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JAXA、持続可能な航空燃料(SAF)の非CO2影響を国内初の実機エンジンで計測成功

JAXAは2月13日、IHIと共同で実施した持続可能な航空燃料(SAF)の燃焼試験の成果を発表した。2019年9月に導入したF7-10エンジンを用い、2025年9月から10月にかけて試験を行い、排気中のすす等の詳細な計測に成功した。

100%SAF、混合SAF(SAF約30%・従来燃料約70%)、従来ジェット燃料(JetA-1)の3種類を使用し、総運転時間は約42時間であった。分析の結果、SAF燃焼時のすす排出は従来ジェット燃料と比べて低減する傾向を示し、欧州のECLIF3プロジェクトによる先行研究の報告と概ね整合した。

この成果は、飛行機雲の生成を通じた気候影響評価に向けた基盤データとなる。研究の詳細は2026年3月開催の日本航空宇宙学会主催「第65回航空原動機・宇宙推進講演会」にて報告予定である。

From: F7-10エンジンを用いた試験により、持続可能な航空燃料(SAF)が気候に与える影響についての基盤的成果を取得

【編集部解説】

今回のJAXAの発表を読み解く上で、まず押さえておきたいのは「航空機の気候への影響は、CO2排出だけではない」という事実です。航空業界ではCO2削減が長年の主テーマとされてきましたが、近年の研究により、CO2以外の排出物、とりわけ飛行機雲(コントレイル)がもたらす温暖化効果の大きさが改めて注目されています。

Lee et al.(2021)の研究をはじめとする複数の学術論文によれば、航空産業が気候に与える影響のうち、CO2に起因するものは全体の約3分の1にとどまり、残りの約3分の2は飛行機雲や窒素酸化物などの非CO2要因が占めると推定されています。飛行機雲は、エンジンから排出されるすす粒子を核として氷晶が形成され、条件次第では数時間にわたり大気中に滞留し、地球の放射収支に影響を及ぼします。

今回のJAXAとIHIの共同研究が注目に値するのは、この「非CO2影響」の解明に向けた基盤データを、日本国内で、しかも実機エンジンを用いて取得した点にあります。JAXAの発表が参照する先行研究であるECLIF3プロジェクトでは、Airbus A350にRolls-Royce製Trent XWBエンジンを搭載し、100%SAF使用時に飛行機雲の氷晶数が燃料質量あたり56%減少し、気候モデルシミュレーションでは飛行機雲の気候影響が少なくとも26%低減するとの結果が報告されています。JAXAの今回の成果は、この国際的な知見と概ね整合するものであり、異なるエンジン・異なる試験条件でも同様の傾向が確認されたことに意味があります。

ここで重要なのは、F7-10エンジンがIHI設計・製造の純国産ターボファンエンジンであるという点です。ECLIF3で用いられたTrent XWBは大型民間旅客機向けの高バイパス比エンジンですが、F7エンジンはP-1哨戒機用に開発された、やはり高バイパス比のエンジンです。異なる設計思想を持つエンジンで類似の傾向が得られたことは、SAFによるすす低減効果がエンジン固有の現象ではなく、燃料の化学組成に起因するより普遍的な特性である可能性を示唆しています。

日本政府は2030年までに国内航空会社の燃料使用量の10%をSAFに置き換える目標を掲げており、経済産業省と国土交通省が共同設立したSAF官民協議会を中心に、供給体制の構築が急がれています。しかしこれまでの議論は主にCO2のライフサイクル排出削減に焦点が当たっており、非CO2影響に関する国内データは極めて限られていました。今回の研究成果は、SAF導入の科学的根拠をCO2削減だけでなく、飛行機雲による気候影響の低減という観点からも補強するものとなり得ます。

一方で、JAXAも発表の中で明確に述べているとおり、SAFによるすす低減効果は燃料の化学組成やエンジン特性に依存し、今回の結果は特定条件下での実証に過ぎません。地上でのエンジン試験と高度1万メートルの巡航条件では大気環境が大きく異なり、実際の飛行機雲形成メカニズムとの直接的な対応づけには、さらなる研究が必要です。また、SAFそのもののコスト課題も依然として大きく、従来燃料に対して数倍の価格差があるとされる中、非CO2効果まで含めた総合的な気候便益をどのように政策評価に組み込むかは、今後の重要な論点となります。

欧州ではRefuelEU Aviation規制により2025年からSAF混合の段階的義務化が始まり、米国でもインフレ抑制法(IRA)による税額控除がSAF製造を後押ししています。国際的なSAF普及の潮流が加速する中で、日本が独自のエンジン技術と計測基盤を活かし、非CO2影響という最先端の研究領域で国際的に貢献できる立場にあることを、今回のJAXAの成果は示しています。

【用語解説】

SAF(Sustainable Aviation Fuel/持続可能な航空燃料)
廃食油や植物油などのバイオマス原料から製造される航空用代替燃料の総称である。従来のジェット燃料と混合または単独で使用でき、ライフサイクル全体でCO2排出量を大幅に削減できるとされる。

HEFA(Hydroprocessed Esters and Fatty Acids)
廃食油・獣脂・非可食植物油などの脂肪酸エステルを水素化処理して製造するSAFの一種である。現時点で最も商業化が進んだSAF製造技術とされる。

