中国科学院の研究者たちは、アデノ随伴ウイルス(AAV)を用いた大型遺伝子送達のための新手法AAVLINKを開発し、2026年1月28日にCell誌で発表した。AAVはパッケージング容量の制限が課題だったが、AAVLINKは全長遺伝子の高効率再構成を実現し、異常な短縮タンパク質の生成を大幅に減少させる。
研究チームはマウスモデルで自閉症関連遺伝子Shank3とてんかん関連遺伝子SCN1Aの送達に成功し、行動表現型や発作症状の改善を確認した。さらに改良版のAAVLINK 2.0も開発され、組換え活性の時間的制御が可能になった。
研究チームは自閉症やてんかんを含む遺伝性疾患に関連する193の大型遺伝子をカバーするベクターバンクを構築し、5つのCRISPRベースのツールも含めた。
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AAVLINK: Potent DNA-recombination Method for Large Cargo Delivery in Gene Therapy
【編集部解説】
遺伝子治療の世界では、アデノ随伴ウイルス(AAV)が「理想の運び屋」として注目されてきました。免疫反応が少なく、特定の細胞に効率よく遺伝子を届けられるからです。しかし、AAVには致命的な弱点がありました。約4.7キロベース(kb)という厳格なパッケージング制限です。
人間の遺伝子の中には、この制限を大きく超える「大型遺伝子」が数多く存在します。自閉症に関連するShank3遺伝子や、重度てんかんの原因となるSCN1A遺伝子がその代表例です。これらの遺伝子は完全な形で細胞に届けなければ機能しません。
中国科学院深セン先進技術研究院のLU Zhonghua教授率いる研究チームは、5年間の研究を経て「AAVLINK」という革新的な解決策を生み出しました。この手法は大型遺伝子を2つまたは3つの断片に分割し、それぞれを別のAAVに搭載します。細胞内でCre/loxシステムと呼ばれる分子メカニズムが働き、断片を正確につなぎ合わせて完全な遺伝子を再構成するのです。
従来の分割AAV法と比べて、AAVLINKは遺伝子再構成の忠実度が高く、異常な短縮タンパク質の生成を劇的に減少させます。これは治療効果だけでなく、安全性の観点からも重要な進歩です。
マウス実験では具体的な成果が確認されています。Phelan-McDermid症候群モデルではShank3遺伝子の送達により行動と運動機能が回復し、Dravet症候群モデルではSCN1A遺伝子の送達により生存期間の延長、発作の減少、神経活動の正常化が観察されました。
安全性への配慮も徹底されています。AAVLINK 2.0では「不安定化Cre」という改良版リコンビナーゼを導入し、遺伝子再構成後に速やかに分解される設計になっています。これにより、外来タンパク質が長期間体内に残存するリスクを最小化しました。
研究チームは193の遺伝性疾患関連大型遺伝子と5つのCRISPRベースのツールをカバーするベクターバンクを構築し、すべての遺伝子再構成能力を検証済みです。これは「従来のAAV遺伝子治療では手が届かない」とされてきた数百もの遺伝性疾患に対して、治療の扉を開く可能性を意味します。
ただし、臨床応用までにはまだ段階があります。大型動物での検証、投与量の最適化、長期的な安全性評価といったステップが必要です。それでも、この技術は遺伝子治療分野における重要な転換点となるでしょう。
【用語解説】
アデノ随伴ウイルス(AAV)
ヒトに病原性を示さない小型のウイルスで、遺伝子治療のベクター(運び屋)として広く使用される。免疫反応が少なく、神経細胞を含む様々な細胞に効率的に遺伝子を届けられるが、約4.7キロベースという厳格なパッケージング容量の制限がある。
キロベース(kb)
DNAやRNAの長さを表す単位で、1キロベースは1,000塩基対を意味する。ヒトの遺伝子の中には10kb以上の大型遺伝子が多数存在し、AAVの容量制限を超えるため従来の遺伝子治療では対応が困難だった。
Cre/loxシステム
バクテリオファージP1由来の部位特異的組換えシステム。Creリコンビナーゼという酵素がloxP配列を認識し、DNA断片を結合または切除する。AAVLINKではこの仕組みを利用して、分割された遺伝子断片を細胞内で正確につなぎ合わせる。
Shank3遺伝子
神経細胞のシナプス(神経接続部位)で重要な役割を果たすタンパク質をコードする遺伝子。この遺伝子の欠損や変異はPhelan-McDermid症候群の主要な原因となり、自閉症様の行動特性や知的障害を引き起こす。
SCN1A遺伝子
神経細胞の電気信号伝達に不可欠なナトリウムチャネル(Nav1.1)をコードする遺伝子。この遺伝子の変異はDravet症候群という重度のてんかんを引き起こし、乳幼児期から難治性の発作が始まる。
Phelan-McDermid症候群
22番染色体の末端欠失またはShank3遺伝子の変異により発症する神経発達障害。重度の言語発達遅滞、知的障害、筋緊張低下、自閉症様の特性を示す。発症頻度は出生10,000〜20,000人に1人とされる。
Dravet症候群
乳児期に発症する重篤なてんかん性脳症で、高熱に伴う長時間の全身痙攣が特徴。SCN1A遺伝子変異が原因の約80%を占める。発作のコントロールが困難で、突然死(SUDEP)のリスクが一般的なてんかん患者より著しく高い。
CRISPR
細菌の免疫システムに由来するゲノム編集技術。特定のDNA配列を正確に切断・編集できる。AAVLINKのベクターバンクには5つのCRISPRベースのツールが含まれ、遺伝子治療の応用範囲を拡大している。
【参考リンク】
AAVLINK公式サイト(外部)
中国科学院が開発したAAVLINK技術の公式情報サイト。大型遺伝子送達技術の詳細や研究成果を提供。
Cell(学術誌)(外部)
AAVLINK研究が掲載された世界的権威を持つ生命科学系学術誌。最先端研究を発表している。
中国科学院(Chinese Academy of Sciences)(外部)
AAVLINK技術を開発した中国最大の研究機関。100以上の研究所を擁し幅広く展開している。
【参考記事】
AAVLINK: A potent DNA-recombination method for large cargo delivery in gene therapy(外部)
PubMedに掲載された原著論文の要旨。AAVLINKの技術的詳細と動物実験結果を報告。
Researchers Develop AAVLINK Breakthrough to Deliver Large Genes for Gene Therapy(外部)
遺伝子治療専門メディアによる詳細解説記事。AAVの容量制限や従来技術との比較を詳述。
AAVLINK: Potent DNA-recombination Method for Large Cargo Delivery in Gene Therapy(外部)
中国科学院公式サイトによるプレスリリース。LU Zhonghua教授の研究チームによる5年間の開発経緯を紹介。
【編集部後記】
遺伝子治療と聞くと、まだ遠い未来の話のように感じるかもしれません。しかし今回のAAVLINKのような技術革新は、これまで「治療法がない」とされてきた難病に希望をもたらしています。193の遺伝性疾患に対応できるベクターバンクの構築は、一つの技術が数百の病気への扉を開く可能性を示しています。
皆さんは、こうした遺伝子治療技術が実用化される時代に、どんな未来を思い描きますか?医療の在り方、そして私たちの生き方そのものが変わっていく転換点を、一緒に見届けていければと思います。






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