豪雪地帯の鉄道路線を守るため、空からの視点が加わろうとしています。JR東日本新潟支社が取り組むVTOL型ドローンの実証実験は、時速100kmで飛行し、新幹線で現場へ急行する─そんな未来の保守体制を現実のものにしつつあります。
東日本旅客鉄道株式会社新潟支社、第一建設工業株式会社、東鉄工業株式会社、エアロセンス株式会社の4社は、VTOL型ドローンを活用した鉄道沿線の冬季斜面調査実証実験を進めている。2025年4月に只見線、12月に上越線でJR東日本初となるVTOL型ドローンのレベル3.5による自動飛行機能を活用した鉄道斜面確認の実証実験を実施した。
実証で使用した機体はAS-VT01Kです。あわせて、今後の運用拡大に向けて新型AS-VT02Kの活用も検討しており、同機は防塵・防滴(IP43)などの仕様が紹介されています(※本件の冬季斜面調査実証でAS-VT02Kを使用した、という意味ではありません)。
列車荷物輸送サービス「はこビュン」を活用した機体輸送の検証も予定されている。
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VTOL型ドローンを活用した鉄道沿線の冬季斜面調査実証実験を進めます
【編集部解説】
VTOL型ドローンとは、垂直離着陸型固定翼機のことで、ヘリコプターのように垂直に離着陸した後、飛行機のように水平飛行へ移行できる特性を持ちます。マルチコプター型ドローンが最大30分程度しか飛行できないのに対し、今回の実証で用いられたAS-VT01Kは、LTE通信による遠隔操作と最大50kmの長距離自動飛行に対応しています。
※最高速度など一部スペックは公開資料により記載有無が異なるため、本稿では公式発表で明記されている項目を中心に紹介します。固定翼飛行時には電力消費を大幅に抑えられるため、中距離区間の点検に最適な選択肢となっています。
今回の実証実験で注目すべきは、国土交通省の第二種型式認証を取得している点です。これにより、機体や運用体制が定められた要件を満たしている今回のケースにおいては、レベル3.5飛行での目視外飛行が事前の許可・承認申請なしで実施でき、迅速な調査活動が可能になりました。レベル3.5とは、無人地帯での目視外飛行において、従来必要だった補助者の配置や看板設置といった立入管理措置を省略できる運用形態を指します。
実証実験では、新潟市中央区の施設管理部門へリアルタイムで映像を配信する試みも行われました。これは、現場から離れた場所にいる専門家が即座に状況を判断し、対策を検討できることを意味します。豪雪時の緊急対応では、この時間短縮が人命や運行再開に直結します。
さらに興味深いのは、列車荷物輸送サービス「はこビュン」との連携です。新型機材AS-VT02Kは二分割式のコンパクトな運搬ケースに収納できるため、新幹線での迅速な機材輸送が可能になります。災害発生時には、新幹線の速達性を活かして東京から新潟へ機材を迅速に届けられる可能性があり、輸送の選択肢が増えることで、天候・道路状況などの制約下でも最適手段を選びやすくなる点が期待されます。
新型AS-VT02Kの防塵・防滴性能IP43は、少雨下でも飛行可能であることを示します。豪雪地帯では降雪と雨が混在する天候も多く、従来のドローンでは飛行できなかった気象条件でも調査を継続できる点は、運用の幅を大きく広げます。また、AS-VT02Kは最大70kmの飛行が可能で、AS-VT01Kよりもさらに広範囲の調査に対応できます。
この技術が示す未来は、鉄道保守作業員の安全性向上と業務効率化の両立です。従来は社員が車両や徒歩で斜面を調査していましたが、雪崩や落石のリスクに常にさらされていました。ドローンによる事前調査で危険箇所を特定できれば、作業員の安全を確保しながら、より精密な点検計画を立てられます。
潜在的な課題としては、悪天候時の飛行制限や、バッテリー技術の制約があります。IP43は少雨には対応できますが、豪雪や強風時には依然として飛行が困難です。また、広域調査ではヘリコプター、スポット調査ではマルチコプター型と、VTOL型ドローンを含めた3つの手段を状況に応じて使い分ける必要があります。
JR東日本は2024年3月の磐越西線での実証実験から段階的にVTOL型ドローンの検証を重ねており、今回の冬季斜面調査は、災害時の鉄道設備確認に続く実装事例です。鉄道という公共インフラの保守にドローン技術を組み込むこの取り組みは、日本の高齢化社会における労働力不足への対応策として、他の交通事業者や自治体にも波及していくでしょう。
【用語解説】
VTOL型ドローン
