「髪が生える」という、ごく当たり前の生命現象の裏側に、誰も知らなかった”第三の細胞”が隠れていた。オーガンテックと理研の共同研究が、脱毛症治療の常識を塗り替えようとしている。
株式会社オーガンテックと理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター器官誘導研究チームの共同研究チームは、髪の毛を作る器官である毛包の発生・成長・再生を支える新たな「第三の細胞」として毛包再生支持細胞を発見した。
この細胞を含む成体由来の3種類の幹細胞(上皮性幹細胞・毛乳頭細胞・毛包再生支持細胞)から作製した毛包の器官原基は、生体外において完全に機能する毛包を再生し、毛周期を再現することを実証した。生体外で培養した再生毛包の成長期は平均約9日、退行期は平均約6日であり、生体内で再生した毛包と同等であることが確認された。
本研究成果は、2026年2月20日付で科学雑誌『Biochemical and Biophysical Research Communications』にPre-proof版として掲載された。論文DOIは10.1016/j.bbrc.2026.153459である。
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成体毛包の3種類の幹細胞により生体外で髪の毛を再生|PR TIMES
【編集部解説】
今回の研究が画期的なのは、「生体外(試験管の中)で、大人の細胞だけを使い、毛が実際に生えてサイクルまで繰り返す毛包を再現した」という点です。これは世界初の成果であり、脱毛症治療の研究史における大きな転換点といえます。
これまでの研究では、毛包の”種”(器官原基)を作るために上皮性幹細胞と毛乳頭細胞の2種類を組み合わせても、生体外では毛球部の形成までしか進まず、毛が実際に生えるためには皮膚への移植が必要という壁がありました。辻孝氏らは2012年にすでに、成体由来の幹細胞を皮膚内に移植することで機能的な毛包を再生できることを実証していましたが、今回はその「移植なしで体外だけで完結する」という難題をクリアしたことになります。
「第三の細胞(毛包再生支持細胞)」の発見が鍵です。この細胞は、毛包のバルジ領域周囲の間葉(ABM)領域に局在しており、PDGFRα・CD34・Sca1という3つのマーカーを同時に発現することで特定されました。再生毛包器官原基に対して、この細胞を「高密度かつ区画化して」配置した場合にのみ毛包の成長が誘導されるという点も重要で、細胞の種類だけでなく三次元的な配置が機能の鍵を握ることが示されています。
生体外で再現された毛周期のデータも注目に値します。成長期が平均約9日、退行期が平均約6日というサイクルは、生体内で再生した毛包と同等であることが確認されています。これは、単に毛が生えたというだけでなく、毛包が本来の「プログラム」通りに動いていることを意味します。
この成果が将来に与える影響は多岐にわたります。最も直接的な応用として期待されるのは脱毛症治療への展開です。オーガンテックは、早ければ2026年末から2027年にも人の細胞を使った臨床研究を実施したい意向を示しており、基礎研究から臨床への距離が急速に縮まっています。さらに毛包再生支持細胞は頭皮環境を改善する可能性も指摘されており、男性型脱毛症(AGA)にとどまらず、女性の脱毛症への細胞移入療法への応用も視野に入っています。また、三次元人工皮膚との組み合わせにより、化粧品・医薬品の評価モデルとしての活用も見込まれます。
一方、ヒトへの応用にはまだ乗り越えるべき壁があります。今回の実験はマウスの細胞を用いたものであり、ヒトの成体細胞でも同様に「第三の細胞」が機能するかどうかの検証はこれからです。また、大量培養・品質管理・コストといった製造面の課題、さらには再生医療製品としての薬事承認プロセスも待ち受けています。細胞治療・再生医療を取り巻く規制環境は各国で整備が進んでいますが、器官丸ごとの再生という領域は倫理的議論も含め、社会的なコンセンサスの形成が並行して求められるでしょう。
長期的な視点で見ると、この研究は「毛包」という器官に特化しているように見えて、実は器官再生医療全体のプラットフォーム技術の進化を示しています。辻孝氏が2007年に開発した「器官原基法」が歯・唾液腺・涙腺などへの応用実績を積み重ねてきた延長線上にある今回の成果は、「最小限の幹細胞セットで器官を再生する」という普遍的なアプローチの可能性を、より広い器官へと拡張できる可能性を示唆しています。
【用語解説】
毛包(もうほう)
皮膚の中に存在する微細な管状の器官で、毛髪を生み出す”工場”にあたる。毛母細胞・毛乳頭細胞・上皮性幹細胞など複数の細胞種が三次元的に配置され、成長期・退行期・休止期を繰り返す「毛周期」によって髪を生え変わらせる。哺乳類において生涯にわたり再生を繰り返す唯一の器官として知られる。
器官原基(きかんげんき)
