DZoneは2026年1月23日、Android決済における安全なAIアーキテクチャに関する技術記事を公開した。
著者のMohan Sankaranは、ユーザーが支払いボタンをタップする数百ミリ秒の間に、アプリがPCIルール、デバイスセキュリティ、不正検知、3DSを処理していると指摘する。
記事では4層構造のアーキテクチャを提案しており、Androidクライアント、APIとリスクゲートウェイ、リアルタイムリスクエンジン、判断・ロギング・学習ループで構成される。
リスクシグナルとしてアイデンティティ、デバイス、行動、トランザクションの4つを組み合わせ、承認、チャレンジ、拒否の判断をリアルタイムで行う。
Play IntegrityやSafetyNetによるデバイス整合性チェック、ルールエンジンと機械学習モデルの併用、チャージバックや紛争データのフィードバックループにより、継続的な改善を実現するとしている。
From:
Secure AI Architecture for Payments: From Risk Signals to Real-Time Decisions
【編集部解説】
コンビニでスマホをかざして支払いを済ませる。ネットショッピングで商品を購入する。こうした何気ない日常の決済シーンの裏側で、実は高度なAI技術による不正検知システムが稼働しています。2026年現在、モバイル決済の安全性を支える技術は大きな転換期を迎えています。
Mastercardは2024年、生成AI技術を不正検知システムに組み込むことで、検知率が最大300%向上したと報告しました。また決済業界のデータによれば、2026年までに50億人以上がデジタルウォレットを利用すると予測されており、AI活用の市場規模は2024年の383.6億ドルから2030年には1,903.3億ドルへと急拡大する見込みです。
本記事が提示する4層アーキテクチャは、こうした業界動向を背景に、Android決済の安全性と利便性を両立させる具体的な設計思想を示しています。特に注目すべきは、数百ミリ秒という極めて短い時間内に、複数の判断を並列処理する仕組みです。
まず、スマートフォン端末そのものが「シグナル収集装置」として機能します。GoogleのPlay IntegrityやSafetyNetといった技術を使い、デバイスがroot化されていないか、エミュレータではないかを検証します。同時に、ユーザーの行動パターン(最終ログイン時刻、デバイス変更の有無、アプリバージョンなど)や取引情報(金額、通貨、マーチャント、支払い方法)を収集し、これらを「RiskContext」と呼ばれる一つのデータパッケージにまとめます。
この情報は証明書ピンニングと厳格なTLS設定を施したHTTPS経由でバックエンドに送信されます。重要なのは、クレジットカード番号などの生データは決してここに含まれないという点です。PCI DSSという国際的なカード情報保護基準に準拠した専用経路で別途処理されます。
次にAPIゲートウェイが、これらのリスク情報を標準化し、アプリのバージョン確認やレート制限、IPアドレスによるスロットリングといった基本的な不正対策を実施します。ここは緊急時に全トラフィックを遮断できる「チョークポイント」としても機能するため、システム全体の安全弁となります。
中核となるのがリアルタイムリスクエンジンです。ここではルールベースのエンジンと機械学習モデルが協調動作します。ルールエンジンは「カードが拒否リストに載っている場合はブロック」「金額が一定以上で初めての国からのアクセスならチャレンジ」といった明確な基準で即座に判定します。一方、機械学習モデルは過去の取引パターン、デバイス履歴、外部の評判情報(BINリスク、マーチャントリスク、IP評判)を総合的に分析し、リスクスコアを算出します。
この結果、システムは「APPROVE(承認)」「CHALLENGE(追加認証要求)」「DECLINE(拒否)」の3つの判断を下します。追加認証が必要と判断された場合、3DS(3-D Secure)と呼ばれるプロトコルが作動し、ワンタイムパスワードや生体認証、追加PINの入力を求めます。これが「なぜ急に追加の認証を求められたのか」の答えです。
最終段階では、すべての判断結果と実際の結果(チャージバックの有無、紛争の発生、正規ユーザーの確認など)がログとして蓄積されます。このデータは二つの用途に使われます。一つは監視とアラート用のリアルタイムストア、もう一つはモデル再学習用のデータウェアハウスです。時間の経過とともに、システムは新しい不正パターンを学習し、地域やセグメント、決済タイプごとに最適化された閾値を設定できるようになります。
2026年に入り、脅威も進化しています。ディープフェイクによる音声や顔の偽装、SIMスワップ詐欺、AIを使った高度な攻撃が増加しており、従来のルールベースだけでは対応が困難になっています。だからこそ、行動バイオメトリクス(スマホの持ち方、タイピング速度、スワイプパターン)を分析し、人間とAIボットや不正利用者を区別する技術が注目されています。
重要なのは、この複雑なシステムが「ユーザー体験を損なわない」ように設計されている点です。正規のユーザーにとっては、ほとんどの場合、いつも通りスムーズに決済が完了します。しかし裏側では、不正の兆候を検知すれば即座に追加認証を求め、明らかな不正なら即座にブロックします。
本記事が示すアーキテクチャは、単なる技術的な枠組みではなく、「不正を減らす」「正規ユーザーの摩擦を減らす」「規制当局への説明責任を果たす」という3つの目標を同時に達成するための実践的な設計思想です。スマホ決済が日常に溶け込んだ2026年、その安全性を支える技術の全体像がここにあります。
【用語解説】
PCI DSS(Payment Card Industry Data Security Standard)
クレジットカード業界におけるデータセキュリティ基準。American Express、Discover、JCB、Mastercard、Visaなど主要カードブランドが設立したPCI Security Standards Councilが管理する、カード会員データを保存、処理、送信するすべての事業者に適用される国際的なセキュリティ基準である。
