【解説】外務省サイバー安全保障政策室、10年で一周 2つの設置文書の差分

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外務省が9月1日、サイバー安全保障政策室を設置しました。ただ、この名前の室が置かれるのは初めてではありません。2016年にも同じ課に同名の室があり、その後、経済安全保障の看板を掲げた部屋のなかへ移っています。10年をまたぐ2つの設置文書を並べると、変わったものが見えてきます。


外務省は2026年9月1日、総合外交政策局安全保障政策課にサイバー安全保障政策室を設置した。サイバー空間の重要性が高まる一方で脅威が急速に拡大していることを踏まえ、各国・地域との連携を一層強化するとともに、サイバー空間における法の支配の推進と国際的なルール形成に積極的な役割を果たすことを目的とする。

今後は関係省庁や幅広い民間関係者と連携しながら、法の支配の推進、攻撃を抑止するための取組、同志国への能力構築支援、関係国・機関とのサイバー協議を進めるとしている。外務省は2016年7月12日にも同じ安全保障政策課に同名の室を設置しており、2019年と2020年の組織改編を経ての再設置となる。室長は安全保障政策課企画官の髙野雅範氏が兼務する。定員および室固有の予算は公表されていない。

同じ名前の室が、10年前にもあった

今回の発表を読んで最初に確かめたいのは、これが初めての設置なのかという点です。答えは、そうではありません。

外務省は2016年7月12日にも、同じ総合外交政策局安全保障政策課に「サイバー安全保障政策室」を設置していました。名称も、置かれた場所も、今回とまったく同じです。

ただし、2016年から2019年までの改称時期と、2020年以降の所掌移管の全過程は、公表資料から確認できませんでした。以下では、一次資料で追える範囲に限って組織の変遷を見ていきます。

2019年、サイバーは経済・技術と同じ部屋へ

その後、この室は姿を変えていきます。2019年10月1日の組織改編で、外務省は安全保障政策課の下にあった「宇宙・サイバー政策室」を改編し、「新安全保障課題政策室」を設置しました。理由に挙げられたのは、安全保障の裾野が経済・技術分野へ広がっていることです。サイバーは、経済や技術と並ぶ「新たな安全保障上の課題」の一つとして所掌されることになりました。同じ改編で、宇宙は海洋と統合され、宇宙・海洋安全保障政策室になっています。

翌2020年8月、新安全保障課題政策室は「経済安全保障政策室」へ改称されます。この時点でも、同室は経済、技術、サイバー等を所掌していました。サイバー外交は、経済安全保障の看板を掲げた部屋のなかで扱われることになった、と言えます。

確かなのは、最初の設置から約10年を経て、サイバー安全保障を名前に掲げた室が組織図へ戻ってきたことです。なお現在の幹部名簿では、経済安全保障は経済局の課として置かれています。

二つの設置文書を並べてみる

同じ名前の設置発表が10年をまたいで2通ある。これは、比較の材料になります。

2016年版が掲げたのは「サイバー空間における法の支配の推進、信頼醸成、開発途上国に対する能力構築支援」でした。2026年版は「法の支配の推進、攻撃を抑止するための取組、同志国への能力構築支援、関係国・機関とのサイバー協議」です。

変わったのは、法の支配の周り

法の支配の推進は、どちらにもあります。変わったのはその周りです。信頼醸成が消え、攻撃を抑止するための取組が入りました。能力構築支援の相手は、開発途上国から同志国へ。関係国・機関とのサイバー協議も、2026年版で加わったものです。

目的の書き方も比べてみます。2016年は「サイバー空間の安全を確保するための国際的な議論をリードしていく」。2026年は「サイバー空間における法の支配の推進及び国際的なルール形成に積極的な役割を果たしていく」。どちらも受け身の書き方ではなく、方向は共通しています。違うのは、言葉が議論からルール形成へ寄ったことです。

ここから言えるのは、設置発表の書きぶりが、信頼醸成と開発途上国支援から、抑止と同志国支援を前に出す形へ変わった、というところまでです。日本のサイバー外交全体の重点が動いたかどうかは、人員や予算や事業量を並べなければ判断できません。開発途上国への能力構築支援も、いまなお続いています。

4項目は四本柱の範囲に収まる

2026年版の4項目そのものは、外務省が近年掲げてきた四本柱、すなわちルール・規範の形成、サイバー攻撃抑止、能力構築支援、国際連携の範囲に収まります。新しい外交課題を足したというより、既存の取組を組織の形で置き直したものと見るのが自然です。内部の権限や人員配置がどう変わったかまでは、発表からは読み取れません。

実務のほうは、すでに動いています。2026年に入ってから公表されたものだけでも、第7回日・EUサイバー対話と第2回日・NATOサイバー対話(ともに1月)、パナマ共和国への官民サイバーセキュリティ・ミッションの派遣(1月)、第9回日英サイバー対話(2月)、第2回日・リトアニアサイバー協議(7月)があります。回数を重ねた二国間の枠組みが並んでいることに、注目したいところです。

