欧州の防衛技術企業ESOX Groupは、Donut Labの全固体電池を無人軍事プラットフォームに統合する計画を2026年1月6日のCESで発表した。Donut Labは世界初の量産可能な全固体電池と説明しており、2026年第1四半期にVerge Motorcyclesの2026年モデルに搭載される。
電池のエネルギー密度は400Wh/kgで、5分でフル充電が可能、最大10万サイクルの設計寿命を持つ。マイナス30度で99%以上、100度以上でも99%以上の容量を維持し、リチウムイオン電池よりも低価格だという。ESOXは2026年後半に生産拡大を計画している。統合プラットフォームとして、X1迎撃ドローンの初飛行を2026年1月に、産業化バリアントを2026年4月に予定し、X2 UGV技術実証機も開発中である。
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Gamchanger for defence: World’s first solid-state battery to be integrated into military drones
【編集部解説】
全固体電池の商用化は、電気自動車業界において長年「あと数年で実現する」と言われ続けてきた技術でした。トヨタやサムスンといった大手が2027年から2030年にかけての量産を目指す中、フィンランドのDonut Labは2026年第1四半期という極めて早い段階で市場投入を実現しようとしています。この発表が注目を集めるのは、実証実験や限定生産ではなく、Verge Motorcyclesという実在する製品に搭載され、一般顧客に届けられるという点です。
全固体電池とリチウムイオン電池の最大の違いは、電解質が液体か固体かという構造にあります。従来のリチウムイオン電池は液体電解質を使用するため、充放電を繰り返すと金属デンドライト(樹枝状結晶)が形成され、これがセパレーターを貫通して短絡を引き起こし、発火や熱暴走につながる危険性がありました。全固体電池は固体電解質を用いることでこの問題を根本的に解決します。
Donut Labが主張する400Wh/kgというエネルギー密度は、現在主流のリチウムイオン電池(250-300Wh/kg)の1.3倍から1.6倍に相当します。これは単なる数値以上の意味を持ちます。ドローンや無人地上車両(UGV)において、バッテリーの重量は航続距離、滞空時間、ペイロード容量を直接左右する制約要因だからです。
今回、欧州防衛企業ESOX Groupが全固体電池の軍事利用を発表した背景には、地政学的な要因があります。現在、世界のバッテリーサプライチェーンの80%以上を中国が支配しており、リチウム処理能力の70%、バッテリー用グラファイト処理の95%を中国が占めています。米国防総省は2027年10月から中国製材料を含むバッテリーの調達を禁止する方針を打ち出しており、NATO諸国も同様の懸念を抱えています。
Donut Labが「豊富で手頃な価格で地政学的に安全な材料」から製造していると主張する全固体電池は、こうした文脈において単なる性能向上以上の戦略的価値を持ちます。サプライチェーンの回復力(レジリエンス)は、もはや防衛産業における技術力と同等の重要性を持つようになっています。
ただし、冷静な視点も必要です。全固体電池の量産化には、固体電解質の界面抵抗、充放電時の体積変化による亀裂形成、製造プロセスの複雑さといった技術的課題が残されています。Donut Labの電池が本当に主張通りの性能を実環境で発揮できるかは、2026年第1四半期の実際の出荷を待つ必要があります。
防衛分野への応用という観点では、極端な温度環境(-30°Cから100°C以上)での性能維持、衝撃や損傷を受けた際の安全性、10万サイクルという長寿命が、ミッションの成否を分ける要素となります。特に無人システムが現代戦において中心的役割を果たす中、バッテリーはもはや二次的なサブシステムではなく、作戦能力そのものを規定する基幹技術へと変化しています。
innovaTopiaが今この記事を報じる理由は、全固体電池という「未来の技術」が、実際に市場に登場しようとしている歴史的転換点に立ち会っているからです。この技術が民生用途から防衛用途まで広く展開されれば、エネルギー貯蔵の概念そのものが再定義されることになるでしょう。
【用語解説】
全固体電池
液体電解質の代わりに固体電解質を使用する次世代バッテリー。従来のリチウムイオン電池と比較して、高いエネルギー密度、優れた安全性、長寿命を実現できる可能性がある。液体電解質による発火リスクを根本的に排除できる点が最大の特徴である。
エネルギー密度