3DS(3-D Secure)
オンライン決済における本人認証プロトコル。カード非対面取引において追加の認証レイヤーを提供し、不正取引のリスクを低減する。ワンタイムパスワード、SMS認証、生体認証などを通じてカード所有者の本人確認を行う。
Play Integrity API / SafetyNet
Googleが提供するAndroidアプリの整合性検証API。アプリが改ざんされていないか、デバイスがroot化されていないか、エミュレータでないかなどを検証し、不正なアプリ実行環境を検知する。SafetyNetは旧名称で、2025年にPlay Integrity APIへ完全移行した。
チャージバック
消費者がカード会社に対して取引の取り消しを要求し、支払いを撤回すること。不正利用や商品未着などが理由となる。加盟店にとっては損失となり、頻発すると決済代行会社との契約にも影響する。
行動バイオメトリクス
スマートフォンの持ち方、タイピング速度、スワイプパターン、マウスの動きなど、ユーザー固有の行動特性を分析して本人確認を行う技術。従来のパスワードや生体認証と組み合わせることで、より高度な不正検知が可能となる。
SIMスワップ詐欺
攻撃者が通信事業者を騙して被害者の電話番号を自分のSIMカードに移し替え、SMS認証やワンタイムパスワードを傍受して不正アクセスする手法。モバイルバンキングやデジタルウォレットの乗っ取りに使われる。
ディープフェイク
AI技術を使って作成された、本物と見分けがつかない偽の音声や動画。金融詐欺においては、経営者の音声を偽造して送金指示を出すなどの手口で使われる。
BIN(Bank Identification Number)
クレジットカード番号の最初の6桁で、カード発行銀行や国、カードブランドなどを識別する番号。リスクエンジンはBIN情報から発行国や銀行のリスクプロファイルを判断する。
トークン化(Tokenization)
クレジットカード番号などの機密情報を、ランダムに生成された代替文字列(トークン)に置き換える技術。万が一データが漏洩しても、トークンだけでは実際のカード情報にアクセスできないため、セキュリティが向上する。
RiskContext
決済時に収集される各種リスクシグナル(デバイス情報、行動パターン、取引情報など)を一つにまとめたデータオブジェクト。バックエンドのリスクエンジンに送信され、総合的なリスク判定に使用される。
【参考リンク】
Google Play Integrity API(外部)
Androidアプリの整合性を検証するGoogleの公式API。改ざん検知やデバイス認証機能を提供
Mastercard Decision Intelligence(外部)
AIと機械学習を活用した取引リスク監視ソリューション。リアルタイムで不正を検知し承認判断を支援
PCI Security Standards Council(外部)
クレジットカード業界のデータセキュリティ基準を策定・管理する国際組織の公式サイト
DZone(外部)
開発者向けの技術情報プラットフォーム。ソフトウェア開発やアーキテクチャに関する記事を提供
【参考記事】
7 payment trends shaping 2026 – How trust and tech will define payments(外部)
2026年の決済トレンドとして、デジタルアイデンティティウォレット、ネットワークトークン化、AI不正検知などを解説
Inside AI Fraud Detection in Payments 2026(外部)
決済ゲートウェイのアーキテクチャとAI技術の融合を解説。Mastercardの検知率最大300%向上を報告
Mastercard jumps into generative AI race with model it says can boost fraud detection by up to 300%(外部)
MastercardがDecision Intelligence Proを発表。年間約125億件の取引データで訓練された独自モデル
AI in Payments: Transforming Transactions & Security (2026)(外部)
AI決済市場が2024年の383.6億ドルから2030年には1,903.3億ドルへ成長すると予測
Top Digital Wallet Trends Transforming Payments in 2026(外部)
2026年のデジタルウォレットトレンドとして、ハイブリッドAIがフィンテックを支配すると予測
Android 2026: Faster Updates, AI Integration, and Security Boost(外部)
2026年のAndroidプラットフォームの進化について解説。AI統合の深化、セキュリティ強化を紹介
Innovations in Mobile Payment Technologies 2025(外部)
モバイル決済技術の2025年の革新について解説。タップ・トゥ・ペイ市場は2030年まで2桁成長が予測
【編集部後記】
スマホで買い物をするとき、「なぜこのタイミングで追加の認証を求められたんだろう」と感じたことはありませんか? 実はその裏側では、数百ミリ秒の間にあなたのデバイス情報、行動パターン、過去の取引履歴が分析され、AIが「この取引は本人によるものか」を判断しています。私たちが日常的に使う決済の安全性は、こうした見えない技術の積み重ねで支えられています。一方で、攻撃者もAIを使った高度な手口を編み出しています。この「見えない攻防」の最前線で、どのような技術革新が起きているのか、そしてそれが私たちの生活にどう影響するのか。innovaTopia編集部は、これからも皆さんと一緒に、その答えを探し続けていきたいと思います。



































