山中伸弥教授がiPS細胞の作製に成功してから20年。「科学の夢」が「処方される治療」へと姿を変える瞬間が、いよいよ現実のものとなりつつあります。世界初のiPS細胞由来医療製品の承認審査が、日本で動き出しました。
住友ファーマと株式会社RACTHERAは、進行期パーキンソン病患者のオフ時の運動症状の改善を効能・効果とする非自己iPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞(国際一般名:raguneprocel(ラグネプロセル))の製造販売承認申請を2025年8月5日付で行っていた。
2026年2月13日、同製品の再生医療等製品「アムシェプリ(AMCHEPRY®)」が、2月19日開催予定の厚生労働省 薬事審議会 再生医療等製品・生物由来技術部会の審議事項として公開されたと発表した。
同部会での審議を経て承認の可否が判断される。本件による2026年3月期連結業績への影響はないとしている。
【編集部解説】
今回のニュースは、2006年に山中伸弥教授がマウスiPS細胞の作製に成功してからちょうど20年という節目に、iPS細胞由来の医療製品が世界で初めて実用化に至る道筋が示されたという点で、再生医療の歴史における画期的な出来事です。
このプレスリリースの発表時点(2月13日)では審議予定の告知でしたが、2月19日に開催された厚労省の専門部会では、アムシェプリに対して条件・期限付き承認(7年)が了承されています。同日、クオリプスの重症心不全向け心筋細胞シート「リハート」も同様に了承され、iPS細胞由来の再生医療等製品2製品が一度に承認への道を開くこととなりました。
アムシェプリの基盤となった治験は、京都大学医学部附属病院で2018年から2023年にかけて実施されました。50〜69歳のパーキンソン病患者7人に対し、他家iPS細胞から作製したドパミン神経前駆細胞を500万〜1000万個、脳の両側に移植しています。2年間の経過観察の結果、重篤な副作用は認められず、有効性を評価した6人中4人で運動機能の改善が確認されました。この成果は2025年4月にNature誌に掲載されています。
注目すべきは、この治療が「対症療法」から「根治的治療」へのパラダイムシフトを意味する点です。パーキンソン病は世界で約1000万人、日本で約30万人の患者がいるとされる難病で、従来はドパミンの不足を薬剤で補う対症療法が中心でした。アムシェプリは失われたドパミン神経細胞そのものを再構築するという、疾患の根本に迫るアプローチを採用しています。
ただし、条件・期限付き承認であるため、今後7年以内に追加データを収集し、有効性と安全性をさらに検証したうえで本承認の可否が判断されます。また、治療には脳への細胞移植という高度な手術が伴うため、対応可能な医療機関や専門医の確保も今後の課題となります。
産業化の観点では、住友ファーマの木村徹社長がグローバルでの売上高10億ドル(約1550億円)規模の「ブロックバスター」となる可能性に言及しており、米国でも企業治験を進めています。再生医療・遺伝子治療の世界市場は2040年に約12兆円規模へ拡大すると見込まれる中、日本発のiPS細胞技術が産業として成立するかどうかの試金石となります。
【用語解説】
iPS細胞(人工多能性幹細胞)
体の細胞に特定の遺伝子を導入することで作製される、さまざまな細胞に分化できる能力を持つ幹細胞である。2006年に京都大学の山中伸弥教授がマウスで初めて作製に成功し、2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。
非自己(他家)iPS細胞
患者本人ではなく、健康な第三者(ドナー)の細胞から作製されたiPS細胞である。品質の均一化や安定供給が可能になる一方、免疫拒絶反応への対応が必要となる。
ドパミン神経前駆細胞
ドパミンを産生する神経細胞(ドパミン神経細胞)へ分化する手前の段階にある細胞である。脳内に移植すると、成熟したドパミン神経細胞へ分化し、ドパミンの供給能力を再構築することが期待される。
パーキンソン病
脳内のドパミン神経細胞が進行性に減少し、手足の震え、筋強剛、動作緩慢などの運動症状が現れる慢性神経変性疾患である。国の難病に指定されており、世界で約1000万人、日本では約30万人の患者がいるとされる。根本的な治療法は確立されていない。
オフ時(オフタイム)
