電気のことを、最後にじっくり考えたのはいつだろうか。コンセントに差せば使えて、毎月明細が届き、口座から引き落とされる。ほとんどの人にとって、電気はずっとそういうものだった。それが「選べる」ようになって、今年で10年が経つ。ところが今、私たちの前に浮かび上がっているのは「どこから買うか」という問いではなく、もっと根本的な何かかもしれない。個人が屋根の上で電気をつくり、巨大テック企業が原子炉を自前で「調達」し、国家がエネルギーを安全保障の問題として語り始めた。「選ぶ」から「確保する」へ——電力と人間の関係が、静かに書き換わっている。
「選ぶ自由」が生まれた日
2016年4月1日、日本のすべての家庭と商店に「電力会社を選ぶ自由」が与えられました。
それまで日本では、住む地域によって電力会社が決まっていました。東京に住めば東京電力、大阪なら関西電力——誰もが生まれた場所によって、エネルギーの供給者を「割り当てられて」いました。その構造は戦後の復興期に形成され、数十年にわたって変わりませんでした。
変化の起点は、1990年代の世界的な規制緩和の潮流にあります。1993年、総務庁(当時)がエネルギー規制緩和を提言しました。1995年には31年ぶりに電気事業法が改正され、発電部門への新規参入が原則自由化されました。その後、2000年から特別高圧(大規模工場など)、2004〜2005年に高圧分野(中小ビル・工場など)と、段階的に自由化が進みました。
しかし、最後の「家庭向け低圧」は長く残されました。そこに決定的な衝撃を与えたのが、2011年3月11日の東日本大震災です。大規模電源が被災し、計画停電が実施され、電気料金は値上がりしました。独占体制への根本的な疑問が社会に広がり、2013年4月、「電力システムに関する改革方針」が閣議決定されました。
改革は3段階で設計されました。①広域系統運用の拡大(2015年)、②小売全面自由化(2016年)、③発送電の法的分離(2020年)——この三つが順に実施され、日本の電力市場は構造的に変容しました。
2016年4月1日、8兆円市場の幕開け
2016年4月1日のスタート時点で、新規参入事業者は266社、既存の大手10社を合わせると270社超が市場に並びました。「8兆円市場」と呼ばれた新電力ビジネスには、石油会社、通信会社、鉄道会社、自治体出資法人まで、異業種から次々と参入しました。電気とガス、電気と通信、電気とポイントをセットにした新しいサービスが生まれ、消費者の「選択肢」は一気に広がりました。
それから10年。2025年6月時点で、新電力のシェアは販売電力量ベースで約21.3%、家庭向け低圧に絞れば約26%にのぼります。東京電力管内では3世帯に1世帯以上が電力会社を変えています。
一方で、構造的な課題も指摘されています。大手電力会社の発電設備シェアは依然として約75%を占め、「選ぶ自由」は実現しましたが、エネルギーの生産基盤そのものの変革は道半ばのままです。
巨人は「選ぶ」のをやめた
自由化が個人に「電力会社を選ぶ権利」を与えている間に、世界の巨大テック企業はまったく別の次元に移行しつつあります。電力を「選ぶ」のではなく、「確保する」——もっと正確に言えば、発電所ごと自分のものにしようとしています。
2024年9月、MicrosoftはConstellationエナジーとスリーマイルPPA(電力購入契約)を締結しました。2019年から停止していたスリーマイル島原子力発電所1号機を2028年に再稼働させ、20年間にわたり835MWの電力を独占的に調達する計画を発表しました。同じ年、Googleは次世代小型モジュール炉(SMR)を手がけるKairos Powerと契約し、2030年に最初のSMRを稼働させて最大500MWの供給を受ける計画を発表しました。AmazonもSMR開発企業X-energyに出資し、320MW〜960MW規模の電力確保に動きました。
2025年末時点で、ビッグテック各社が発表・契約した原子力電力の開発容量は合計で数GW規模に上り、事実上の「自社電源」として囲い込もうとしています。
背景にはAIの爆発的な電力需要があります。IEA(国際エネルギー機関)の試算では、データセンターの電力消費は2022年比で2026年までに最大約2.2倍(1,000TWh超)に膨らむとされています。日本でも、データセンターの電力消費量は2034年に57〜66TWhに達するとの予測があります。これは現在の約3倍です。「計算する」という行為が、かつてないほど大量の電気を飲み込み始めています。
彼らにとって、電力は「買うもの」から「持つもの」に変わりました。電力市場で価格変動に翻弄されるリスクを取るより、自ら電源を確保するほうが合理的だという判断です。自由化が生んだ市場の中で、最も資本力のあるプレイヤーが市場そのものを迂回し始めています。