Vertical Take-Off and Landingの略で、垂直離着陸型固定翼ドローンのこと。マルチコプターのように垂直に離着陸した後、飛行機のように固定翼で水平飛行できるハイブリッド型機体。水平飛行時は電力消費を大幅に抑えられるため、長距離飛行が可能となる。
レベル3.5飛行
無人地帯での目視外飛行において、従来必要だった補助者の配置や看板設置といった立入管理措置を省略できる運用形態。レベル3飛行の簡略版であり、より迅速な調査活動を可能にする。
第二種型式認証
国土交通省が定める無人航空機の安全基準などを満たした機体に与えられる認証。これに加えて所定の機体認証や操縦者の国家資格などの要件を満たすことで、特定の飛行形態において事前の許可・承認申請が不要となり、迅速な運用が可能になる。
IP43
防塵・防滴性能の国際規格。IP4Xは直径1mm以上の固形物の侵入を防ぐ防塵性能、IPX3は散水に対する保護性能を示す。これにより少雨下での飛行が可能となる。
オルソ画像
航空写真を正射投影変換し、地図と同じように真上から見た状態に補正した画像。地形の起伏や撮影角度による歪みが補正されているため、距離や面積の計測に使用できる。
3D点群データ
物体の表面を大量の点の集合として三次元的に表現したデータ。ドローンで撮影した複数の画像から生成され、構造物の形状や寸法を正確に把握できる。
ジンバルカメラ
ジンバル機構(回転軸を支える装置)でカメラを保持し、機体の揺れや振動を補正することで滑らかな動画撮影を可能にするカメラシステム。
LTE通信
Long Term Evolutionの略で、高速モバイル通信規格。ドローンに搭載することで、遠隔地からの操縦や映像のリアルタイム伝送が可能になる。
【参考リンク】
エアロセンス株式会社(外部)
国産産業用ドローンの開発・製造を手がける企業。VTOL型ドローン「エアロボウイング」シリーズなどを提供。
エアロボウイング AS-VT01K 製品ページ(外部)
第二種型式認証を取得したVTOL型固定翼ドローン。最大50kmの長距離自動飛行が可能。
エアロボウイング AS-VT02K 製品ページ(外部)
防塵・防滴性能IP43を備えた新型VTOL型ドローン。少雨下でも飛行可能で最大70km飛行。
JR東日本 列車荷物輸送サービス「はこビュン」(外部)
新幹線の速達性・定時性を活かした荷物輸送サービス。ドローン機材の迅速な輸送手段として検証中。
国土交通省 無人航空機登録ポータルサイト(外部)
日本におけるドローンの登録、飛行許可・承認申請に関する総合情報サイト。型式認証制度も解説。
【参考記事】
VTOL型ドローンを活用した鉄道沿線の冬季斜面調査実証実験を進めます | エアロセンス株式会社(外部)
JR東日本新潟支社と3社による実証実験の公式発表。新型AS-VT02KのIP43防塵・防滴性能や列車荷物輸送サービス「はこビュン」との連携について言及。
JR東日本、水平飛行できるVTOLドローン導入検討 時速100kmで点検現場へ急行(CNET Japan)(外部)
AS-VT01Kの技術仕様や運用方法を詳細に解説。最高速度時速100km、最大50kmの自動飛行、LTE通信による遠隔操作などの具体的な性能データを提供。
VTOL型ドローンで鉄道設備の被災状況を確認A2025年本格導入へ JR東日本(外部)
2024年3月の磐越西線での災害時実証実験を報告。約75km区間を最高時速100kmで自動飛行し、オルソ画像や3D点群データの生成を実証。
エアロセンス、防水、収納、運用性能が大幅に進化したVTOL型ドローン「エアロボウイング」新モデルの受注を開始(外部)
新型AS-VT02KのIP43防塵・防滴性能、コンパクトな二分割式運搬ケース、最大70kmの飛行距離など技術仕様の詳細を解説。
Japan Drone Laws (2025) – Fly Eye(外部)
日本のドローン規制の最新情報を包括的に解説。型式認証制度、レベル3.5飛行、DIPS 2.0登録システムなど法規制の枠組みを詳細に説明。
【編集部後記】
豪雪地帯での鉄道保守という、私たちが普段意識することのない現場で、ドローン技術が着実に実装されていく様子に、未来の働き方の一端を感じます。「はこビュン」で新幹線に乗って現場へ急行するドローンという発想には、既存インフラの新しい使い方が見えてきませんか。
みなさんの身近な場所でも、気づかないところでテクノロジーが人々の安全を支えているかもしれません。そんな視点で、日常の風景を見つめ直してみるのも面白いのではないでしょうか。































