核融合発電の実現に向けた重要なマイルストーン。三菱電機とQSTが、真空容器という極限環境下で直径8メートルのコイルを±2ミリメートルの精度で製作する世界初の技術を確立しました。2026年から始まるプラズマ加熱実験で、AIによる自動制御技術の実証フィールドとなります。
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構と三菱電機株式会社は、茨城県那珂市に建設した世界最大のトカマク型超伝導プラズマ実験装置「JT-60SA」において、高速プラズマ位置制御コイル2体を完成させた。このコイルは真空容器内径10メートルの中に設置する直径8メートルの銅製で、位置・形状精度を±2ミリメートル以内で製作することに成功した。
2026年から開始予定のプラズマ加熱実験では、このコイルでプラズマ電流550万アンペアを目指す。コイルに流す電流は最大5000アンペアで、10ミリ秒という高速で制御しプラズマの位置と形状を精密に制御する。今回開発された製作方法は南フランスに建設中のイーターにおける容器内コイル製作に貢献し、プラズマ制御技術の確立やAIによるプラズマ自動制御技術の礎となる。
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世界最大プラズマを安定に維持する高速プラズマ位置制御コイルが完成 JT-60SAの容器内で直径8メートルのコイルを精度±2ミリメートルで製作
【編集部解説】
真空容器の内側という狭隘な空間で、直径8メートルという巨大なコイルを±2ミリメートルの精度で製作する。これは例えるなら、びんの中で船を組み立てるようなものです。通常、コイルは工場で製作してから設置しますが、JT-60SAではすでに完成している真空容器内で、現場製作という前例のない手法を採用しました。三菱電機が考案した製作方法は、導体の送り速度と巻き取り速度の同期、高強度化した巻枠、絶縁物の撚れ防止機構など、細部にわたる技術的工夫の集積です。
このFPPCは「10ミリ秒」という高速応答でプラズマの位置と形状を制御します。これは人間の瞬きよりも速い反応速度です。核融合プラズマは本質的に不安定で、わずかな擾乱で制御を失うため、超高速かつ精密な制御が不可欠となります。
現在、核融合研究の最前線ではAI技術の導入が急速に進んでいます。2025年3月にはQSTとNTTが、JT-60SAのプラズマ閉じ込め磁場を予測するAI技術で世界初の成果を発表したばかりです。混合専門家モデル(MoE)を用いることで、プラズマの位置形状を約1センチメートルの精度で予測することに成功しています。今回完成したFPPCは、まさにこのAI制御技術の実証フィールドとなるのです。
国際的な文脈で見ると、この技術は南フランスで建設中のITER(イーター)にも貢献します。ITERは2025年9月にGeneral Atomicsによる中心ソレノイドモジュール6基の製作完了が発表されたばかりで、2039年の本格運転を目指していますが、数々の遅延とコスト増大に直面しています。JT-60SAで培われた容器内コイル製作技術は、ITERの建設加速化に寄与する可能性があります。
プラズマ制御技術をめぐっては、国際競争が激化しています。中国や韓国の実験装置でもFPPCが使われていますが、JT-60SAのコイルサイズは約2倍となっています。この規模での制御技術の確立は、将来の核融合発電所(原型炉)の自律運転に直結します。現在、世界各国が2030年代から2040年代の核融合発電実用化を目指しており、プラズマの自動制御技術は商業化の鍵となります。
2026年から始まるJT-60SAのプラズマ加熱実験では、プラズマ電流550万アンペアという世界トップクラスの性能を目指します。この実験データは、ITERの運転計画を事前検証する貴重な知見となり、人類のエネルギー問題解決に向けた礎石となることが期待されます。
【用語解説】
JT-60SA(ジェーティーロクジュウ スーパー アドバンス)
茨城県那珂市に建設された世界最大のトカマク型超伝導プラズマ実験装置。日欧共同の幅広いアプローチ活動の一環として建設され、プラズマ体積は160立方メートル。約-269℃に冷却された超伝導コイルで磁場のかごを形成し、1億℃に達するプラズマを閉じ込める。
FPPC(高速プラズマ位置制御コイル / Fast Plasma Position Control coil)
トカマク型核融合装置において、プラズマの垂直方向の位置を高速かつ精密に制御し、プラズマの安定を保つためのコイル。超伝導コイルでは応答性が遅く、プラズマの急激な変化に追随できないため、FPPCがプラズマ制御を担う。
トカマク型
磁場によりプラズマを閉じ込める方式の一つ。超伝導コイルを組み合わせ、周方向のトロイダル磁場と径方向のポロイダル磁場を組み合わせ、ドーナツ形の形に沿ってねじれた形の磁場を作る。現在、核融合発電の最有力方式とされる。
プラズマ
物質の第4の状態と呼ばれる、原子核と電子が分離した超高温の状態。核融合反応を起こすには1億℃以上の超高温プラズマが必要となる。
【参考リンク】
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(QST)(外部)
日本の核融合研究を主導する研究機関。JT-60SAを運営し、量子科学技術全般の研究開発を行う。
三菱電機株式会社(外部)
日本を代表する総合電機メーカー。超伝導コイルや銅製コイルの製作で高い実績を持つ。
JT-60SA公式サイト(外部)
世界最大のトカマク型超伝導プラズマ実験装置JT-60SAの公式サイト。装置の概要や研究成果を掲載。
ITER機構(外部)
南フランスで建設中の国際熱核融合実験炉ITERの公式サイト。7極35カ国が参加する国際プロジェクト。
幅広いアプローチ(BA)活動(外部)
日本と欧州が共同で進める核融合エネルギー研究開発プロジェクトの公式サイト。
NTT 核融合プラズマ予測技術(外部)
NTTが開発する核融合発電に向けたプラズマ未来予測技術の解説ページ。
【参考記事】
世界初、大型核融合装置のプラズマ閉じ込め磁場予測に高精度なAI手法を適用(外部)
QSTとNTTの共同研究成果。混合専門家モデルでプラズマ位置形状を約1cm精度で予測に成功。
General Atomics marks completion of ITER’s superconducting fusion magnet(外部)
2025年9月、米国GA社がITERの中心ソレノイドモジュール6基の製作完了を発表。
ITER – Wikipedia(外部)
国際熱核融合実験炉ITERの概要。2039年の本格運転を目指すが遅延が発生している。
Fusion Energy in 2025: Six Global Trends to Watch(外部)
国際原子力機関が2025年の核融合エネルギーの世界的動向を解説。HTS磁石技術に注目。
核融合発電実用化を加速させる? DeepMindが開発した「プラズマを制御するAI」が秘めた可能性(外部)
グーグル傘下のDeepMindがスイスプラズマセンターと開発したプラズマ制御AI技術を紹介。
核融合向けプラズマ、AIで予測 量子科学技術研究開発機構とNTT(外部)
日本経済新聞による2025年3月の報道。プラズマ形状を誤差1cm程度で予測できる手法を開発。
【編集部後記】
核融合発電の実現は、もはや「夢物語」ではなく「工学的課題」のフェーズに入っています。今回のFPPC完成は、その象徴的な一歩と言えるでしょう。±2ミリメートルという精度が、なぜ重要なのか。それは、プラズマという「制御が極めて難しい対象」を扱う核融合技術の本質に関わります。
みなさんは、核融合発電が実用化されたとき、私たちの暮らしやエネルギー政策がどのように変わると思いますか。また、AIによるプラズマ自動制御技術が、他の産業分野にどんな応用可能性を秘めていると考えますか。ぜひ、SNSでご意見をお聞かせください。































