ウォルマート・チリが2025年9月からラテンアメリカ初のグリーン水素燃料電池トラックのテストを開始する。中国・佛山のFeichi Technology製のセミトレーラートラックは、49トン牽引可能で航続距離750キロメートル、水素燃料75キログラムを搭載する。実用的航続距離は約560キロメートルである。
このテストは615万ドルの官民パートナーシップ「ヒドロハウル技術プログラム」の一環で、チリ生産開発公社(CORFO)が345万ドルを資金提供した。1年間のテスト期間中、ウォルマート・チリのキリクラ配送センターを拠点として、サンティアゴ首都圏、バルパライソ、オヒギンス地域で実際の商品配送を実施する。
同配送センターは2023年にラテンアメリカ初のグリーン水素生産プラントとなり、1500万ドルを投じて200台の鉛蓄電池フォークリフトを水素燃料電池版に交換した実績がある。
チリは南北4,200キロメートルに及び、ウォルマートが約400店舗を運営するが、現在はキリクラのみが給油源のため、南端のプンタ・アレナスなど遠隔地は航続距離外にある。ウォルマートは2040年までの事業脱炭素化を目指しており、チリは2045年までに炭素排出大型車両の販売を段階的に廃止する計画である。
【編集部解説】
私たちにとって、このニュースが示す技術革新の本質について考えてみましょう。
この水素燃料電池トラックの取り組みは、単なる環境対策を超えた戦略的意味を持っています。チリという国の地理的特性を理解することが重要で、南北4,200キロメートルという距離は日本の本州の約4倍にあたります。この距離を水素トラックでカバーするのは、技術的に極めて挑戦的な試みといえるでしょう。
実用航続距離560キロメートルという制約の中で、水素インフラ整備戦略が成否を決定します。カリフォルニア大学の研究では、5,000台の大型トラック運用に15-20の給油ステーションが必要とされており、チリの地形を考慮すると更に綿密な配置計画が求められます。
技術面で注目すべきは、中国のFeichi Technology社の存在です。同社は佛山を拠点とする燃料電池車両の専門メーカーで、中国国内で豊富な実績を蓄積しています。中国が2025年末までに2万5,000台の水素燃料電池車両導入を目標とする中で、その技術が南米に展開される意味は大きいでしょう。
75キログラムの水素燃料で49トンを牽引しながら750キロメートルの航続距離を実現する性能は、ディーゼルトラックに近いレベルです。しかし、チリのアンデス山脈では急勾配が燃料効率に大きく影響するため、平地での性能とは大きく異なる可能性があります。
このプロジェクトの強みは、既存インフラの活用にあります。キリクラ配送センターでは2023年から1500万ドルを投じたグリーン水素生産プラントが稼働し、200台のフォークリフトを既に水素燃料電池に転換している実績があります。この運用ノウハウがトラックテストの基盤となっているのです。
課題として、水素インフラ整備の高コストが挙げられます。アメリカ全土でも80カ所未満の水素給油ステーションしかない現状で、チリのような新興市場では更に大きな投資障壁となります。
規制面では、チリが2045年までに炭素排出大型車両の販売段階的廃止を目標としていることが重要です。この政策背景があってこそ、615万ドルの大型投資が正当化されています。
長期的視点では、このテストが成功すれば鉱業や建設業での水素トラック導入が加速し、チリが「グリーン水素ロジスティクス・ハブ」として南米をリードする可能性を秘めています。豊富な風力・太陽光資源を活用した水素製造優位性を物流分野で実証できれば、輸出産業としての発展も期待できるでしょう。
このプロジェクトは、まさに「Tech for Human Evolution」の実例です。技術が人類の持続可能な発展にどう貢献できるかという問いに対する、具体的な回答の一つと位置づけられます。
【用語解説】
グリーン水素
再生可能エネルギー(風力・太陽光など)を使用して水を電気分解することで生成される水素。製造過程でCO2を排出しないため「グリーン」と呼ばれる。従来の天然ガス由来の水素(グレー水素)と区別される。
燃料電池
水素と酸素の化学反応により電気を生成する装置。副産物として水のみが排出される。バッテリーと異なり、燃料である水素がある限り継続的に電気を生成できる。
CORFO(チリ生産開発公社)
Corporación de Fomento de la Producciónの略。チリ政府の技術革新と産業開発を促進する公的機関。1939年設立で、研究開発プロジェクトへの資金提供や技術移転を支援している。
セミトレーラートラック
トラクター(牽引車)とトレーラー(被牽引車)が分離可能な大型貨物車。一般的に長距離輸送で使用され、49トンまでの積載が可能。
航続距離
燃料補給なしで走行可能な最大距離。燃料電池トラックの場合、水素タンクの容量と燃費効率によって決まる。
脱炭素化
事業活動や製品ライフサイクルにおけるCO2排出量を実質的にゼロにすること。2050年カーボンニュートラルに向けた世界的な取り組みの中核概念。
【参考リンク】
Feichi Technology(佛山飛馳汽車科技有限公司)(外部)
中国最大級の燃料電池車メーカーの一つ。1971年設立で50年以上の歴史を持つ
Walmart Chile 企業情報(外部)
チリで398店舗を運営。2009年にD&S社買収により参入し配送センター9カ所へ拡大予定
CORFO チリ生産開発公社(外部)
チリの経済発展と技術革新を促進する政府機関。今回のプロジェクトに345万ドル拠出
【参考記事】
Walmart Chile’s Groundbreaking Hydrogen Fuel Cell Truck Pilot(外部)
ヒドロハウル・プログラムの詳細解説。615万ドルの予算構成と参画企業の役割を詳述
Hydrogen-Powered Truck Receives Official Certification(外部)
2025年6月30日の正式認証取得を報告。南米初の公道走行許可の歴史的意義を解説
Investing in Chile’s Future: Walmart’s Five-Year Commitment(外部)
ウォルマートのチリ投資戦略。5年間で13億ドル投資、70店舗新設計画を発表
【編集部後記】
このチリでの水素トラック実証実験は、私たちの生活にも確実につながってくる変化の兆しです。日本でも既にセブンイレブンやファミリーマートの配送で燃料電池トラックのテストが始まっていることをご存じでしょうか。
皆さんがネット通販で商品を注文したとき、その商品がどんなトラックで運ばれてくるのか考えたことはありますか?配送の脱炭素化は、私たち一人一人の選択にも関わってきます。
もし配送料が少し高くなっても環境に優しい水素トラックを選びますか?それとも従来通りコスト重視でしょうか?
こうした選択が、実は未来の物流システム全体を決めていくのかもしれませんね。
皆さんの率直なお考えをお聞かせください。