体制は、いまのところ既存の枠のなかにある

では、戻ってきた室にどれだけの人と予算が入るのか。

室長は課の企画官が兼務

幹部名簿(2026年9月1日現在)には、サイバー安全保障政策室長として髙野雅範氏の名前があります。ただし「(兼)」が付いています。髙野氏は安全保障政策課の企画官で、室長はその兼務です。同じ課の下にある国際安全・治安対策協力室長と宇宙・海洋安全保障政策室長には、それぞれ別の名前が入っています。組織案内でも、連絡先は安全保障政策課と同じ内線が案内されています。

室の定員と、室そのものの予算は公表されていません。専任の職員を新たに置いたのか、既存の担当者を室として編成したのかも、公表資料からは判断できません。

予算はどこに出ているか

予算の動きは、別のところに出ています。2026年8月31日に公表された令和9年度概算要求は、1兆2,165億円に事項要求を加えた規模です。ここで「安全保障関連ODA」という区分が初めて明記され、その想定分野の一つとしてサイバーセキュリティ能力強化への支援が挙がりました。外務省本体の経費としては、サイバー安全保障に関する関係者会議参加費が0.4億円計上されています。前年度にあたる令和8年度当初と令和7年度補正の合計は0.2億円でした。

いずれも室固有の予算ではありません。今後の政府予算案や外交青書に関連する記述が加わるかどうかが、体制を知る手がかりになります。ただし、室ごとの定員や固有の予算が公表される保証はありません。

日本語版と英語版で、書きぶりが違う

この報道発表には、同日公開の英語版があります。並べて読むと、連携相手の書き方が違うことに気づきます。

日本語版は「各国・地域との連携をより一層強化する」。英語版は allies, like-minded countries, and partners と、同盟国・同志国・パートナーの三層に書き分けています。さらに英語版には in line with Japan’s fundamental principles という句がありますが、日本語版に対応する表現は見当たりません。

外務省の英訳は必ずしも逐語訳ではないため、ここから深読みしすぎるのは避けたいところです。それでも、海外の読み手に向けた版のほうが、誰と組み、何に沿ってルールを作るのかを具体的に書いているという事実は残ります。サイバー空間の統治や国際法の具体的な適用をめぐって各国の立場が分かれている現状を踏まえると、この書き分けには意味があるようにも読めます。2016年版の発表には、こうした対比を読み取れる記述はありませんでした。

国内の司令塔と、対外の窓口

時計の針も確認しておきます。

国内側では、2025年7月に内閣官房へ国家サイバー統括室(NCO)が置かれ、同年12月23日には新しいサイバーセキュリティ戦略が閣議決定されました。能動的サイバー防御を導入するサイバー対処能力強化法は2025年5月に成立し、資産の届出やインシデント報告に関わる規定は2026年10月1日に施行されます。今回の設置は、その1か月前という位置にあります。

国連の議論の場も常設になった

国連の側でも動きがありました。2021年から2025年まで続いたオープン・エンド作業部会(OEWG)が2025年7月に最終報告書を採択して会期を終え、後継として常設のグローバル・メカニズムが動き出しています。議論の場が期限付きの作業部会から常設の仕組みへ移った時期に、日本側の担い手も室として戻ってきた。因果を断定する材料はありませんが、時期は符合しています。

一周して、戻ってきた

2016年に室ができ、2019年に経済・技術と同じ部屋へ移り、2020年にはその部屋が経済安全保障の名前になった。そして2026年、サイバーを冠した室が戻ってきました。組織としては、ひと回りしたことになります。

ただ、名前が元に戻っても、そこに書かれた言葉は変わっています。10年前の設置文書に並んでいたのは信頼醸成と開発途上国支援でした。いまの文書に並ぶのは抑止と同志国支援です。この差分には、この10年でサイバーをめぐる政策環境がどう動いたかが、いくらか映っているはずです。日本が「サイバー行動に適用される国際法に関する日本政府の基本的な立場」を公表したのも、ちょうどその途中、2021年のことでした。

一方で、室の権限も、人員も、固有の予算も公表されていません。組織の名前は先に戻りましたが、それが実務として何をもたらすのかは、これからの運用で決まります。

次に確かめたいのは、この室に何人が入り、いくらが付くのかです。組織図の一行は、まだ答えの半分しか教えてくれません。

【関連記事】

サイバー対処能力強化法、10月施行—特定重要電子計算機の届出・報告制度、解説案がパブコメ開始
届出・報告制度の解説案がパブリックコメントにかけられた段階を追った記事である。10月施行に向けた制度の中身を解説している。

国連グローバル・メカニズム始動|サイバー空間の「恒久ルール」をめぐる193カ国の闘い
OEWGの後継として常設の協議枠組みが動き出すまでの経緯を追った記事である。コンセンサス方式の意思決定についても解説する。

