70,000件のID画像流出から4ヶ月。Discordが打ち出した「ティーン保護」の新施策は、未成年を守るのか、それとも新たなプライバシーリスクを生むのか。
Discordは2026年2月9日、ティーンをデフォルトとする安全設定を全世界で展開すると発表した。3月上旬から新規および既存ユーザーへの段階的な展開を開始する。13歳以上のユーザーが対象で、センシティブなコンテンツへのアクセスや特定の設定変更には年齢確認プロセスへの参加が求められる。年齢確認は顔による年齢推定または身分証明書の提出で行われ、ビデオセルフィーはデバイスから外部に送信されず、身分証明書は確認後すぐに削除される。
デフォルト設定には、コンテンツフィルター、年齢制限のあるスペースへのアクセス制限、メッセージリクエスト受信箱の分離、フレンドリクエストアラート、ステージ発言制限が含まれる。昨年、英国とオーストラリアで同様の設定を開始している。また、13〜17歳を対象としたTeen Councilを設立し、10〜12人のティーンを2026年5月1日まで募集する。Discordの月間アクティブユーザーは2億人以上である。
From:
Discord Launches Teen-by-Default Settings Globally
【編集部解説】
月間2億人が利用するコミュニケーションプラットフォームDiscordが、全ユーザーに対して「ティーンをデフォルトとする安全設定」を導入します。この決定は、単なる安全対策の強化にとどまらず、デジタル空間における未成年保護とプライバシー保護という、しばしば対立する2つの価値をどう両立させるかという、現代のプラットフォームが直面する根本的な課題への一つの回答と言えます。
注目すべきは、この展開が2025年10月のデータ侵害事件から わずか4か月後に行われるという文脈です。当時、サードパーティベンダー5CAを介して約7万人のユーザーの政府発行ID写真が流出した可能性が報告されました。年齢確認のために収集された個人情報が、まさにそのセキュリティ上の脆弱性によって危険にさらされるという皮肉な事態が発生したのです。にもかかわらず、Discordは年齢確認システムの全世界展開を決断しました。
この決断の背景には、英国のオンライン安全法やオーストラリアの未成年者向けソーシャルメディア規制など、各国で加速する法規制の波があります。米国でも2026年時点で半数の州が何らかの形で年齢確認を義務化しており、プラットフォーム企業は「規制への対応」と「ユーザー体験の維持」という難しいバランスを取ることを迫られています。Discordの対応は、この世界的な潮流の中で、企業がどのような選択をするのかを示す重要な事例となるでしょう。
技術的な側面では、Discordは3つの層からなる年齢保証システムを構築しています。第一に、デバイス上で完結する顔認証による年齢推定。ビデオセルフィーが外部に送信されないという設計は、プライバシーへの配慮を示しています。第二に、必要に応じた身分証明書の提出。これは確認後すぐに削除されるとされていますが、前述のデータ侵害の経験から、多くのユーザーがこの方法に懸念を抱くことは想像に難くありません。そして第三に、バックグラウンドで動作する年齢推論モデルです。アカウントの利用期間、デバイス情報、コミュニティでの行動パターンから年齢グループを推定するこのシステムは、大多数のユーザーが明示的な確認を求められることなく適切な体験を得られるよう設計されています。
興味深いのは、Teen Councilの設立です。10〜12人のティーンが、プラットフォームの安全機能や製品開発に直接助言するこの取り組みは、「大人が考える安全」ではなく「ティーン自身が必要とする安全」を実現しようとする姿勢の表れと言えます。テクノロジー企業が、サービスの対象となるコミュニティの声を意思決定プロセスに組み込むことは、「Tech for Human Evolution」という理念において極めて重要です。技術は人間のために進化すべきであり、その進化の方向性を決めるのは、その技術を使う人々自身であるべきだからです。
しかし、この取り組みには課題も残されています。年齢確認システムは、プライバシー活動家や技術専門家から「監視社会への一歩」として批判されてきました。個人を特定できる情報を収集することは、その情報を保護する責任を永続的に負うことを意味します。完璧なセキュリティは存在せず、どれほど厳重に管理されたデータベースでも、人的ミス、システムの脆弱性、あるいは高度な攻撃によって侵害される可能性があります。
今回の展開は、デジタル空間における安全とプライバシーのバランスをめぐる議論が、新たな段階に入ったことを示しています。Discordの選択が成功するかどうかは、技術的な実装の優秀さだけでなく、透明性の確保、継続的なセキュリティ投資、そして何よりも、ユーザーコミュニティとの信頼関係の構築にかかっています。私たちは、この実験の結果を注視し、そこから得られる知見が、より良いデジタル社会の構築にどう活かされるかを見守る必要があります。
【用語解説】
Discord(ディスコード)
ゲーマー向けのコミュニケーションプラットフォームとして2015年に開始されたサービス。音声、ビデオ、テキストチャットを提供し、現在では月間アクティブユーザー2億人以上を擁する。ゲーム以外のコミュニティやビジネス用途でも広く利用されている。サンフランシスコに本社を置き、2021年時点で150億ドルの企業価値を持つ。
ティーンをデフォルトとする安全設定(Teen-by-default Settings)
