Siemens Healthineersは2025年11月24日、AIに対応した新しい放射線科サービススイートを発表した。
このサービスは、検査のスケジューリングから画像生成、レポート作成に至るまで、放射線科のワークフロー全体を包括的にカバーする設計となっている。
中核となる「AI-Enablement Services」は、臨床的に関連性の高い所見のカスタム要約を提供し、画像のアノテーション(注釈付け)とレポート作成時間を大幅に削減する。
実際に行われたパイロットプロジェクトでは、放射線科医が胸部CT画像のアノテーションを最大25%高速化することに成功した。
さらに注目すべきは、医師の認知負荷(Cognitive Load)が少なくとも16%減少したというデータであり、公式発表でも認知負荷の著しい軽減が強調されている。
これにより、臨床的な正確性を高いレベルで維持しながら、医師の疲労を軽減することが可能になる。
サービススイートには、遠隔で画像取得を支援する「Remote Scanning Services」や、遠隔読影を行う「Remote Reading Services」も含まれている。
また、リソース配分を最適化する「Load Balancing」および「Scheduling Services」も現在開発が進められている。
さらに同社は、デジタルツイン技術を応用した「ActExcell Operational Twin」を拡大した。
これは社内のスーパーコンピューターを用いた予測シミュレーションにより、スタッフ配置や患者フローといった複雑な変数を分析し、病院運営全体の業務改善を支援するものだ。
本新サービスは、シカゴで開催される2025年北米放射線学会(RSNA)にて正式に披露される。
From:
Siemens Healthineers Launches New AI-enabled Radiology Services, Simulations
【編集部解説】
このニュースは、医療AIが「診断支援」から「業務全体の最適化」へと進化している転換点を示しています。
Siemens Healthineersが発表したサービススイートの本質は、放射線科医の認知負荷を軽減する設計思想にあります。パイロット研究で胸部CT画像のアノテーション時間が最大25%短縮され、認知負荷が少なくとも16%減少したという数値は、AIが単なる効率化ツールではなく、医療従事者のバーンアウト(燃え尽き症候群)対策として機能し始めていることを物語っています。
特に注目すべきは、AI-Enablement Servicesが「研修医が下書きを作成してくれるような体験」を提供している点でしょう。これは医療現場で長年課題とされてきた「ルーティンワークによる疲弊」に対する具体的な解決策となり得ます。
もうひとつの革新的な要素がActExcell Operational Twinです。デジタルツインとスーパーコンピューターを活用したこの予測シミュレーションは、スタッフ配置、施設設計、患者スケジューリングといった複雑な変数を統合的に分析し、病院運営全体の最適化を目指しています。これは医療AIが個別の診断タスクから、組織全体のオペレーション改善へと適用範囲を広げている証左です。
ただし、Remote Reading Servicesが米国では現在開発中のフェーズにあり利用できないことや、Load Balancing機能などが実装待ちであることからも分かるように、規制や技術的成熟度の面で課題は残ります。医療AIの導入には各国の医療制度や規制環境への適応が不可欠であり、グローバル展開にはまだ時間を要するでしょう。
長期的には、このようなAI支援が医療の質を維持しながら人材不足に対処する重要な手段となります。ただし、AIへの過度な依存が診断スキルの低下を招かないよう、人間の専門性とAIの補完的役割のバランスを保つことが今後の鍵となるはずです。
【用語解説】
バーンアウト(燃え尽き症候群)
慢性的な仕事上のストレスによってある日突然、やる気が失われ、抑うつ的な症状が生じる状態。過重な業務量や高い認知負荷、役割の曖昧さやリソース不足が主な誘因とされる。
AI-Enablement Services
放射線科医向けにカスタマイズされたAI支援サービスで、臨床的に重要な所見を自動抽出し要約を作成する。画像のアノテーション作業やレポート作成の時間短縮を目的としている。
ActExcell Operational Twin
予測シミュレーション技術を活用した業務最適化サービス。スーパーコンピューターが病院のスタッフ配置、施設設計、患者スケジューリングなどの複雑な変数を分析し、業務改善策を提案する。
Remote Scanning Services
MRI検査時の画像取得を遠隔地から医療技術放射線技師がサポートするサービス。人材不足の医療機関でも高品質な画像取得を可能にする。
Remote Reading Services
外部のライセンスを持つ放射線科医が遠隔で画像を読影し、レポートを作成するサービス。現在米国では提供されていない。
認知負荷(Cognitive Load)
医療従事者が業務遂行時に経験する精神的な負担のこと。高い認知負荷は判断ミスやバーンアウトの原因となる。
RSNA(北米放射線学会)
世界最大規模の放射線医学会で、毎年シカゴで開催される。最新の医療画像技術やAI応用が発表される場として知られる。
アノテーション
医療画像上で病変や解剖学的構造を特定し、マーキングや注釈を付ける作業。診断レポート作成の基礎となる重要なプロセスである。
【参考リンク】
Siemens Healthineers Radiology Services(外部)
Siemens Healthineersの放射線科向けサービスの公式ページ。AI対応サービススイートやリモートスキャニング、読影サービスの詳細を提供。
Siemens Healthineers 公式サイト(外部)
ドイツに本社を置く世界的な医療技術企業。画像診断装置、検査機器、ITソリューションを提供し、医療のデジタル化とAI活用を推進。
RSNA(Radiological Society of North America)(外部)
1915年設立の北米放射線学会。世界中から5万人以上の放射線科医や研究者が参加する年次総会を開催している。
【参考記事】
Siemens Healthineers Presents New AI-enabled Radiology Services and Simulations to Improve Hospital Operations(外部)
Siemens Healthineers公式プレスリリース。新しい放射線科サービススイートとActExcell Operational Twinの機能を説明。
AI in radiology can help reduce burnout(外部)
放射線科医のバーンアウト問題とAIによる解決策を分析。認知負荷の軽減とルーティンワークの自動化がバーンアウト予防に効果的と詳述。
Siemens Healthineers at RSNA 2025(外部)
RSNA 2025におけるSiemens Healthineersの展示内容を紹介。AI対応サービスやデジタルヘルスソリューションの最新動向を伝える。
【編集部後記】
AIが放射線科医の「認知負荷を16%減らした」という数字に、医療現場の未来が見えた気がしました。診断の精度を保ちながら、人の疲れを軽減できる技術は、医療の持続可能性そのものに関わってきます。
みなさんの職場でも、AIに任せられる「面倒だけど必要な作業」はありませんか?業務全体をシミュレーションして改善策を提案するActExcell Operational Twinのような発想は、医療以外の分野にもヒントを与えてくれそうです。テクノロジーが人の仕事を「奪う」のではなく「支える」設計思想について、一緒に考えてみたいですね。
