バッテリーが単位重量あたりに蓄えられるエネルギー量を示す指標。Wh/kg(ワット時毎キログラム)で表される。数値が高いほど、同じ重量でより多くのエネルギーを貯蔵できるため、航続距離の延長や機体の軽量化が可能になる。
リチウムイオン電池
現在最も広く使用されている充電式バッテリー。液体またはゲル状の電解質を使用し、リチウムイオンが正極と負極の間を移動することで充放電を行う。スマートフォンから電気自動車まで幅広く採用されているが、発火リスクや容量劣化といった課題がある。
デンドライト
リチウムイオン電池の充放電を繰り返す過程で形成される樹枝状の金属結晶。これがセパレーターを貫通すると短絡を引き起こし、熱暴走や発火の原因となる。全固体電池は固体電解質によりデンドライトの形成を防ぐことができる。
熱暴走
バッテリー内部で異常な発熱が連鎖的に進行し、制御不能な状態になる現象。リチウムイオン電池の液体電解質は可燃性であるため、一度熱暴走が始まると火災につながる危険性が高い。
UGV(無人地上車両)
Unmanned Ground Vehicleの略。人間が搭乗せず、遠隔操作または自律制御で動作する地上車両。偵察、輸送、爆発物処理など、軍事・民生の両分野で活用が進んでいる。
NATO
North Atlantic Treaty Organization(北大西洋条約機構)の略。欧州と北米の32カ国が加盟する集団防衛機構。1949年設立。2023年にフィンランド、2024年にスウェーデンが加盟し、現在32カ国体制となっている。加盟国間の相互防衛と安全保障協力を目的とする。
サプライチェーン
原材料の調達から製品の製造、流通、消費者への配送に至るまでの一連の供給網。バッテリー産業では、リチウムやコバルトなどの原材料採掘から精製、電池セルの製造、最終製品への組み込みまでの全工程を指す。
CES
Consumer Electronics Showの略。毎年1月に米国ラスベガスで開催される世界最大級の家電・技術見本市。最新のテクノロジーや製品が発表される場として、業界で高い注目を集めている。
【参考リンク】
Donut Lab 公式サイト(外部)
世界初の量産可能な全固体電池とインホイールモーターを開発するフィンランドの電動モビリティ技術企業。
ESOX Group 公式サイト(外部)
全固体電池を無人航空機や無人地上車両に統合する計画を推進する欧州の防衛技術企業。
Verge Motorcycles 公式サイト(外部)
2026年第1四半期から全固体電池搭載モデルを出荷予定のフィンランドの電動バイクメーカー。
CES(Consumer Electronics Show)公式サイト(外部)
毎年1月にラスベガスで開催される世界最大級の技術見本市。2026年は1月6日から9日まで開催。
【参考記事】
Donut Lab Solid State Battery Production Ready(外部)
競合他社が2027年以降を目指す中、Donut Labの2026年第1四半期量産という主張の異例性を分析。
How China’s control of battery supply chains is becoming a critical risk for U.S. military power and AI initiatives(外部)
中国がバッテリーサプライチェーンの80%以上を支配し、米国防総省にも影響を与えている実態を報告。
China’s Battery Dominance Threatens US National Security, Economy(外部)
中国がLFP電池生産の94%を支配する状況と、米国防総省の2027年10月からの調達禁止方針を詳述。
World’s First Production Solid-State Battery Charges in Just 5 Minutes(外部)
Donut Labの全固体電池の技術仕様を詳細に報告。エネルギー密度はテスラの約2倍に相当。
Solid State vs Lithium Ion: The Future of Energy Storage and Battery Technology(外部)
リチウムイオン電池と全固体電池の技術比較を実施。エネルギー密度や安全性の違いを解説。
【編集部後記】
全固体電池という技術が、民生用途から防衛分野まで同時に展開されようとしています。エネルギー貯蔵技術の進化は、私たちの日常を便利にする一方で、戦争の形すら変えてしまう可能性を秘めています。
技術そのものに善悪はありませんが、誰がそのサプライチェーンを握るかが、国家の安全保障を左右する時代になりました。みなさんは、こうした「技術の地政学」についてどのようにお考えでしょうか。読者のみなさんと共にこの問いを考え続けていきたいと思います。
































