公益財団法人がん研究会、日本電気株式会社(NEC)、大鵬薬品工業株式会社は、全ゲノム情報を活用した新規がん治療ワクチン創製を目的とする三者共同研究契約を2025年11月28日に締結したと発表した。
本共同研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の「がん・難病全ゲノム解析等実行プログラム」における「がん全ゲノム解析等の臨床的有用性の検証、および、患者還元の体制構築に関する研究」の枠組みで実施される。
三者は、複数のがん患者に共通するがん特異的抗原(ネオアンチゲン)およびダークゲノム由来のがん特異的抗原(クリプティック抗原)を同定し標的とする共通ネオアンチゲンがん治療ワクチンの研究開発を行う。
がん研究会は質の高い臨床情報と全ゲノム情報等を提供し、NECはAI技術で共通ネオアンチゲンを予測し配列設計し、大鵬薬品は独自の実験モデルで免疫学的評価を行い、治験可能な開発候補品の創出を目指す。
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がん研究会、NEC、大鵬薬品 全ゲノム情報を活用した新規がん治療ワクチン創製に向け三者共同研究契約を締結
【編集部解説】
今回の共同研究は、「個別化がんワクチン」と「標準化された量産ワクチン」のあいだをつなぐ、新しい第三の選択肢を模索する動きといえます。 全ゲノム解析データとNECのネオアンチゲン予測AI、大鵬薬品の評価モデルを組み合わせることで、患者ごとに設計し直すのではなく、複数の患者に共通する標的を見つけ出し、共有して使えるワクチン候補に仕立てていく狙いがあります。
特徴的なのは、通常のネオアンチゲンだけでなく、ダークゲノム領域から生まれるクリプティック抗原まで探索対象を広げている点です。 これにより、「これまでの解析では見落としていたがん特異的抗原」を掘り起こしつつ、多様なHLAタイプに対応できる標的を選びやすくなる可能性があります。
また、このプロジェクトは単発の創薬テーマというより、AMED「がん・難病全ゲノム解析等実行プログラム」の中で進む「ゲノム・データ基盤づくり」と表裏一体の取り組みです。 全ゲノムと臨床情報の紐づけ、AIモデルの高度化、免疫学的な検証ノウハウといった資産は、将来的に他のがん種や別の企業の開発にも活用されうる“共通インフラ”へと育っていくポテンシャルを持っています。
一方で、現時点ではまだ治験前の研究段階であり、有効性や安全性、特に自己免疫リスクを含む長期的な影響はこれから慎重に検証されます。 ダークゲノム由来の抗原を標的にするということは、「本当に腫瘍でだけ発現しているのか」「正常組織への影響はないか」をこれまで以上に厳しく評価する必要があり、規制当局の審査も、AIモデルの説明可能性やデータバイアスなど新しい論点を含むものになっていくでしょう。
海外では、mRNAを用いた個別化がんワクチンが術後再発予防などで前向きなデータを積み上げつつありますが、製造負荷やコスト面の課題も指摘されています。 その中で、日本発の「共通ネオアンチゲン+ダークゲノム」という設計思想は、パーソナライズド医療とアクセスのしやすさを両立させるひとつの解答候補として、今後の臨床試験の行方が注目されるところです。
【用語解説】
ネオアンチゲン(neoantigen)
がん細胞の遺伝子変異に由来する「がん特異的な抗原」の総称で、正常細胞にはほぼ存在しないため、免疫細胞に狙い撃ちさせやすい標的とされる。
共通ネオアンチゲンがん治療ワクチン
複数のがん患者に共通して存在するネオアンチゲンを標的とするがんワクチンで、個別カスタマイズではなく「共有ターゲット」を狙うため、より広い患者集団への適用と供給の迅速化を目指すアプローチである。
ダークゲノム(dark genome)
ゲノム配列のうち、機能や役割がまだ十分に解明されていない領域の総称であり、ここから翻訳されるタンパク質断片に由来するがん特異的抗原は「クリプティック抗原」と呼ばれる。
クリプティック抗原(cryptic antigen)
ダークゲノムなど、従来は注目されてこなかった配列から生じる隠れたがん特異的抗原で、通常のネオアンチゲンでは拾いきれない新たな免疫標的として期待されている。
アンメット・メディカル・ニーズ(unmet medical needs)
有効な標準治療が存在しない、または治療成績が十分でない疾患領域における医療ニーズを指す用語で、本共同研究ではこうしたがん種に焦点を当てている。
個別化がん免疫療法(personalized cancer immunotherapy)
患者ごとの遺伝子変異や免疫状態を解析し、その人専用のワクチンや細胞治療を設計する治療コンセプトで、全ゲノム解析とAIを組み合わせて実現が進みつつある。