屋根の上の「発電所」——個人の側の変化
では、個人の側には何が起きているのでしょうか。
2025年度の日本では、住宅用太陽光の売電単価は15円/kWh。一方、電力会社からの買電単価は35〜45円/kWh。電気を売るより自分で使ったほうが2倍以上トクになります。この「逆転現象」が定着したことで、個人の電力との関わり方は根本から変わりつつあります。発電した電気を売って稼ぐ時代は終わり、「つくった電気をいかに自分で使い切るか」が合理的な選択になりました。
この流れを技術面で加速しているのが、蓄電池と次世代太陽電池です。
Teslaの家庭用蓄電池Powerwallは、2025年に全世界で100万台の設置を達成しました。2026年3月にはTesla Japanが次世代モデル「Powerwall 3」の日本発売を発表しました(2026年内発売予定)。パワーコンディショナーを内蔵し、太陽光パネルと直結できるハイブリッド型。出力は従来モデルの5kWから11.5kWへと2倍以上に跳ね上がり、エアコンやIHも含めた家全体をバックアップできます。
さらにその先には、日本発の技術「ペロブスカイト太陽電池」があります。フィルム型はシリコン型の10分の1の重さで曲がり、壁面やビルの窓にも貼れます。積水化学工業は2025年に量産子会社・積水ソーラーフィルムを設立し、2027年の100MW量産ラインの稼働を目指しています。パナソニックはガラス基板型で2026年度以降の試験販売を予定し、京都大学発スタートアップのエネコートテクノロジーズは竹中工務店と共同で建材への応用実証を進めています。経済産業省のロードマップは2027年を家庭用普及の本番と位置づけ、2040年に20GW導入という国家目標を掲げています。
屋根だけでなく壁面でも窓でも発電できるようになれば、マンション住まいの人にも「つくる側」への道が開けます。
そしてもうひとつ、個人の発電を「点」から「面」に変える仕組みがあります。VPP(バーチャルパワープラント=仮想発電所)です。各家庭のソーラーパネル、蓄電池、EV(電気自動車)をIoTでつなぎ、遠隔で統合制御することで、数千、数万の「小さな電源」をあたかもひとつの大きな発電所のように機能させます。TeslaのPowerwallにはすでにVPP参加機能が組み込まれています。横浜市は2016年から公共施設の蓄電池をVPPとして運用し、平常時は電力需給調整、非常時は防災電源として活用する「横浜型VPP」の構築に取り組んでいます。
「選ぶ」から「持つ」へ——非対称の拡大
ここで、ひとつの構図が浮かび上がります。
巨大テック企業は原子炉を丸ごと契約し、20年単位で電力を囲い込みます。一方、個人は屋根のソーラーパネルと壁の蓄電池で、日々の消費電力の一部を自前でまかなおうとしています。どちらも「電力を自分で持つ」という方向に動いてはいます。しかし、その規模には桁違いの差があります。MicrosoftがスリーマイルPPAで確保した835MWは、一般家庭のソーラーパネル約17万軒分に相当します(住宅用太陽光5kW/軒換算)。
電力自由化は「誰から買うか」を選ぶ権利を私たちに与えました。しかし10年後のいま、問われているのは「誰が電力を持てるのか」という、より根源的な問いです。
テクノロジーは確実に個人の側にも力を与えています。ペロブスカイト太陽電池が普及すれば、発電できる場所は屋根から壁面へ、戸建てからマンションへと広がります。VPPが拡大すれば、ひとつひとつは小さな家庭の蓄電池も、束ねれば火力発電所の代わりを務められるようになります。
だが同時に、巨大資本が動かす電力の「確保」と、個人が営む電力の「自給」の間に横たわる非対称は、今後さらに大きくなるかもしれません。AIが消費する電力は指数関数的に増え続けており、その電力を確保できるかどうかが、次の時代の経済的競争力を左右します。電気をめぐる問いは、「どこから買うか」から「自分で持てるかどうか」へ、そして「持てる者と持てない者の間に何が起きるか」へと、静かに移行しつつあります。
2016年4月1日に始まった「選ぶ自由」は、10年を経て、「持つ自由」の入口に私たちを立たせています。その扉の向こうに広がる景色が、すべての人にとって同じものであるかどうかは——まだ、誰にも分かりません。
【用語解説】
電力小売全面自由化
2016年4月1日施行。それまで地域の大手電力会社しか販売できなかった家庭向け電力(低圧)を、新規参入事業者も販売できるようにした制度改革。発電・送配電・小売の3部門のうち「小売」の自由化にあたる。
発送電分離
電力会社の発電部門と送配電部門を法的に分離すること。2020年4月に完了。送配電網の中立性を確保し、新電力が公平に送電網を利用できるようにする目的。
