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水素混焼エンジン搭載タグボート「天歐」、世界初のゼロカーボン航行に成功──日本財団が拓く海運脱炭素の未来

[更新]2026年1月17日

水素混焼エンジン搭載タグボート「天歐」、世界初のゼロカーボン航行に成功──日本財団が拓く海運脱炭素の未来 - innovaTopia - (イノベトピア)

日本財団は2022年1月に開始した「ゼロエミッション船プロジェクト」において、ジャパンハイドロ株式会社(広島県福山市)等が参画するコンソーシアムが、国内初の水素混焼エンジン搭載タグボート「天歐」による世界初のゼロカーボン航行に成功したと2026年1月14日に発表した。

「天歐」は2025年10月に常石造船から引き渡された全長38mのタグボートで、2025年12月24日に水素とバイオディーゼル燃料(B100)の混焼によって温室効果ガスを排出しない航行を実現した。水素混焼エンジンと大容量の高圧水素ガス貯蔵・供給システムを搭載し、化石燃料のみを使用するタグボートと比べて約60%のCO2排出削減が可能である。同プロジェクトは2050年の内航分野におけるカーボンニュートラル実現を目指し、3つのコンソーシアムを設立している。

From: 文献リンク国内初の水素混焼エンジン搭載タグボート 水素×バイオ燃料による”ゼロカーボン航行”に世界初※1成功

 - innovaTopia - (イノベトピア)
公益財団法人 日本財団PRTIMESより引用

【編集部解説】

海運業界は今、歴史的な転換点を迎えています。世界の貿易量の約90%を担う海運は、同時に世界全体のCO2排出量の約3%を占める産業でもあります。国際海事機関が2023年に採択した改定GHG戦略では、2050年頃までに国際海運からの温室効果ガス排出をネットゼロにする目標が掲げられ、2030年までに20〜30%、2040年までに70〜80%の削減が求められています。

今回の「天歐」による実証成功は、この大きな目標に向けた具体的な一歩として注目されます。水素混焼エンジンという技術選択には、重要な戦略的意味があります。水素専焼エンジンや燃料電池船に比べて、既存の内燃機関技術を活用できるため、技術的ハードルが低く、早期の実用化が期待できる点が特徴です。

タグボートという船種が最初のステップとして選ばれたのにも理由があります。港湾内で大型船の誘導や補助を行うタグボートは、航行距離が比較的短く、決まった港を拠点とするため、水素供給インフラの整備がしやすい特性があります。また、瞬発的に高い出力が求められる運用特性は、水素エンジンの特性とも相性が良いとされています。

今回の世界初となる成果は、水素とバイオディーゼル燃料の組み合わせにあります。水素混焼だけでは約60%のCO2削減にとどまりますが、重油の代わりにバイオディーゼル燃料を使用することで、理論上100%のゼロカーボン航行を実現しました。なお、水素を使用するタグボートやアンモニア燃料のタグボートは国内でも既に実績がありますが、水素混焼エンジンとバイオディーゼル燃料を組み合わせてゼロカーボン航行を達成したのは、タグボートを含むあらゆる船舶において世界初の事例となります。この「ハイブリッドアプローチ」は、複数の技術を組み合わせることで、段階的に脱炭素化を進める現実的な道筋を示しています。

一方で、課題も存在します。水素の製造方法によっては、ライフサイクル全体で見ると必ずしも環境負荷が低くない場合があります。真の意味でのゼロエミッション化には、再生可能エネルギーから製造される「グリーン水素」の普及が不可欠です。また、水素の貯蔵には大容量のタンクが必要となり、船舶の積載能力に影響を与える可能性もあります。さらに、港湾における水素供給インフラの整備には、多額の投資と関係者間の綿密な調整が必要です。

国際的には、すでに複数の水素船プロジェクトが進行中です。米国では2024年にサンフランシスコで水素燃料電池フェリーが商業運航を開始し、欧州ではベルギーのアントワープ港でも水素タグボートの開発が進められています。日本財団のプロジェクトは、こうした国際的な潮流の中で、日本が持つ高い水素技術とエンジン技術を結集し、世界の海運脱炭素化をリードする取り組みとして位置づけられます。

日本財団は2024年4月にも、同プロジェクトの別のコンソーシアムで水素燃料電池を搭載した洋上風車作業船「HANARIA」のゼロエミッション運航に成功しており、段階的に実証を重ねています。今後は、タグボートでの実証を足がかりに、カーフェリーや内航タンカーなど、より大型の船舶への展開が予定されています。2026年度末までには、他のコンソーシアムによる水素専焼エンジン船の実証実験も計画されており、日本の内航海運における脱炭素化の加速が期待されます。

【用語解説】

水素混焼エンジン
従来のディーゼルエンジンに水素を混ぜて燃焼させるエンジン。重油などの化石燃料と水素を組み合わせることで、CO2排出量を削減できる。水素専焼エンジンに比べて既存技術を活用できるため、早期の実用化が可能とされる。

