2017年から米国政府が取り組んできたDJIドローン禁止措置が、2025年12月23日に全面的に実施される可能性がある。米国政府はDJIが中国企業であり、ドローンにスパイ技術が搭載されていると主張している。
DJIは米国の消費者向けドローン市場で77%以上のシェアを持つ。2024年に米国議会はDJIに正式な安全保障監査の実施と合格を要請したが、監査実施資格を持つ国土安全保障省、国家情報長官室、連邦捜査局、国家安全保障局、国防総省のいずれもプロセスを開始していない。
DJIは監査を受ける意思を表明しているが、要請が承認されていないため実施できない状況である。監査を受けなかった場合、DJIは12月23日までにFCCの対象リストに掲載され、すべての新製品が米国で禁止される。
この措置は46万人以上の雇用に影響を与える可能性があり、現在米国全土でDJIドローンの不足が生じている。
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Details On The DJI Drone Ban In The US
【編集部解説】
米国におけるDJIドローン禁止の動きが、いよいよ最終局面を迎えようとしています。2025年12月23日という期限は、単なる可能性ではなく、法的に定められた自動発動の仕組みです。
この禁止措置の根拠となっているのが、2024年12月23日に成立した2025会計年度国防権限法(NDAA)です。同法のセクション1709は、国土安全保障省、国家情報長官室、連邦捜査局、国家安全保障局、国防総省のいずれかが1年以内にDJIの正式な安全保障監査を実施し、「許容できないリスクがない」と判断することを求めています。しかし、成立から約1年が経過しようとする現在も、どの機関も監査プロセスを開始していません。
この状況の最も深刻な点は、監査が完了しなかった場合、DJIが自動的に連邦通信委員会(FCC)の「対象リスト(Covered List)」に掲載されることです。これは不正行為の証拠や審理のプロセスを経ることなく、デフォルトで発動される仕組みとなっています。
FCCの対象リストに掲載されると、DJIは新しいドローンモデルに対するFCC機器認証を取得できなくなります。米国では、無線通信機能を持つ機器はFCCの認証が必須であり、これがなければ輸入も販売も違法となります。つまり、12月23日以降、DJIは米国市場で新製品を一切発売できなくなる可能性が高いのです。
さらに事態を複雑にしているのが、2025年10月28日にFCCが全会一致で可決した新たな権限です。従来、対象リストへの掲載は将来の製品にのみ適用され、既に認証済みの製品は影響を受けませんでした。しかし新規則により、FCCは過去に認証した機器についても、国家安全保障上の懸念が生じた場合、遡及的に認証を取り消す権限を獲得しました。これは、既存のDJIドローンも将来的に販売・輸入が禁止される可能性を意味します。
ただし、既に所有しているドローンの飛行自体は禁止されません。FCCは「既存の消費者の手にあるドローンを没収したり、使用不能にしたりすることはない」と明言しています。しかし、長期的にはファームウェアアップデート、部品供給、クラウドベースのツール、SDKサポートなどが制限される可能性が高く、運用上の困難が徐々に増していくことが予想されます。
DJIの市場支配力を考えると、この禁止措置の影響は計り知れません。複数の調査によれば、DJIは米国の消費者向けドローン市場で77%のシェアを持ち、農業分野では約90%、法執行機関や消防などの公共安全分野でも約90%のシェアを占めています。DJI自身が委託した経済影響調査では、同社製品の使用により1,160億ドルの経済効果が生まれ、45万人以上の雇用を支えているとされています。
影響を受けるのは趣味のドローン愛好家だけではありません。農業における作物監視や農薬散布、インフラの点検、測量・地図作成、公共安全機関による捜索救助、災害対応など、幅広い産業分野でDJIドローンは不可欠なツールとなっています。ドローンサービス事業者を対象とした最近の調査では、回答者の3分の2が「DJI製品にアクセスできなければ廃業する」と回答しています。
米国政府がDJIを問題視する理由は、同社が中国企業であり、ドローンが収集する映像や位置情報などのデータが中国政府に渡る可能性があるという安全保障上の懸念です。DJIは2017年に米陸軍による使用が禁止され、2020年には商務省のエンティティリストに、2021年には財務省の「中国軍産複合体企業」リストに、2022年には国防総省の「中国軍事企業」リストに相次いで掲載されました。
しかし、これまで米国政府はDJIドローンが実際に安全保障上の脅威であることを示す公的な証拠を提示していません。連邦裁判所は最近、DJIが国防総省のリストに掲載されたことを支持する判決を下しましたが、同時に同社が北京政府に直接支配されている証拠はないと指摘しています。
DJI側は一貫して監査を歓迎する姿勢を示しており、グローバル政策責任者のアダム・ウェルシュ氏は「透明で公正かつ適時の監査に参加する用意がある」と繰り返し表明しています。しかし、どの機関も監査を開始しておらず、法律が監査実施機関を明確に指定しなかったことが、この膠着状態を生み出しています。
この状況には、地政学的な側面も見逃せません。米中間の技術競争が激化する中、ドローン産業もその戦場となっています。批評家の中には、この禁止措置が国家安全保障よりも、米国内のドローンメーカー、特にSkydioなどの企業を保護するための保護主義的政策であると指摘する声もあります。
現在、米国内ではDJIドローンの在庫不足が深刻化しています。税関での通関遅延やFCCによる新規機器認証の停止により、多くの小売店で在庫切れとなっています。一部の新モデル、例えばMavic 4 ProやMini 5 Proは、Amazonなどで第三者販売業者を通じて入手可能ですが、通常よりも高額となっています。