PPA(電力購入契約)
Power Purchase Agreement。発電事業者と需要家が長期間の電力売買契約を結ぶ仕組み。ビッグテック企業が原子力発電所と直接結ぶ事例が急増中。
SMR(小型モジュール炉)
Small Modular Reactor。出力30万kW以下の小型原子炉。工場で組み立てて現地に運ぶモジュール方式で、建設コストと期間を削減。GoogleやAmazonが積極投資。
ペロブスカイト太陽電池
ペロブスカイト結晶構造を持つ材料を発電層に使った次世代太陽電池。2009年に桐蔭横浜大学の宮坂力教授らが発明した日本発の技術。軽量・柔軟でフィルム状に加工でき、壁面や窓にも設置可能。主原料ヨウ素は日本が世界第2位の生産国。
VPP(バーチャルパワープラント)
仮想発電所。各家庭の太陽光パネル・蓄電池・EVなどの分散型電源をIoTで束ね、遠隔で統合制御することで、あたかもひとつの大型発電所のように機能させる仕組み。
V2H(Vehicle to Home)
電気自動車の蓄電池に貯めた電力を家庭に供給する技術・機器。売電単価よりも買電単価が高い現在、自家消費を最大化する手段として注目。
【参考リンク】
資源エネルギー庁「電力の小売全面自由化」(外部)
経産省による電力自由化の公式解説。制度の目的・仕組み・Q&Aを網羅。
エネルギー白書2024 第3部第6章(外部)
電力システム改革の進捗と新電力シェアの最新統計を掲載。
経産省「次世代型太陽電池戦略」(外部)
ペロブスカイト太陽電池の国家戦略。2040年20GW導入目標のロードマップ。
Tesla Powerwall(日本公式)(外部)
家庭用蓄電池の製品情報・見積もり。VPP参加機能の解説まで網羅。
エネコートテクノロジーズ(外部)
京大発スタートアップ。ペロブスカイト太陽電池の社会実装に取り組む企業の公式サイト。
資源エネルギー庁「VPP・DRとは」(外部)
VPPの仕組み・プレイヤー・制度を解説。アグリゲーションビジネスの全体像把握まで。
【参考記事】
「電力自由化の歩みとこれから」 — HATCH/自然電力メディア(外部)
2000年から2016年の段階的自由化の経緯を時系列で整理。新電力シェア推移のデータも充実。
「MicrosoftのスリーマイルPPA」 — 日経ビジネス(外部)
Microsoftがスリーマイル島原発を再稼働させて電力を調達する契約の背景と、IEAによるデータセンター電力需要の急増予測を報じた記事。
「GoogleのKairos Power SMR契約」 — ITmedia(外部)
Google・AmazonによるSMR投資の概要。テック企業が原子力に向かう理由を分析。
「ペロブスカイト太陽電池が拓く日本のエネルギー自立への道」 — エネがえる(外部)
技術的全貌、グローバル競争における日本の立ち位置、壁面設置型の発電量推計を網羅的に分析。
「Tesla Powerwall 3、2026年内に日本発売」 — Touch Lab(外部)
Powerwall 3の日本市場投入発表(2026年3月)。パワコン内蔵型への進化とスペック詳細。
「横浜市VPP構築事業」 — 横浜市公式(外部)
公共施設の蓄電池をVPPとして運用し、平常時は需給調整・非常時は防災電源として活用する先進事例。
【関連記事】
Meta、史上最大規模6.6GWの原子力契約を発表—AI時代のエネルギー戦略
内容: MetaがConstellation等と結んだ大規模原発契約の速報。GoogleのSMR投資など、ビッグテックが「市場を迂回して電源を囲い込む」最新潮流を解説している。
ニューヨーク州、AI電力需要で15年ぶり原子力発電所建設へ
内容: 2025年6月の記事。AI需要を背景に、長年停滞していた原発建設が再始動した米国のエネルギー政策の転換を報じている。
ペロブスカイト太陽電池、ITOフリーへ—東京ガス×パワーロールが日本で共同実証開始
内容: 次世代太陽電池の実用化に向けた実証実験のニュース。今回の10周年記事で触れる「家庭用普及」の技術的土台となる動きを追っている。
【編集部後記】
この記事を書きながら、自分の家の電気料金の明細を何年も見ていないことに気づきました。毎月引き落とされる数字を、私はほとんど意識していませんでした。「選べる」と言われても選ばず、「つくれる」と言われてもつくらず、ただ使い続けています。一方で、巨大企業は原子炉を丸ごと契約しています。この落差は、無関心が生んだものでもあります。技術は私たちの手の届くところまで来ています。問題は、手を伸ばすかどうかです——と書いて、自分自身がまだ伸ばしていないことに、少し居心地の悪さを感じています。







































