Cochlear、体内で進化する人工内耳「Nucleus Nexa」発表——40年稼働するエッジAI医療機器の実現

Cochlear、体内で進化する人工内耳「Nucleus Nexa」発表——40年稼働するエッジAI医療機器の実現 - innovaTopia - (イノベトピア)

Cochlear社が機械学習アルゴリズムを実行できる初の人工内耳「Nucleus Nexaシステム」を発表した。

このシステムは環境分類器SCAN 2を搭載し、会話、雑音環境での会話、雑音、音楽、静寂の5つの聴覚環境をリアルタイムで分類する決定木モデルを採用している。グローバルCTOのJan Janssen氏によると、この分類結果に基づいて音声処理設定を調整し、インプラントに送る電気信号を適応させる。

また、ForwardFocusという空間ノイズアルゴリズムを用いて、2つの無指向性マイクからの入力で空間フィルタリングを実行する。画期的な点は、埋め込まれたインプラント自体がファームウェアアップデートを受信可能なことだ。インプラントは最大4つの個別化された聴覚マップを内部メモリに保存できる。

同社は将来的に深層ニューラルネットワークの導入や、Bluetooth LE AudioとAuracastブロードキャスト音声機能の実装を計画している。西太平洋地域には5億4600万人の聴覚障害者がいる。

From: 文献リンクEdge AI inside the human body: Cochlear’s machine learning implant breakthrough

【編集部解説】

このニュースが示しているのは、医療機器におけるAI実装の本質的な難しさと、その克服がもたらす可能性です。

人工内耳は神経組織に直接電気刺激を送るデバイスであり、バッテリー交換のための再手術は現実的ではありません。そのため40年以上にわたって動作し続けることが求められます。この極端な制約の中で機械学習を動かすことは、クラウドやスマートフォンでのAI展開とはまったく異なる挑戦です。

従来の人工内耳では、埋め込み後は機能が固定されていました。新しい信号処理技術が開発されても、既存のユーザーは恩恵を受けられなかったのです。Nucleus Nexaシステムの画期的な点は、体内に埋め込まれたインプラント自体がファームウェアアップデートを受けられることにあります。

さらに注目すべきは「Smart Sync」機能です。従来は外部プロセッサーを紛失すると、クリニックで再プログラミングが必要でした。新システムではインプラント内に最大4つの聴覚マップが保存されており、新しいプロセッサーを装着すれば数秒で設定が復元されます。これは旅行中や緊急時に特に重要な機能といえるでしょう。

技術的には現在、決定木モデルを採用していますが、これは電力制約と医療機器に求められる解釈可能性を考慮した選択です。将来的には深層ニューラルネットワークへの移行も視野に入れており、騒音環境での聴取能力がさらに向上する可能性があります。

Cochlear社のグローバルCTOであるJan Janssen氏は、10年以上の社内研究を経て開発された新チップ「NEXOS」について、「スマートフォンがファームウェアアップデートを受けるように、Cochlearインプラントを持つ人々も最新技術につながり続けることができる」と説明しています。

このアプローチは他の医療機器メーカーにとっても重要な青写真となるでしょう。エッジAI医療デバイスの設計においては、2〜3年の消費者向けデバイスサイクルではなく、40年という時間軸で考える必要があります。すべてのミリワットが重要であり、すべてのアルゴリズムは医療安全性について検証されなければなりません。

【用語解説】

エッジAI
クラウドではなく、デバイス上で直接AIの推論処理を行う技術。通信遅延がなく、プライバシー保護にも優れるが、デバイスの計算能力や電力制約が厳しい環境での実装が課題となる。

決定木モデル
機械学習アルゴリズムの一種で、条件分岐を樹形図のように組み合わせて判断を行う。深層学習と比較して消費電力が少なく、判断プロセスが明確であるため、医療機器のような解釈可能性が求められる用途に適している。

人工内耳
重度の聴覚障害者向けの医療機器で、音を電気信号に変換して蝸牛神経を直接刺激する。外科手術で頭部に埋め込まれるインプラント部分と、耳の後ろに装着する外部プロセッサーで構成される。

SCAN 2
Cochlear社が開発した環境分類器。周囲の音環境を会話、雑音環境での会話、雑音、音楽、静寂の5つに自動分類し、最適な音声処理設定を選択する。

ForwardFocus
2つのマイクからの入力を使用して、前方からの音声を強調し、側面や後方のノイズを抑制する空間フィルタリング技術。ユーザーの介入なしに自動的に動作する。

OTAファームウェアアップデート
Over-The-Airの略。無線通信を使ってデバイスのソフトウェアを遠隔更新する技術。体内に埋め込まれた医療機器でこれを実現したことがNucleus Nexaシステムの革新的な点である。

Bluetooth LE Audio
従来のBluetoothよりも低電力で高音質な音声伝送を実現する新規格。補聴器や人工内耳などの医療機器での利用が期待されている。

Auracastブロードキャスト音声
Bluetooth LE Audioの機能の一つで、公共空間で音声を複数のデバイスに同時配信できる。空港や劇場などでの利用が想定されている。

【参考リンク】

Cochlear公式サイト – Nucleus Nexaシステム製品ページ(外部)
世界初のスマート人工内耳システムの製品情報、機能説明、技術仕様を掲載する公式ページ

【参考動画】

【参考記事】

New cochlear implant can get software updates like a smartphone(外部)
プロセッサー紛失時も数秒で設定復元可能。Smart Sync機能の実用的利点を詳述

Cochlear Launches Smart Cochlear Implant System(外部)
NEXOSチップ開発背景とファームウェアアップデート機能の重要性を技術的観点から解説

World’s First Smart Cochlear Implant Technology Launches in Asia Pacific(外部)
アジア太平洋地域への展開。50万人以上のユーザーデータセットを活用したプログラムに言及

【編集部後記】

体内に埋め込まれた医療機器がソフトウェアアップデートを受けられる——この技術は、私たちが日常的に使うスマートフォンの常識を、人体という極限環境に持ち込んだ挑戦です。40年以上動き続けなければならないデバイスに、進化し続けるAIを組み込む。

この矛盾とも思える課題に、どんなアプローチで立ち向かっているのでしょうか。エッジAIは、クラウドでの処理では実現できない「即座の応答」と「プライバシー保護」を可能にしますが、それを人体内部で実現する技術的ハードルは想像を超えるものがあります。皆さんは、こうした医療機器のアップデート機能について、どのような期待や不安をお持ちでしょうか。

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Ami
テクノロジーは、もっと私たちの感性に寄り添えるはず。デザイナーとしての経験を活かし、テクノロジーが「美」と「暮らし」をどう豊かにデザインしていくのか、未来のシナリオを描きます。 2児の母として、家族の時間を豊かにするスマートホーム技術に注目する傍ら、実家の美容室のDXを考えるのが密かな楽しみ。読者の皆さんの毎日が、お気に入りのガジェットやサービスで、もっと心ときめくものになるような情報を届けたいです。もちろんMac派!

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