DJIは対策として、シェル企業(ペーパーカンパニー)を通じた販売戦略を加速させているとの報告もあります。Skyany、Skyrover、Cogito、Jovistar、Fikaxoなどの企業名で、DJI設計のドローンをマレーシアで製造し、別ブランド名で販売する動きが見られます。しかし、FCCの新権限は、対象リスト企業の部品を含む機器の認証も禁止できるため、この戦略も長期的には機能しない可能性が高いでしょう。
フロリダ州、アーカンソー州、テネシー州などは既に州レベルで中国製ドローンの政府機関による使用を禁止しており、連邦レベルの禁止措置が実施されれば、こうした動きはさらに加速するでしょう。
12月23日の期限まで残り3週間を切った今、DJIドローンの所有者や購入を検討している人々に推奨されているのは、最新のファームウェアへのアップデート、予備バッテリーやプロペラなどの部品の確保、ファームウェアインストーラーやアプリのローカルバックアップ、そして代替プラットフォームの検討です。
米国のドローン産業にとって、この危機は同時に機会でもあります。Skydio、Freefly、Parrot、Autel Roboticsなどの企業は、DJIの不在を埋めようと準備を進めています。しかし、これらの企業の製品は一般的にDJIよりも高価であり、機能面でも必ずしも同等ではないため、市場の移行は容易ではないでしょう。
今後数週間で状況が急展開する可能性もあります。政府機関が最後の瞬間に監査を開始する、議会が期限延長を決定する、あるいは何も起こらずに自動禁止が発動する——いずれのシナリオも考えられます。しかし確実なのは、世界最大のドローンメーカーと世界最大の消費市場との関係が、歴史的な岐路に立っているということです。
【用語解説】
FCC(連邦通信委員会)
Federal Communications Commissionの略称。米国の独立連邦規制機関で、ラジオ、テレビ、無線、衛星、ケーブルによる州間および国際通信を規制する。ドローンなど無線通信機能を持つ機器は、米国内で販売・使用する前にFCCの機器認証を取得する必要がある。
NDAA(国防権限法)
National Defense Authorization Actの略称。米国国防総省の予算と支出を承認する年次法案。2025会計年度NDAのセクション1709により、DJIを含む中国製ドローンメーカーに対する安全保障監査の実施が義務付けられた。
FCCの対象リスト(Covered List)
米国の国家安全保障に許容できないリスクをもたらすと判断された企業の通信機器や監視機器を掲載するリスト。リストに掲載されると、FCCは新規機器の認証を行えず、実質的に米国市場での販売が不可能となる。現在、Huawei、ZTE、Hikvisionなどが掲載されている。
エンティティリスト
米国商務省が管理する輸出規制リスト。国家安全保障や外交政策上の懸念がある外国企業や個人を掲載し、米国企業からの部品や技術の購入を制限する。DJIは2020年にこのリストに追加された。
Remote ID
ドローンの識別情報を無線で送信する機能。FAA(連邦航空局)が義務付けており、ドローンの位置、高度、速度、操作者の位置などの情報をリアルタイムで発信する。2023年9月以降、米国内で飛行するほぼすべてのドローンに必須となっている。
【参考リンク】
DJI公式サイト(外部)
世界最大のドローンメーカーDJIの公式サイト。消費者向けドローン、産業用ドローン、カメラスタビライザーなどの製品情報を提供している。
DJI Viewpoints(公式ブログ)(外部)
DJIの公式ブログ。米国における規制問題に関する同社の公式見解や、ドローン産業に関する洞察を発信している。
FCC(連邦通信委員会)公式サイト(外部)
米国の通信規制を統括する連邦機関の公式サイト。機器認証や対象リストに関する情報を提供している。
Skydio公式サイト(外部)
米国最大のドローンメーカー。自律飛行技術に優れ、公共安全機関や産業用途向けドローンを製造。DJI禁止後の代替候補として注目される。
【参考記事】
A Complete Guide to the DJI Drone Ban 2025 – DSLRPros(外部)
2025年12月23日の期限と自動禁止の仕組み、既存ドローンへの影響、商用利用者が取るべき対策を詳細に解説した専門家向けガイド。
The Complete DJI Ban Guide [Updated for 2025] – UAV Coach(外部)
DJI禁止措置の完全ガイド。タイムライン、FCCの新権限、在庫状況、代替ドローンの選択肢などを網羅的に説明している。
DJI Ban 2025 Explained: Current Status & Audit Deadline – Dronefly(外部)
NDAA監査要件の法的根拠、FCCの対象リストの仕組み、リスクシナリオ、代替策を技術的観点から分析した記事。
What’s Going On with DJI in the U.S.? – DJI Viewpoints(外部)
DJI公式ブログによる状況説明。監査未実施の問題点、既存ドローンへの影響、同社の立場を明確に表明している。
【編集部後記】
米国のドローン市場で起きているこの変化は、決して遠い国の出来事ではありません。技術と地政学が交錯する現場で、何十万もの人々の仕事や創造活動が影響を受けようとしています。
DJIドローンを愛用されている方、これから購入を検討されている方、あるいはドローン産業に関わる方々にとって、今後数週間の動向は極めて重要です。同時に、この事例は私たち全員に問いかけています。技術革新と国家安全保障、市場の自由と規制、そして国際競争の中で、私たちはどのような選択をすべきなのか。
12月23日という期限を前に、皆さんはこの問題をどう捉えますか。innovaTopia編集部も、引き続きこの動向を注視してまいります。






