飛行機雲(コントレイル)
航空機エンジンの排気に含まれるすす粒子や水蒸気が、高高度の低温大気中で氷晶を形成し、白い線状の雲となったもの。条件次第で数時間持続し、地球の放射収支に影響を与える可能性が指摘されている。

放射収支
地球が太陽から受け取るエネルギーと、地球から宇宙へ放出されるエネルギーの収支バランスのことである。航空機の飛行機雲はこの収支に変化(放射強制力)を与え、温暖化効果をもたらす可能性が指摘されている。

非CO2排出特性
航空機の気候影響のうち、CO2以外の要因を指す。すす粒子、窒素酸化物、水蒸気、飛行機雲などが含まれ、航空産業の気候影響全体の約3分の2を占めると推定されている。

粒子径分布・粒子数密度
粒子径分布は、排気中のすす粒子がどのようなサイズでどの程度の割合で存在するかを示す分布である。粒子数密度は、単位体積あたりのすす粒子の個数を示す。飛行機雲の氷晶形成に直結する重要な計測項目である。

F7-10エンジン
防衛装備庁の主導でP-1哨戒機用に開発され、IHIが設計・製造した純国産ターボファンエンジンである。高バイパス比で低燃費・低騒音の特性を持ち、2019年にJAXAが研究用に導入した。

ECLIF3プロジェクト
Airbus、Rolls-Royce、ドイツ航空宇宙センター(DLR)、Nesteが共同で実施した飛行実験プログラムである。2021年にA350で100%SAFを使用した世界初の飛行中排出計測を行い、飛行機雲の氷晶数が56%減少したとの結果を報告した。

ASTM D7566
ASTMインターナショナルが定める航空用代替燃料の国際規格である。SAFの製造方法や品質基準、従来燃料との混合比率などを規定している。

【参考リンク】

JAXA(宇宙航空研究開発機構)公式サイト(外部)
日本の航空宇宙研究開発を一元的に担う国立研究開発法人。航空技術部門で環境適合技術の研究を推進している。

JAXA航空技術部門 公式サイト(外部)
今回のSAF燃焼試験を実施した部門のサイト。研究内容やシンポジウム情報などを公開している。

IHI 公式サイト(外部)
F7-10エンジンを設計・製造した日本の重工業メーカー。航空エンジンやエネルギー分野で事業を展開している。

ICAO(国際民間航空機関)公式サイト(外部)
国際民間航空の安全・環境対策の基準を策定する国連専門機関。2050年CO2実質ゼロ目標を掲げている。

Airbus ECLIF3プレスリリース(外部)
100%SAFを使用した世界初の商用機飛行中排出計測の成果を発表したAirbus公式プレスリリースページ。

ASTMインターナショナル 公式サイト(外部)
世界最大規模の国際標準・規格設定機関。SAF関連のASTM D7566やD1655などの技術基準を発行している。

【参考記事】

World’s first in-flight study of commercial aircraft using 100% sustainable aviation fuel show significant non-CO2 emission reductions(外部)
Airbus公式。ECLIF3で100%SAF使用時に氷晶数56%減、気候影響26%低減との結果を報告している。

Powering aircraft with 100 % SAF reduces ice crystals in contrails(ACP, 2024)(外部)
ECLIF3の査読済み論文。2021年の地中海上空飛行試験で100%SAF使用時に氷晶粒子数56%減少を実測で示した。

Measurements of particle emissions of an A350-941 burning 100 % sustainable aviation fuels in cruise(ACP, 2024)(外部)
JAXAが参照した先行研究の査読済み論文。低出力巡航時の非揮発性粒子数が従来燃料比で最大約41%減少と報告。

Global aviation contrail climate effects from 2019 to 2021(ACP, 2024)(外部)
世界の飛行機雲による正味放射強制力を62.1 mW/m²と算出。非CO2影響の規模を定量的に示した論文。

Contrails, Aviation, and Climate Change(Resources for the Future)(外部)
飛行機雲の気候影響が地球全体の実効放射強制力の約1〜2%に相当するとの解説レポート(2025年11月公開)。

Flying using 100 percent SAF significantly reduces non-CO2 emissions(DLR)(外部)
ドイツ航空宇宙センターによるECLIF3成果の公式発表。気候モデルに基づく放射強制力低減の推定値を記載。

【編集部後記】

次に飛行機に乗ったとき、窓から見える白い飛行機雲の意味が少し変わって見えるかもしれません。CO2削減だけが「脱炭素」ではないという事実は、航空業界の未来を考える上で新鮮な視点ではないでしょうか。

日本の技術で得られたデータが、空の旅と地球環境の関係をどう変えていくのか、みなさんと一緒に追いかけていきたいテーマです。

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Ami
テクノロジーは、もっと私たちの感性に寄り添えるはず。デザイナーとしての経験を活かし、テクノロジーが「美」と「暮らし」をどう豊かにデザインしていくのか、未来のシナリオを描きます。 2児の母として、家族の時間を豊かにするスマートホーム技術に注目する傍ら、実家の美容室のDXを考えるのが密かな楽しみ。読者の皆さんの毎日が、お気に入りのガジェットやサービスで、もっと心ときめくものになるような情報を届けたいです。もちろんMac派!

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