ゼロカーボン航行
船舶の運航時に温室効果ガスを一切排出しない航行のこと。水素やアンモニアなどのゼロエミッション燃料の使用、またはバイオ燃料など実質的にCO2排出がゼロとみなされる燃料を用いることで実現される。

バイオディーゼル燃料(B100)
植物油や動物性油脂などの再生可能な資源から製造されるディーゼル燃料。B100は100%バイオディーゼルを意味する。製造過程で植物がCO2を吸収するため、燃焼時にCO2を排出してもライフサイクル全体では実質ゼロとみなされる。

タグボート
港湾や運河などで大型船の誘導、曳航、押航を行う小型の作業船。優れた操縦性と高出力のエンジンを持ち、大型船の接岸・離岸時に補助的な役割を果たす。

内航海運
国内の港と港を結ぶ海上輸送のこと。外航海運(国際航路)に対する用語。日本では貨物輸送の約4割を内航海運が担っており、国内物流の重要な基盤となっている。

グリーン水素
再生可能エネルギー(太陽光、風力、水力など)を用いた水の電気分解によって製造される水素。製造過程でCO2を排出しないため、真の意味でのゼロエミッション燃料とされる。化石燃料から製造される「グレー水素」と区別される。

水素専焼エンジン
水素のみを燃料として使用する内燃機関。燃焼時に水しか排出せず、CO2排出はゼロ。水素混焼エンジンよりも高度な技術が必要だが、より高い環境性能を実現できる。

カーボンニュートラル
温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させ、実質的な排出量をゼロにすること。2050年までにカーボンニュートラルを達成することが、国際的な目標として掲げられている。

コンソーシアム
特定の目的を達成するために、複数の企業や組織が連携して形成する共同事業体。日本財団のゼロエミッション船プロジェクトでは、造船会社、エンジンメーカー、エネルギー企業などが参画する3つのコンソーシアムが設立されている。

国際海事機関(IMO)
国連の専門機関の一つで、海上の安全や海洋汚染の防止に関する国際的なルールを策定する。2023年に改定されたGHG戦略では、2050年頃までに国際海運からの温室効果ガス排出をネットゼロにする目標を採択した。

【参考リンク】

日本財団|ゼロエミッション船プロジェクト(外部)
2050年のカーボンニュートラル実現を目指す水素燃料船開発プロジェクトの公式ページ

ジャパンハイドロ株式会社(外部)
常石グループとCMBグループの合弁会社。「天歐」に水素混焼エンジンを供給

日本財団(外部)
1962年設立の日本最大規模の財団。海洋、子ども支援、災害支援など幅広い社会貢献活動を展開

国土交通省|国際海運GHGゼロエミッションプロジェクト(外部)
日本の海事産業界が連携する国際海運の脱炭素化プロジェクト。2020年策定のロードマップを掲載

国際海事機関(IMO)|GHG排出削減の取り組み(外部)
2023年改定GHG戦略の内容や2050年ネットゼロ目標への道筋を解説する公式ページ

【参考記事】

IMO’s work to cut GHG emissions from ships(外部)
国際海事機関の公式ページ。2023年改定GHG戦略と2050年ネットゼロ目標を解説

The Hydrogen Zero-Emission Tugboat Project(外部)
カリフォルニア州による水素燃料電池タグボートプロジェクト。コスト課題を指摘

Hydrotug: Data-driven impacts of Hydrogen-powered Tugboats(外部)
水素動力タグボートの技術評価。安全性とエネルギー密度の課題を分析

2023 IMO Strategy on Reduction of GHG Emissions from Ships(外部)
IMOの2023年改定GHG戦略公式文書。2030年・2040年の中間目標を明記

Life cycle assessment of diesel and hydrogen power systems in tugboats(外部)
タグボートのディーゼルと水素燃料電池のライフサイクルアセスメント研究

世界初、水素燃料電池を搭載した洋上風力発電施設の作業船、運航実証に成功(外部)
2024年4月に成功した洋上風車作業船「HANARIA」のゼロエミッション運航実証

【編集部後記】

海を見つめながら、私たちが当たり前のように享受している物流の未来を考えてみませんか。日本の貿易量の99%以上、国内物流の4割を支える海運が、今まさに大きな転換期を迎えています。

水素という「究極のクリーンエネルギー」が、私たちの暮らしを支える船にどのように実装されていくのか。コストや安全性、インフラ整備といった課題を、産学官がどう乗り越えていくのか。2050年のカーボンニュートラル実現という目標は、決して遠い未来の話ではありません。みなさんは、この技術革新をどのように捉えますか。ぜひご意見をお聞かせください。

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Ami
テクノロジーは、もっと私たちの感性に寄り添えるはず。デザイナーとしての経験を活かし、テクノロジーが「美」と「暮らし」をどう豊かにデザインしていくのか、未来のシナリオを描きます。 2児の母として、家族の時間を豊かにするスマートホーム技術に注目する傍ら、実家の美容室のDXを考えるのが密かな楽しみ。読者の皆さんの毎日が、お気に入りのガジェットやサービスで、もっと心ときめくものになるような情報を届けたいです。もちろんMac派!

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