エストニアで新しいヘルステック・イノベーション・ロードマップの策定が進んでいる。9月12日、エストニア社会問題省、経済通信省、エンタープライズ・エストニア、テフノポル、ヘルス・ファウンダーズ・エストニア、エストニア情報技術・電気通信協会、メトロサート、タルトゥ・バイオテクノロジー・パークが覚書に署名した。
社会問題省デジタルヘルス・ケア部門長のヤーニカ・メリロによると、ロードマップは数週間以内に公表予定で、マッピング・プロセスは9月末までに完了する。メリロは2024年10月から現職に就き、2023年3月に同省入省、2024年3月からe-ヘルス戦略責任者を務める。彼女はエストニアとウクライナで25年間のデジタル化経験を持ち、6年間ウクライナの副首相兼デジタル変革大臣のアドバイザーだった。
ロードマップは人を中心としたヘルスケアを支援し、欧州医療機器規則とAI法への対応を含む。エストニアでは電子ヘルスケアデータが25年間収集されているが断片化されている状況である。
From: The new estonian healthtech innovation roadmap is taking shape
【編集部解説】
エストニアのヘルステック・イノベーション・ロードマップは、デジタル先進国としての同国の新たな挑戦を象徴する取り組みです。注目すべきは、政府省庁から民間企業、学術機関まで8つの主要組織が一堂に会した点でしょう。
従来のヘルステック支援策は各組織が個別に展開していましたが、今回は統一されたエコシステム構築を目指しています。これは単なる政策調整を超えた、包括的なデジタルヘルス戦略の転換点と言えます。
特に興味深いのは、規制サンドボックスの導入検討です。ヘルステック企業は通常、製品開発から臨床使用まで数年を要しますが、規制環境の整備により開発期間の短縮が期待されます。欧州医療機器規則(MDR)やAI法への対応も含め、複雑化する規制要件への統合的アプローチを打ち出しています。
データ活用の観点では、25年間蓄積された電子ヘルスケアデータの標準化が重要な課題となっています。現在は断片化されているデータを統合し、AI開発や新ソリューション創出に活用する仕組みづくりが進められています。
このロードマップの実現により、エストニアは欧州のヘルステック・ハブとしての地位確立を狙っています。同時に、個別化医療の推進や医療従事者の業務効率化など、実際の医療現場への恩恵も期待されます。
ただし、多様なステークホルダー間の利害調整や、国際規制との整合性確保など、実装面での課題も残されています。9月末のマッピング・プロセス完了予定に向け、具体的な実行計画の詳細が注目されるところです。
【用語解説】
ヘルステック・イノベーション・ロードマップ
医療技術分野における革新を促進するための包括的な戦略計画。政府、民間企業、学術機関が連携してデジタルヘルス技術の開発・普及を支援する枠組みを指す。
規制サンドボックス
新しい技術やサービスを既存の規制の例外として試験的に運用できる制度。企業が厳格な規制を受ける前に、限定的な環境で製品やサービスをテストできる仕組みである。
欧州医療機器規則(MDR)
2021年に適用が開始された欧州連合の医療機器に関する新しい規制。従来の自己認証から第三者機関による認証へと変更され、より厳格な安全性と有効性の証明を求める。
体外診断用医療機器規則(IVDR)
血液検査や遺伝子検査などの体外診断用医療機器に適用される欧州連合の規制。企業は認定機関による審査を受けることが求められる。
個別化医療
患者の遺伝子情報や生体データに基づいて、個人に最適化された治療法を提供する医療アプローチ。精密医療とも呼ばれる。
AI法(AI Act)
AIの利用に関するリスクレベルに応じて規制を課す、世界初のAI規制。 医療機器など社会や人々に高いリスクを及ぼす可能性のあるAIシステムには、データ品質、透明性、人間の監視など厳格な要件が課される。
【参考リンク】
e-Estonia(外部)
エストニア政府が運営するデジタル国家戦略の公式情報サイト
Enterprise Estonia(外部)
エストニアの経済発展を支援する政府機関の公式サイト
Tehnopol(外部)
エストニア最大の技術パーク、イノベーション・エコシステムの中核
Tartu Biotechnology Park(外部)
タルトゥ大学に隣接するバイオテクノロジー分野の研究開発拠点
【参考記事】
Estonia 2025 Digital Decade Country Report(外部)
欧州委員会によるエストニアのデジタル戦略評価報告書。公共サービスのデジタル化でリーダーシップを発揮している一方、中小企業のデジタル化に課題があることを指摘
Jaanika Merilo Profile Document(外部)
エストニア社会問題省デジタルヘルス・ケア部門長ヤーニカ・メリロの経歴資料。25年間のデジタル化経験とウクライナでのアドバイザー経験を詳述
AI Shaping Healthcare Future in Finland and Estonia(外部)
フィンランドとエストニアにおけるAIを活用した医療の未来について解説。北欧・バルト地域のヘルステック動向を分析した専門記事
【編集部後記】
エストニアの取り組みを見ていると、日本の医療DXはどこまで進んでいるのか気になりませんか。規制サンドボックスという仕組みは、日本でも金融業界などで導入されていますが、ヘルステック分野ではまだ十分に活用されていないのが現状です。
実は、エストニアは行政サービスの99%が電子化されている世界屈指のデジタル先進国です。オンライン投票から住所変更、出生届まで、ほぼ全ての手続きがネット上で完結します。人口133万人という小国でありながら、Skypeを生んだIT立国として知られ、電子政府システム「X-Road」は世界標準として他国でも採用されています。
1991年のソ連崩壊後、貧しい小国だったエストニアは国家システムをゼロから構築する必要に迫られました。そこで政府が主導してデジタル化を推進し、2002年からは成人国民全員にICチップ付きIDカードの所有を義務化しました。現在では結婚手続きまでオンラインで完結できるほどです。
今回のヘルステック・ロードマップも、こうした包括的なDX戦略の延長線上にある取り組みと言えるでしょう。皆さんが普段利用している医療サービスで「もっとデジタル化されていれば便利なのに」と感じる場面はありますか?診察予約、検査結果の確認、薬の処方など、日常的な医療体験の中で改善の余地を感じる部分があれば、ぜひコメントで教えてください。エストニアのような包括的なアプローチが日本でも実現するために、私たち一人ひとりの視点が重要だと思います。医療の未来について、一緒に考えてみませんか。