全ゲノム解析(whole-genome analysis)
ヒトゲノム全体の塩基配列を網羅的に読み取り、変異や構造変化を解析する手法で、がんに特有の変化や新規抗原の探索に用いられる。
HLAタイプ(HLA type)
ヒト白血球抗原(Human Leukocyte Antigen)の遺伝的な型のことで、個人差が大きく、どの抗原を免疫系がうまく認識できるかに影響するため、がんワクチン設計で重要なパラメータとなる。
AMED「がん・難病全ゲノム解析等実行プログラム」
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)が推進する国家プロジェクトで、がん・難病の全ゲノムデータを体系的に蓄積し、研究・創薬・医療への展開を図ることを目的とする。
治療用がんワクチンの最新動向レビュー論文
ZaidiらによるNature Reviews Cancerの総説で、ネオアンチゲンワクチンや術後再発予防、早期がん治療への応用可能性、臨床試験での成果と課題を俯瞰している。
【参考リンク】
公益財団法人がん研究会(外部)
がん研究・がん医療を一体で推進する日本初のがん専門機関で、研究所と有明病院を擁し、次世代がん医療を目指している。
NEC Corporation(外部)
IT・ネットワークとAI技術を軸に社会インフラを支えるグローバル企業で、ゲノム解析や医療分野のデータ活用にも取り組んでいる。
Taiho Pharmaceutical Co., Ltd.(外部)
がんと免疫関連疾患領域に注力するスペシャリティファーマで、抗がん剤を中心にグローバルで研究開発と事業展開を行っている。
日本医療研究開発機構(AMED)(外部)
医療分野の研究開発を支援する日本の政府系機関で、がん・難病全ゲノム解析等実行プログラムなど大型プロジェクトを推進している。
Recent advances in therapeutic cancer vaccines(外部)
治療用がんワクチンの臨床試験結果や技術動向を整理し、再発予防や早期がん治療での応用可能性を解説するレビュー論文である。
NEC 英語ニュースリリース(外部)
全ゲノム情報を活用した共通ネオアンチゲンがんワクチン共同研究の狙いや技術要素を英語で紹介するNEC公式プレスリリースである。
Taiho 英語ニュースリリース(外部)
三者共同研究の背景や役割分担、今後のがん領域戦略との関係を、大鵬薬品の視点から英語でまとめた公式リリースである。
【参考記事】
JFCR, NEC, and Taiho to Develop Cancer Vaccines Utilizing Whole-Genome Information(外部)
三者が全ゲノム情報とAIを活用した共通ネオアンチゲンがんワクチン開発に向け共同研究契約を締結したことを伝える英語リリースで、ダークゲノムやクリプティック抗原の位置付けも説明している。
Taiho News Release 2025-11-28(外部)
大鵬薬品の英語リリースで、全ゲノム×AI×実験モデルによる新規がん治療ワクチン創製の流れと、術後再発予防など将来の適応可能性を整理している。
JFCR and NEC Confirm Research Results for Developing Cancer Vaccines Using Whole Genome Information(外部)
がん研究会とNECによる全ゲノム情報活用の研究成果をまとめた英語PDFで、ネオアンチゲン予測技術や今後の臨床応用への展望が述べられている。
JFCR, NEC and Taiho to develop cancer vaccines(外部)
製薬業界メディアによる記事で、がん免疫ワクチン市場の文脈の中で今回の共同研究を位置付け、各社の戦略や競合状況と併せて解説している。
Three-Party Joint Research Agreement News(外部)
投資家向けニュースとして三者共同研究契約を紹介し、市場インパクトやNEC・大鵬薬品の事業ポートフォリオにおける位置付けをコンパクトにまとめている。
【編集部後記】
がんワクチンというテーマは、多くの人にとって「遠い最先端」と「とても個人的な関心」が同時に存在する領域だと感じています。 今回の取り組みは、そのあいだをつなぎにいく日本発のチャレンジのひとつです。
もし自分や身近な人が、いつかこうしたワクチンの候補になりうるとしたら、そのときどんな情報を知っておきたいか、どんな選択肢があってほしいか。んな視点でニュースを追うと、見えてくるものが変わってくるかもしれません。






