すべてのユーザーに対し、初期設定として13〜17歳のティーン向けの制限を適用する仕組み。成人として確認されない限り、センシティブなコンテンツへのアクセスや特定の機能が制限される。Discordは2025年に英国とオーストラリアで先行導入し、2026年3月から全世界に展開する。
年齢保証(Age Assurance)
ユーザーの年齢グループを確認するプロセス。Discordでは顔による年齢推定または身分証明書の提出により実施される。顔認証はデバイス上でのみ処理され、身分証明書は確認後すぐに削除されるとしている。年齢推論モデルがバックグラウンドで動作し、一部ユーザーは確認なしで成人として認識される場合もある。
Teen Council(ティーン・カウンシル)
Discordが2026年に設立する、13〜17歳のティーンで構成される諮問機関。10〜12人のメンバーが、プラットフォームの安全機能、製品開発、ポリシーについて助言する。ティーンの実際の視点を意思決定に反映させることを目的としており、2026年5月1日まで募集を行う。
月間アクティブユーザー(MAU: Monthly Active Users)
1か月間に1回以上サービスを利用したユーザーの数。Discordは2025年5月時点で2億人の月間アクティブユーザーを持ち、2023年の1億5400万人から30%増加している。2026年末には3億人を超えると予測されている。
【参考リンク】
Discord公式サイト(外部)
アプリのダウンロード、機能紹介、ヘルプセンターへのアクセスが可能。無料で利用でき、オプションのサブスクリプションサービスNitroも提供。
Discord Safety Center(安全センター)(外部)
安全機能とポリシーに関する情報を提供。Teen Safety Assist、Family Center、保護者向けガイドが掲載されている。
Discord Teen Council申し込みページ(外部)
13〜17歳のティーンがTeen Councilへ応募するための情報ページ。2026年5月1日まで申し込みを受け付けている。
Discord年齢確認ガイド(外部)
年齢確認プロセスの詳細な説明と手順を提供するサポートページ。プライバシー保護の仕組みとともに解説している。
【参考記事】
Discord to roll out age verification next month | TechCrunch(外部)
3月から全世界で年齢確認を展開すること、デフォルトで「ティーン向け体験」に設定されることを報じている。
Here’s what happens if you don’t complete Discord age verification | PC Gamer(外部)
年齢確認を行わない場合に適用される具体的な制限内容を詳述。センシティブなコンテンツのブロックなどについて説明。
Discord Announces Worldwide Age Verification Rollout For March | 80.lv(外部)
3月からの全世界展開について報じ、プラットフォーム全体でのオンライン安全強化の流れを国際的な圧力の文脈で解説。
Discord Data Breach 2025: Around 70,000 ID Photos Leaked | IBTimes UK(外部)
2025年10月に発生したサードパーティベンダー5CAを介したデータ侵害について報告。約7万人のIDが流出。
Discord’s Global Age Verification Rollout — What Changes in March | All Things How(外部)
3月から開始される年齢確認の詳細を包括的に解説。2億人以上の月間アクティブユーザーを持つことも報告。
Ultimate Discord statistics for 2026 | Whop(外部)
Discordの最新統計データを網羅的に掲載。2025年5月時点で月間アクティブユーザー2億人に達したことを報告。
Discord’s Global Age Verification Rollout: What It Means for Your Privacy | Redact(外部)
プライバシーの観点から年齢確認の問題点を分析。2025年10月のデータ侵害とセキュリティリスクについて詳述。
【編集部後記】
Discordの今回の決定は、デジタルプラットフォームが直面する根本的なジレンマを浮き彫りにしています。未成年者を保護するために個人情報を収集すれば、その情報自体が新たなリスクとなる。情報を収集しなければ、十分な保護を提供できない。この矛盾に、完璧な解決策は存在しません。
しかし、だからこそ私たちは、Discordのような企業がどのようなアプローチを取るのかを注視する必要があります。Teen Councilの設立は、技術の設計に当事者の声を組み込むという点で評価できます。技術は中立ではなく、それを作る人々の価値観を反映します。であるならば、その技術を使う人々、特に保護の対象となる若者たち自身が、その設計に関わることは極めて重要です。
同時に、私たち読者もまた、この問題について考える責任があります。プラットフォームに安全を求めるとき、私たちは何を差し出しているのか。データ侵害が起きたとき、責任はどこにあるのか。規制当局、プラットフォーム企業、そしてユーザー自身。これらの複雑な関係性の中で、より良いデジタル社会を築くには、建設的な対話と継続的な改善が不可欠です。







がもたらす「アンテザード・ソサエティ」の衝撃-300x200.png)





























