ロシア国内のTelegram利用者は約9,000万人。一方、国家指定メッセンジャーMAXの累計登録数は、2026年4月時点で1億1,000万件に達しています。置き換えの数字が先に揃い、そのあとで創業者が起訴されました。圧力が先で移行が後、という順序ではないところに、この事案の性格が表れています。
ロシア連邦保安庁(FSB)は2026年7月29日、Telegramの創業者兼CEOであるパベル・ドゥロフをテロ支援の容疑で起訴し、国際指名手配に付すと発表した。2026年2月には国営紙などが捜査開始を報じていた。
FSBは、ロシア領内での攻撃に関連するチャンネル、グループチャット、ボットの削除に運営が応じなかったと主張する。これらはウクライナの情報機関および過激派が破壊工作の調整に利用したとされる。適用条項は刑法205.1条1.1項で、法定刑は8年以上15年以下または無期の拘禁刑である。
ドゥロフは2014年にロシアを離れ、ドバイを拠点とする。Telegramは公式Xアカウントで同氏が中指を立てた写真を投稿した。公開されたスクリーンショットの一部がVKのインターフェース要素と整合するとの指摘も出ている。
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Russia Charges Telegram CEO Pavel Durov With Aiding Terrorism, Issues Arrest Warrant
【編集部解説】
今回の起訴を「暗号化メッセンジャーと国家の対立」という枠だけで読むと、見落とすものがあります。編集部はこの一件を、ロシアが数年かけて進めてきた通信基盤の国産化が大きく進んだ後に打たれた一手として捉えています。以下はその分析であり、当局が公式にそう説明しているわけではありません。
時系列を並べると、輪郭が見えてきます。2025年6月に関連法が成立し、7月にMAXが国家指定のメッセンジャー基盤として位置づけられました。同年8月13日、Roskomnadzorが詐欺・テロ対策を理由にTelegramとWhatsAppの通話機能を部分的に制限。9月1日から、国内で販売されるスマートフォンやタブレットへのMAXプリインストールが義務化されます。
2026年2月11日にはWhatsAppのドメインが国家ドメイン名システムから削除され、通常接続では実質的な全面遮断となりました。Telegramも2025年夏から実質的な遮断が始まり、2026年に入って広範化。現在はVPNなしではほぼ使えない状態です。
VKの発表によれば、MAXの累計登録数は2026年3月26日時点で1億700万人、DAU(日間利用者)は7,700万人超、外国の利用者は500万人超。同年4月22日には累計登録1億1,000万人、DAU8,000万人超、外国利用者700万人超に達しました。2025年8月時点の登録数は1,800万件でしたから、1年足らずでの伸びです。
ロシア国内のTelegram利用者は約9,000万人と推計されています。数字だけを並べれば、MAXの累計登録数はこの推計を上回りました。ただし累計登録数は世界全体の値で、地域も期間も指標も一致しません。登録が積み上がったことは、利用者がTelegramからMAXへ移ったことの証明にはならない。ここは慎重に見る必要があります。
それでも、代替計画が「これから始まる」段階ではないことは読み取れます。今回の起訴は、移行を促すための圧力というより、普及がある程度進んだ後に残った選択肢を法的に狭める手続きに近い。編集部はそう見ています。起訴の判断がMAX普及を目的としていたことを示す文書や当局発言は存在せず、時系列の重なりから立てた仮説です。
行政手続きや決済を統合したスーパーアプリとしてMAXを開発しているのはVKです。パベル・ドゥロフが弟ニコライらとともに2006年に立ち上げ、2014年に反政府ページの閉鎖やウクライナ抗議参加者の情報提供を拒んだ末に手放した、あの会社です。現在のVKの最高経営責任者はウラジーミル・キリエンコ。父セルゲイは大統領府第一副長官を務めています。技術史のなかでもかなり残酷な循環だと言わざるを得ません。
