiPS細胞由来製品アムシェプリの承認記者会見資料。承認に至る経緯や、1例目の移植までの予定、施設と患者の範囲の拡大の流れを示す。
社会医療法人大阪国際メディカル&サイエンスセンター 大阪けいさつ病院(外部)
第1例目の移植術が行われた病院の公式サイト。法人と病院の概要、理事長挨拶、新病院の情報、診療に関する案内などを掲載している。
【参考記事】
再生医療等製品の保険適用について(令和8年9月1日収載予定)(厚生労働省・中医協資料)(外部)
価格5320万円の算定方式、推定適用患者数と使用患者数の見込み、治験8例の指標別結果、使用成績調査の目標75例を記載している。
2026年7月22日 中央社会保険医療協議会 総会 第653回議事録(厚生労働省)(外部)
リハートの保険適用の審議。使用施設が全国20施設の予定であること、患者への文書説明と文書同意の仕組みを事務局が説明している。
iPS細胞使った医療品「リハート」、2例目の保険適用 重症心不全向け5320万円(日本経済新聞)(外部)
7月22日の価格了承を伝える記事。承認の期限内は20施設でのみ治療を行うことや、7年以内の検証が必要なことを報じている。
クオリプスのiPS細胞心筋シート、世界初の実用化 心不全患者に移植(日本経済新聞)(外部)
9月29日の第1例目を、iPS製品が臨床現場で患者の治療に使われた世界初として報じる記事。クオリプス副社長の談話も含む。
iPS心筋シート、初の移植 50代女性、容体安定―阪大発ベンチャー(時事ドットコム)(外部)
手術の開始時刻と所要時間、患者の容体を伝える記事。最長7年で75人の臨床データを集めて本承認を目指す計画にも触れている。
Japan gives first-ever approval to regenerative medicine products using iPS cells, expanding options for heart failure and other conditions(Science Japan)(外部)
3月6日の承認を、リハートとアムシェプリの背景とともに解説する記事。治験の内容と、条件・期限付き承認の仕組みを説明している。
山中教授「大きな一歩」 iPS細胞由来の再生医療製品の承認了承で(時事ドットコム)(外部)
2月19日の専門部会での承認了承を受けた山中伸弥氏のコメントを伝える記事。安全性と有効性を確かめる過程の重要性を語っている。


