国家サイバー統括室|政府が233人体制で能動的防御へ、国立病院・防衛産業も対象に
NISCを改組して国家サイバー統括室を新設し、188人から233人へ増員する方針を報じた記事である。防御対象の範囲も扱う。

【編集部後記】

組織の履歴を追っていて、手が止まった箇所があります。2016年に置かれた室が、いつ「宇宙・サイバー政策室」という名前に変わったのか。報道発表をさかのぼっても、その一件だけが見つかりませんでした。

省庁の組織は、名前が変わるたびに発表が出るとは限りません。記録が残らなければ、10年後にそれを追うのは難しくなります。今回の設置が10年後にどう読まれるかは、この1枚の報道発表にかかっているのかもしれません。


【用語解説】

同志国
価値観や安全保障上の利害を共有し、政策面で協調する国。同盟国のように条約上の義務で結ばれているわけではない。

能力構築支援
他国の人材育成や制度整備を通じて、その国自身の対処能力を高める支援。サイバー分野では、インシデント対応の研修や法制度づくりの助言などが該当する。

能動的サイバー防御
攻撃を受けてから対処するのではなく、予兆の段階で通信の監視や攻撃元への侵入といった措置をとる考え方。

サイバー対処能力強化法
能動的サイバー防御の導入などを定めた法律。2025年5月に成立し、重要インフラ事業者の資産の届出やインシデント報告に関わる規定は2026年10月1日に施行される。

オープン・エンド作業部会(OEWG)
国連の全加盟国が参加できる形式の作業部会。サイバー分野では2021年から2025年までを会期として、国際法の適用や規範のあり方が議論された。

グローバル・メカニズム
OEWGの後継として設けられた、期限を区切らない常設の協議枠組み。

安全保障関連ODA
令和9年度概算要求で初めて明記された区分。ODAの枠組みを使い、同志国の安全保障上の能力向上を支援するもの。

事項要求
概算要求で、金額を示さずに項目だけを要求し、年末の予算編成の過程で金額を詰める方式。

企画官
課長の下に置かれ、特定の政策分野を担当する官職。室長を兼務することがある。

【参考リンク】

外務省 総合外交政策局サイバー安全保障政策室の設置(外部)
今回の設置を伝える報道発表である。設置の目的と、今後進める4つの取組が2項構成で簡潔に記されている。

Establishment of Cyber Security Policy Division, Foreign Policy Bureau(外部)
今回の設置発表の英語版である。連携相手を同盟国・同志国・パートナーの三層に書き分けており、日本語版と表現が異なっている。

外務省 総合外交政策局(外部)
局内の課室の一覧と業務内容、連絡先を掲載する組織案内のページ。サイバー安全保障政策室の所掌と内線番号もここに記載されている。

外務省 幹部名簿(外部)
外務省の課長級以上について、職名と氏名を一覧にしたページである。兼務発令の場合は、氏名の前に「(兼)」と表示される仕組みになっている。

外務省 サイバーセキュリティ(外部)
日本のサイバー分野での外交をまとめたページ。四本柱の説明のほか、二国間・多国間の対話や協議の実績が時系列で掲載されている。

令和9年度概算要求の概要(外部)
令和9年度の要求は1兆2,165億円に事項要求を加えた規模である。安全保障関連ODAという区分が初めて明記された資料である。

外務省 予算・決算(外部)
外務省の概算要求と予算に関する資料を掲載するページである。年度ごとに、概要資料や関連する説明資料がまとめて置かれている。

国家サイバー統括室(外部)
内閣官房に置かれた、国内のサイバー政策の司令塔にあたる組織の公式サイト。戦略や各種制度の資料、注意喚起などを公開している。

サイバーセキュリティ戦略(令和7年12月23日閣議決定)(外部)
2021年9月の戦略を改定した現行の政府戦略である。今後5年の期間を念頭に、実施すべき諸施策の目標と実施方針を示している。

外務省が9月1日付で「サイバー安全保障政策室」を設置(外部)
今回の設置を伝えたScanNetSecurityの記事である。発表の要点を、設置の目的と今後の取組に絞ってまとめている。

【参考記事】

総合外交政策局サイバー安全保障政策室の設置(平成28年7月12日)(外部)
10年前に置かれた同名室の設置発表である。法の支配の推進、信頼醸成、開発途上国に対する能力構築支援を中心に進めるとしている。

総合外交政策局安全保障政策課の組織改編(令和元年10月1日)(外部)
宇宙・サイバー政策室を新安全保障課題政策室へ改編した発表である。同じ改編で宇宙は海洋と統合され、現在の室の並びにつながった。

茂木外務大臣会見記録(令和2年7月31日)(外部)
新安全保障課題政策室を経済安全保障政策室へ改称する機構改革を発表した外務大臣会見の記録である。改称は8月3日付で実施された。

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山本 達也 代表社員
合同会社デジタルの窓口 代表。ウェブ解析士。生成AI・サイバーセキュリティ・ 宇宙開発領域を中心に執筆。

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