証拠に関する疑義も見ておく必要があります。FSBが問題視した出会い系チャットボット「Daivinchik(Leonardo Daivinchik)」は、同名のコミュニティがVKとMAX上にも存在しますが、そちらに対する当局の措置は公表されていません。またCybersecurityNewsは、公開画像の一部がVKのUIと整合する可能性を指摘しています。ただし同記事は指摘者名や比較画像、技術的な鑑定手法を示しておらず、各版のコンテンツや運営実態が同一かも不明です。起訴の対象はDaivinchik以外のチャンネルにも及んでいます。
それでも、扱いの差がどこから生じているのかという問いは残ります。コンテンツの中身なのか、それ以外の要素なのか。現時点で判断材料はありません。
数字の食い違いも記録に値します。FSBは2025年7月以降に46人(12〜22歳)の拘束を発表しましたが、同日に発表したロシア連邦捜査委員会は19人としており、しかも同委員会のリリースにはドゥロフの名前が一切登場しません。両機関が同一の事件や期間を集計したかは不明ですが、同じ日の発表で数が揃わなかったこと自体は事実です。
量刑について。適用条項はロシア刑法205.1条1.1項で、法定刑は8年以上15年以下の拘禁刑、または無期拘禁刑です。報道では上限を15年とするものと無期とするものが混在していますが、法文自体は明確です。もっともロシアの法律家からは、アカウントやチャンネルが存在するだけではテロ支援に当たらず、具体的な違法行為の立証が必要だという指摘が出ています。刑の重さより、立証のハードルのほうが実務的には効いてきそうです。
日本の読者にとって最も重い論点は、ここから先です。ドゥロフは2024年8月24日にル・ブルジェ空港で拘束され、同月28日にフランスで正式捜査対象(mise en examen)となりました。2026年7月8日にはパリの裁判所で6時間を超える尋問を受けています。ただしこれは捜査手続き上の地位であり、公判への付託や有罪が決まった状態ではありません。
フランス側の容疑にはハッキング用ソフトの提供への共犯や、未成年者の性的画像流通への共犯などが含まれます。パリ検察は、Telegramが司法照会にほぼ応答しなかったことがサイバー犯罪部門の注意を引き、経営陣の刑事責任に関する捜査につながったと説明しています。
ロシア側の主張は、問題コンテンツの削除要求に応じなかったことです。容疑の内容も適用される法理も両国で異なりますが、捜査要請への不応答という共通項を含む形で、同じ人物の刑事責任が追及されている点は見過ごせません。
プラットフォーム経営者個人の刑事責任を問う事例が、政治体制の異なる国で相次いでいる。従来のセーフハーバー的な発想では説明のつかない領域です。制度全体が一方向に動いていると断じるだけの比較法的な根拠はまだありませんが、前例は着実に積み上がっています。
日本でも2025年5月16日にサイバー対処能力強化法および同整備法(いわゆる能動的サイバー防御関連法)が成立し、同月23日に公布されました。2025年12月には基本方針が策定され、2026年度にはサイバー通信情報監理委員会が設置されています。通信情報の利用に関する部分は公布から2年6か月以内、つまり2027年11月23日までに施行される区分に置かれており、現在は運用体制とシステム整備が進む段階です。通信の秘密と防御能力の均衡は、制度として形になりつつあります。
実務面では、脅威インテリジェンスの収集やインシデント対応の連絡経路をTelegramに一元化している組織は、代替経路を確認しておく時期かもしれません。Telegramの可用性が低下しているのは確認できる事実です。インフラの押収やサービス停止が切迫している証拠はありませんが、可用性リスクへの備えとしては合理的な範囲でしょう。
未来を報じる立場から言えば、私たちが目撃しているのは一人の起業家の受難ではありません。「誰がコミュニケーションの層を所有するのか」という問いが、国家の存立に直結する問題として扱われ始めた最初の世代の記録です。
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【編集部後記】
テロ支援の容疑をかけられた企業の公式アカウントが返したのは、中指を立てた写真1枚でした。声明でも法的な反論でもありません。
利用者10億人を抱える企業がこの応答を選び、しかもそれが不自然に見えない。法廷で争っても意味のある結論は出ないと見切っているから、と考えるのが自然でしょう。