パーキンソン病の治療薬(レボドパなど)の効果が切れ、運動症状が再び現れる時間帯を指す。進行期の患者ではオフ時の症状コントロールが大きな課題となる。
条件・期限付き承認(早期承認)制度
有効性が「推定」の段階でも、一定の条件と期限(最長7年)のもとで製造販売を承認できる制度である。承認後も追加データの収集が求められ、期限内に本承認の可否が判断される。
【参考リンク】
住友ファーマ株式会社(公式サイト)(外部)
大阪市に本社を置く製薬企業。iPS細胞由来「アムシェプリ」の開発を推進し、再生・細胞医薬を成長領域の中核に据える。
Sumitomo Pharma(グローバルサイト・英語)(外部)
住友ファーマの英語版公式サイト。今回の元記事プレスリリースが掲載されている。米国での企業治験情報も公開。
日本における非自己iPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞の製造販売承認申請に関するお知らせ(外部)
2025年8月5日付の承認申請プレスリリース。RACTHERA、CiRA財団との連携体制やアムシェプリの製造技術の詳細を記載。
パーキンソン病の治療を目指して|京都大学iPS細胞研究所(CiRA)(外部)
治験を主導した京都大学CiRAによる解説記事。2018年から2023年の治験経緯と結果、髙橋淳教授のコメントを掲載。
Phase I/II trial of iPS-cell-derived dopaminergic cells for Parkinson’s disease(Nature)(外部)
アムシェプリの承認申請の根拠となった京都大学での医師主導治験(Phase I/II)の査読済み学術論文。
【参考記事】
Japan Approves World’s First iPS Cell-Based Therapies for Parkinson’s Disease and Heart Failure(外部)
2月19日の承認了承を包括的に報道。治験で6人中4人に運動機能改善、7年間の条件付き承認などの数値データを記載。
Japan approves world’s first regenerative medicines using iPS cells(South China Morning Post)(外部)
共同通信配信の英語記事。山中伸弥教授のコメントを含み、iPS細胞発見から20年での実用化という歴史的文脈を報道。
Japan gov’t panel approves 2 iPS-derived drugs in global first(Japan Today)(外部)
共同通信配信。治験詳細(7人に移植、6人中4人で有効性確認)とパーキンソン病の世界患者数約1000万人のデータを含む。
Drugmaker in Japan seeks approval for stem cell treatment for Parkinson’s(The Japan Times)(外部)
2025年8月の承認申請時の報道。50〜69歳の患者7人、500万〜1000万個の細胞移植など治験の具体的数値を記載。
「1ビリオン超えのブロックバスター」iPS細胞製品の成長産業化へ、住友ファーマ意欲(ITmedia)(外部)
住友ファーマ木村社長が売上高10億ドル超のブロックバスターを目指すと表明。再生医療市場2040年に約12兆円との予測も。
【編集部後記】
2006年にiPS細胞が発表された日のことを覚えていらっしゃるでしょうか。あれから20年、ついに「夢の技術」が「処方される治療」として患者さんのもとに届く日が近づいています。
もちろん、条件付き承認ですから、ここがゴールではありません。7年間という期限の中で有効性と安全性をさらに証明していく必要がありますし、脳への細胞移植という高度な手術を行える施設や医師の体制づくりも大きな課題です。それでも、「症状を抑える」から「失われた機能を再生する」へという発想の転換が、実際の医療現場で試されるフェーズに入ったことの意味は計り知れません。
パーキンソン病だけにとどまらず、住友ファーマは網膜色素上皮細胞や網膜シートなど、iPS細胞技術を他の疾患領域にも展開する計画を持っています。日本発の技術が「論文の中の成果」から「産業としての実態」へ脱皮できるかどうか、その答えがこれからの数年で見えてくるはずです。読者のみなさんと一緒に、この歴史の転換点を見届けていきたいと思います。







