胎児期に上皮性幹細胞と間葉性幹細胞が相互作用することで形成される、臓器・器官の”種”となる構造体。器官原基法では、これを人工的に再現することで生体外での器官再生を可能にする。
器官原基法
辻孝氏らが2007年に世界に先駆けて開発した技術(Nature Methods 2007掲載)。上皮性幹細胞と間葉性幹細胞を高密度・区画化した状態で三次元的に配置し直すことで器官原基を再現する手法。歯・毛包・唾液腺・涙腺などへの応用実績を持つ。
幹細胞(かんさいぼう)
分化能(さまざまな細胞に変化する能力)と自己複製能(同じ性質の細胞を増やす能力)の両方を持つ特殊な細胞。成体の体に存在するものは体性(組織)幹細胞と呼ばれ、今回の研究ではこの成体由来の幹細胞3種を使用している。
毛周期(もうしゅうき)
毛包が「成長期→退行期→休止期」を繰り返すサイクル。今回の研究では、生体外の人工皮膚内で再生した毛包が成長期約9日・退行期約6日のサイクルを再現し、生体内と同等であることが確認された。
PDGFRα・CD34・Sca1
今回発見された毛包再生支持細胞(第三の細胞)を特定するための3つの細胞表面マーカー。この3つを同時に発現する細胞集団のみが、生体外での再生毛包の成長を支持することが確認された。
【参考リンク】
株式会社オーガンテック 公式サイト(外部)
毛髪・歯・人工皮膚の器官再生を手がける再生医療ベンチャー。2008年に理研の研究成果の社会実装を目的として創業。
理化学研究所(RIKEN)公式サイト(外部)
国内最大級の自然科学系総合研究機関。器官原基法の開発拠点として毛包・歯・唾液腺・涙腺の再生を実証してきた。
Biochemical and Biophysical Research Communications(BBRC)(外部)
Elsevier発行の生化学・生物物理学分野の国際学術誌。本論文は2026年2月20日付でPre-proof版が掲載された。
【参考動画】
辻孝氏(オーガンテック取締役会長・創業者)が、毛包クローニングの第2世代技術・自動化バイオプロセス・歯の再生などを英語で詳解するインタビュー動画。2025年7月公開。
【参考記事】
A recipe for cyclical regeneration of bioengineered hair|RIKEN(外部)
理研2021年発表の先行研究。毛包幹細胞を生体外で100倍以上に増幅しながら再生能を維持する培養法を確立し、81%の毛包が3回以上の毛周期を経て正常な毛を生産したことを報告。
A recipe for regenerating bioengineered hair|EurekAlert!(外部)
上記RIKEN研究の英語プレス配信版。NFFSE培地の詳細や2019年時点での前臨床安全性試験完了など、臨床展開への経緯を詳述。
Fully functional hair follicle regeneration through the rearrangement of stem cells|Nature Communications(外部)
辻孝氏らが2012年に発表した毛包再生の基礎論文。成体由来幹細胞を皮膚内移植で機能的再生を実証した、今回研究の直接的な比較基準。
髪の毛作る「第3の細胞」発見 新たな脱毛症治療に|日本経済新聞(外部)
2026年2月25日報道。オーガンテックが早ければ2026年末から2027年にも臨床研究を実施したい意向であることを報じた記事。
毛をつくる「第3の細胞」発見 脱毛症治療に期待|産経新聞(外部)
2026年2月25日報道。「早ければ年末にも」臨床研究開始の意向を報じており、日経報道とあわせて臨床計画の裏付けとして使用。
OrganTech Aims to Regenerate Hair and Teeth|Hair Loss Cure 2020(外部)
脱毛症専門英語メディアによるオーガンテック紹介記事。理研・辻孝氏との連携と毛髪増殖・自家移植アプローチの概要を解説。
Reprogramming of three-dimensional microenvironments for in vitro hair follicle induction|Science Advances(外部)
2022年発表。生体外での毛包誘導における三次元マイクロ環境の重要性を論じ、今回の「区画化・高密度配置」手法の背景理解に役立つ。
【編集部後記】
「髪が生える」という、当たり前のように繰り返されてきた生命現象の中に、まだ誰も知らなかった細胞が隠れていました。今回の発見は、脱毛症を抱える方々にとっての希望であることはもちろん、男性型・女性型を問わず多くの人が抱えてきた悩みに、医療が新しい答えを出そうとしている瞬間でもあります。
再生医療がどんな未来を切り開いていくのか、みなさんはどう感じましたか?ぜひ一緒に考えていきたいです。








