刑法205.1条1.1項の審理が実際に開かれたとき、Telegram側は何を主張するのか。それとも、審理は開かれないまま国際手配の記録だけが国境をまたいで残り続けるのか。
【用語解説】
FSB(ロシア連邦保安庁)
ロシアの主要な保安・情報機関。旧KGBの主要な国内保安機能を継承し、防諜、国内保安、テロ対策を担う。今回の起訴と国際指名手配の発表主体である。
Roskomnadzor(ロシア連邦通信・情報技術・マスコミ分野監督庁)
通信、情報技術、メディアを監督する規制機関。TelegramやWhatsAppの機能制限や遮断を実際に執行している。
刑法205.1条1.1項
ロシア刑法のうちテロ活動への支援・関与を対象とする条項。法定刑は8年以上15年以下の拘禁刑、または無期拘禁刑。今回ドゥロフに適用された。
mise en examen(正式捜査対象)
フランスの刑事手続きにおける地位。捜査対象として正式に位置づけられた段階を指し、公判への付託や有罪認定を意味しない。日本語では「予備的起訴」「訴追」と訳されることもあるが、手続きの進行度は異なる。
スーパーアプリ
メッセージング、決済、行政手続き、本人確認などを単一アプリに統合した形態。中国のWeChatが代表例であり、MAXも同様のモデルを志向している。
Daivinchik(Leonardo Daivinchik)
数百万人規模が利用する出会い系チャットボットおよびチャンネル。FSBと捜査委員会は、ウクライナ側がこれを若者の勧誘に利用したと主張している。同名のコミュニティはVKとMAX上にも存在する。
【参考リンク】
Telegram(外部)
2013年にドゥロフ兄弟が立ち上げたメッセージングサービス。2025年に月間利用者10億人を突破。
Telegram Press Info(外部)
創業経緯や沿革を掲載した公式ページ。VK創設から離脱までの記述も含まれている。
VK(外部)
ドゥロフらが2006年に創設したロシア最大級のSNS。現在はMAXの開発主体でもある。
MAX(外部)
VKが2025年3月に公開したメッセンジャー。政府支援を受け、国家指定の基盤とされている。
MAXヘルプ|外国番号での登録(外部)
外国番号による登録手順を説明した公式ヘルプ。現在43の国・地域が列挙されている。
VK公式|MAX登録が40か国に開放(外部)
外国番号での登録対象が40か国へ拡大したことを伝えるプレスリリースである。
VK公式|MAX登録1億700万人の発表(外部)
2026年3月時点の累計登録数、DAU、外国利用者数を公表したプレスリリース。
VK公式|MAXの外国利用者700万人・登録1億1,000万人(外部)
2026年4月時点の累計登録数、DAU、外国利用者数を公表したプレスリリース。
ロシア刑法205.1条(外部)
今回適用された条項の法文。1.1項の法定刑は8~15年または無期拘禁刑である。
Signal(外部)
非営利団体が運営する暗号化メッセンジャー。ロシアでは2024年8月に遮断された。
WhatsApp(外部)
Metaのメッセージングサービス。2025年夏に約1億人規模が利用していたロシアで遮断された。
内閣官房|サイバー安全保障に関する取組(外部)
関連法の成立から基本方針の策定、監理委員会の設置までを掲載する公式ページ。
e-Gov法令検索|サイバー対処能力強化法(外部)
法文本体。通信情報の利用に関する規定の施行区分もここで確認できる。
【参考記事】
Meduza|FSBの主張と当局間で食い違う数字(外部)
適用条項の特定と、拘束者数が46人と19人で食い違う点を検証した詳報である。
Reuters|2026年2月の捜査開始報道(外部)
国営紙の報道をもとに、ドゥロフへの刑事捜査が始まっていた経緯を伝えた記事。
Reuters|MAXのプリインストール義務化(外部)
2025年9月1日から端末への搭載が義務づけられた経緯を報じている。
RFE/RL|WhatsAppとTelegram遮断の意味(外部)
2026年2月の国家DNSからの削除と、Telegramの速度低下、VPN迂回を報告している。
Reuters|フランスでドゥロフが正式捜査対象に(外部)
2024年8月28日の手続きと、司法照会への不応答が捜査の契機になった経緯を伝える。
パリ司法裁判所|Telegram事件の公式発表(PDF)(外部)
2024年8月の拘束と、フランス側の容疑一覧を記した一次資料である。












