Conceivable Life Sciencesは、世界初のエンドツーエンド完全自動化IVFラボ「AURA」をメキシコシティのHope IVFクリニックで2026年1月から臨床運用を開始した。同システムは2025年12月11日に開発センターから輸送され、100人の患者を対象としたIRB研究が間もなく始まる。
AURAは6つの統合ワークステーションで構成され、AI、高度な光学技術、マイクロロボティクスを使用して顕微鏡スケールで細胞を操作する。以前のパイロット研究では21件の妊娠を達成し、51%の成功率を記録した。同システムは年間2,000回のIVFサイクルを胚培養士、エンジニア、ラボ技術者の3人のスタッフで処理できる設計となっている。
Conceivableは約3年間の開発期間を経て3,800万ドルの資金調達を実施した。Hope IVFは同社共同創設者のDr. Alejandro Chávez-Badiolaが所有し、主任研究者は最高科学責任者のJacques Cohenが務める。
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Conceivable Launches World’s First Automated Lab in Mexico City
【編集部解説】
体外受精(IVF)は1978年に初の成功例が報告されて以来、世界中で数百万人の誕生を支えてきましたが、その根幹となるラボ作業は今もなお驚くほど「手作業」に依存しています。顕微鏡下で卵子に精子を注入するICSI(顕微授精)をはじめとする200を超える工程の多くが、胚培養士の手と目に委ねられているのです。
この手作業中心のアプローチには深刻な課題があります。熟練した胚培養士の世界的な不足は年々深刻化しており、特にサハラ以南のアフリカ地域では専門家の絶対数が足りず、経験豊富なスタッフは他国へ流出してしまう「頭脳流出」も起きています。また、手作業に伴う技術のばらつきが、クリニック間、さらには同じクリニック内でも成功率の変動を生み出しているのです。
AURAが注目される理由は、この構造的な問題に正面から取り組んでいる点にあります。半導体製造で使われる高精度ロボットアームを生物学的素材の扱いに応用し、AIアルゴリズムで205の工程を標準化することで、人的変動要因を排除しようとしています。年間2,000サイクルをわずか3人のスタッフで処理できる設計は、労働集約的だったIVFラボのビジネスモデルを根本から変える可能性を秘めています。
臨床成果も着実に積み上がっています。2025年4月には自動化ICSIシステムによる世界初の出生が医学誌に報告され、パイロット研究からは既に18人の健康な赤ちゃんが誕生しています。51%という成功率は、遺伝子検査なし・単回胚移植という条件下でも高い水準とされ、Conceivable側は世界有数の不妊治療クリニックと比較可能な成績だと説明しています。
コスト削減の潜在力も見逃せません。発展途上国では1サイクルのIVFが平均月収の18ヶ月分に相当することもあり、経済的障壁が治療へのアクセスを著しく制限してきました。タイでは1サイクルあたり2,900〜5,800ドル、ナイジェリアでは1万ドルに達します。メキシコシティで臨床試験の参加者が無償で治療を受けられるのは、まさにこの課題への一つの解答です。
一方で、慎重に見守るべき側面もあります。現時点でAURAは米国FDA未承認であり、商業展開にはさらなる規制当局との対話が必要です。また、Conceivableは2025年9月時点で累計7,000万ドルを調達していますが、記事中の3,800万ドルという数字は開発初期段階のものと思われます。
最も重要なのは、この技術が「生殖医療の民主化」という大きなビジョンの実現に向けた一歩だという点です。創業者の一人であるチャベス=バディオラ医師は、AIを不妊治療に応用する先駆者としてメキシコで長年研究を続けてきました。技術の中心地シリコンバレーではなく、医療アクセスに課題を抱えるメキシコシティで臨床運用を始めたことには、彼らの姿勢が表れています。
