資産管理企業Lansweeperの調査によると、約850万台のWindows 10および11デバイスのデータから、業界別のWindows 11移行状況に大きな差があることが判明した。
運輸・物流業界では61.2%のデバイスがWindows 11を実行しているのに対し、医療業界では33.5%に留まり、66.5%がWindows 10を使用している。LansweeperのSecOps担当プリンシパル・テクニカル・エバンジェリストであるEsben Dochy氏は、医療業界の遅れを「厄介」と表現し、人命が危機にさらされる唯一の業界であることを指摘した。
Windows 10は2025年10月14日にサポート終了を迎え、Dochy氏は全体でWindows 11が70%を占める可能性があると予測している。また、Office 2016と2019も同時期にサポート終了を迎える予定である。
From: Healthcare lags in Windows 11 upgrades – and lives may depend on it
【編集部解説】
この記事が投げかけているのは、単なるOSアップデートの遅延という技術的な問題ではありません。医療業界におけるデジタルインフラの脆弱性が、直接的に患者の安全に影響を及ぼす可能性があるという、極めて深刻な事態です。
Windows 10サポート終了まで2週間を切った現在、医療業界の移行率が33.5%という数字に警鐘を鳴らしています。他の業界と比較して、運輸・物流が61.2%の移行率を達成している中、この差は歴然としています。背景にあるのは医療特有の厳格な規制要件です。医療機器に組み込まれたソフトウェアや電子カルテシステムは、特定のOSバージョンでの動作認証を取得しており、新しいOSへの移行には再認証プロセスが必要となります。
しかし、この慎重さが裏目に出る可能性があります。サポート終了後のシステムはセキュリティパッチが提供されず、サイバー攻撃の格好の標的となるためです。医療データは個人情報の中でも特に機密性が高く、ランサムウェア攻撃を受ければ診療業務そのものが停止する事態も想定されます。
Microsoftは延長セキュリティ更新プログラム(ESU)を有償で提供していますが、これは恒久的な解決策ではなく、あくまで移行期間の猶予措置です。また、Office 2016と2019も同時期にサポート終了を迎えることから、医療機関は複数のシステム更新を同時に進める必要があり、IT部門への負荷は計り知れません。
一方で、Windows 11から次のバージョンへの移行では、今回のような大きなハードウェア要件の変更は予定されていないとDochy氏は指摘しています。TPM 2.0チップなどの要件がWindows 10からWindows 11への移行を困難にした要因であり、この教訓が今後に活かされる可能性があります。
医療業界のDXは避けて通れない道です。しかし、その過程で患者の安全を最優先にした計画的な移行戦略が求められています。

【用語解説】
Windows 10サポート終了(2025年10月14日)
Microsoftが提供するオペレーティングシステムWindows 10の公式サポートが終了する日付。この日以降、セキュリティ更新プログラムや技術サポートが提供されなくなり、システムの脆弱性が放置される状態となる。
ESU(Extended Security Updates/延長セキュリティ更新プログラム)
サポート終了後も有償でセキュリティパッチを提供するMicrosoftのプログラム。企業向けに提供され、移行期間の猶予措置として機能するが、コストは年々上昇する仕組みとなっている。
TPM 2.0(Trusted Platform Module 2.0)
Windows 11のシステム要件の一つである、ハードウェアベースのセキュリティチップ。暗号化キーやパスワードなどの機密情報を安全に保存し、システムの整合性を検証する役割を持つ。多くの古いPCには搭載されていないため、Windows 11への移行障壁となっている。
ランサムウェア
コンピュータやデータを暗号化して使用不能にし、復旧と引き換えに身代金を要求する悪質なマルウェア。医療機関は患者データの機密性と診療の継続性から、攻撃者にとって格好の標的となる。
変更管理システム
企業や組織において、ITシステムやソフトウェアの変更を計画的かつ安全に実施するためのプロセス。医療業界では規制要件により、特に厳格な承認・テスト手順が求められる。
【参考リンク】
Microsoft Windows 11公式サイト(外部)
Microsoftが提供する最新オペレーティングシステムWindows 11の公式情報サイト。システム要件、新機能、アップグレード方法などの詳細情報を提供している。
Lansweeper公式サイト(外部)
IT資産管理およびネットワーク監視ソリューションを提供する企業。今回の調査データを発表した組織で、約850万台のデバイスから収集したWindows移行状況のデータを保有している。
The Register(外部)
1994年創刊の英国の技術系ニュースサイト。エンタープライズIT、データセンター、セキュリティなどの分野で独自の視点による報道を行っており、IT業界で高い信頼性を持つメディアである。
Microsoft延長セキュリティ更新プログラム(ESU)情報(外部)
Windows 10のサポート終了後に利用可能な延長セキュリティ更新プログラムの詳細情報。価格体系、購入方法、対象製品などの公式情報が掲載されている。
【参考記事】
What the End of Windows 10 Means for Healthcare Security(外部)
医療業界におけるWindows 10サポート終了の影響を、セキュリティの観点から分析した記事。医療機器の多くがWindows 10ベースで稼働しており、サイバーセキュリティリスクが高まることを警告している。
Windows 10 End-of-Life: The Risks and How to Prepare(外部)
2025年9月29日公開。Windows 10サポート終了に向けた企業の準備状況と、移行が遅れている理由を分析。セキュリティリスクへの対応策を提示している。
It Took Almost 4 Years, But Windows 11 Finally Overtakes Windows 10(外部)
2025年7月公開。StatCounterのデータに基づき、Windows 11がようやくWindows 10の市場シェアを上回ったことを報じた記事。移行の遅さを数値で示している。
Windows 11 Adoption Trends: How IT Leaders Are Preparing for the Transition(外部)
2025年5月公開。IT部門のリーダーがWindows 11移行にどう取り組んでいるかを調査した記事。業界別の移行戦略の違いや、直面している課題を詳述している。
【編集部後記】
医療機関のシステム移行は、私たちが日常的に触れる企業のIT更新とは異なる難しさを抱えています。診療を止めることなく、患者データの安全性を保ちながら、規制要件をクリアしていく。この複雑なプロセスを、わずか2週間で完了させることは現実的ではありません。
では、サポート終了後も稼働し続けるWindows 10端末で、私たちの健康情報は本当に守られるのでしょうか。延長サポートの費用負担は医療費にどう影響するのか。あるいは、医療DXを加速させる契機になるのか。テクノロジーと人の命が交差するこの問題を、ぜひ一緒に考えてみませんか。