Conceivableによると、今後数ヶ月以内に米国および欧州の生殖医療ネットワーク関係者をメキシコシティに招き、評価や意見交換を行う構想があるとしています。これらのネットワークは米国のIVF処置の60%以上を占めるため、彼らの評価次第で業界の潮目が大きく変わる可能性があります。「いつかConceivableの仕事についてのドキュメンタリーが作られ、すべてが必然だったように見える日が来る」という投資家の言葉は、この技術が持つ変革的インパクトへの期待を物語っています。
【用語解説】
IVF(体外受精)
In Vitro Fertilizationの略。卵子を体外に取り出し、精子と受精させた後、培養した胚を子宮に戻す生殖補助医療技術。1978年に世界初の成功例が報告されて以来、不妊治療の主要な選択肢となっている。
ICSI(顕微授精)
Intracytoplasmic Sperm Injectionの略で、卵細胞質内精子注入法とも呼ばれる。顕微鏡下で1個の精子を直接卵子に注入する技術。通常のIVFで受精が難しい場合に用いられ、高度な技術と経験を要する。
IRB研究
Institutional Review Boardによる審査を受けた臨床研究。人を対象とする医学研究において、倫理的・科学的妥当性を第三者機関が審査し承認したもの。患者の権利と安全性を保護する仕組みである。
胚培養士(エンブリオロジスト)
体外受精における胚の培養と管理を専門とする医療従事者。卵子の採取、精子との受精操作、胚の発育観察、移植用胚の選定など、IVFの成否を左右する重要な役割を担う。世界的に人材不足が深刻化している。
FDA
米国食品医薬品局(Food and Drug Administration)。医薬品、医療機器、食品などの安全性と有効性を審査・承認する米国の政府機関。医療機器の商業化には通常FDAの承認が必要となる。
【参考リンク】
Conceivable Life Sciences 公式サイト(外部)
AI駆動の自動化IVFラボを開発するバイオテック企業。AURAシステムの技術詳細、研究成果、ビジョンなどを紹介している。
AURA技術ページ(外部)
AURAの自動化IVFラボ技術の詳細を解説するページ。6つのワークステーション、AIアルゴリズム、ロボティクスによる細胞操作の仕組みを掲載。
【参考記事】
Conceivable Life Sciences Secures $50 Million Series A(外部)
2025年9月のシリーズA資金調達を報じる記事。パイロット研究で18人の健康な赤ちゃんが誕生したこと、累計7,000万ドルの資金調達などを掲載。
Robotic in vitro fertilization is creating a new generation of babies(外部)
ワシントンポスト紙によるAURAの詳細レポート。メキシコシティでの臨床試験、FDA未承認の現状、発展途上国での治療費の課題などを分析。
World’s first birth following conception with a fully automated IVF system(外部)
2025年4月に報告された自動化ICSIシステムによる世界初の出生に関する学術発表。医学的マイルストーンとしての意義を伝えている。
Embryologists’ practices of care in IVF-clinics in sub-Saharan Africa(外部)
サハラ以南アフリカのIVFクリニックにおける胚培養士の実態を調査した学術論文。専門家不足、頭脳流出などの構造的課題を詳述。
IVF and other ART in low- and middle-income countries(外部)
低・中所得国におけるIVFのアクセス課題を分析した学術論文。タイでは1サイクルあたり2,900〜5,800ドルという経済的障壁を報告。
【編集部後記】
顕微鏡下で卵子に精子を注入する繊細な作業を、ロボットに任せることに皆さんはどう感じますか。生命の始まりに関わる領域だからこそ、「人の手」への信頼感は根強いかもしれません。一方で、熟練した専門家の不足や経済的障壁によって、そもそも治療を受けられない人々が世界中に存在するのも現実です。
技術が医療アクセスの格差を縮める可能性と、生殖医療という極めて個人的な領域での自動化―この両面から、私たちは何を選び取っていくべきなのでしょうか。皆さんの率直な感覚を、ぜひお聞かせください。
































