サムスン電子は、2026年1月に米ラスベガスで開催される世界最大級のテクノロジー展示会CES 2026において、認知機能の変化に関する新たな取り組みとして「Brain Health」サービスを紹介する予定である。
同サービスは、スマートフォンやウェアラブルデバイスから取得される音声の変化、歩行パターン、睡眠状態といった日常的なデータを活用し、認知機能低下の兆候を早期に把握することを目的としている。報道によれば、異常の可能性が検知された場合に、家族や保護者へ通知する仕組みが検討されているという。サムスンはCES開幕前にウィン・ラスベガスで開催される同社独自イベント「The First Look」において、関連展示を行う見通しだ。
Brain Healthは、医療機関との連携も視野に入れた取り組みとして報じられており、今後は実証や検証を重ねながら具体化されていくとみられる。なお、このサービスは医療行為としての診断を行うものではなく、あくまで日常データに基づいて注意喚起や受診検討のきっかけを提供するスクリーニング的な位置づけになると考えられている。また、報道では、認知機能の維持・改善を支援するための脳トレーニングや生活改善に関する提案機能が盛り込まれる可能性も示唆されている。
セキュリティ面では、サムスン独自のセキュリティ基盤であるSamsung Knoxを活用し、個人の健康データ保護を重視した設計が想定されている。処理の多くをデバイス側で行うオンデバイス志向のアプローチが検討されているとされる一方、実際のデータ共有や通知の仕組みについては、今後の詳細発表が待たれる状況だ。サムスンは2025年に米国のデジタルヘルス統合プラットフォーム企業Xealthを買収しており、こうした取り組みはコネクテッドケア分野への本格参入の一環と位置づけられる。
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Samsung unveils Brain Health to detect early dementia at CES 2026
【編集部解説】
Brain Healthが注目される背景には、認知症という世界的な健康課題がある。世界保健機関(WHO)の統計によれば、2021年時点で世界の認知症患者数は約5,700万人に上り、今後数十年で大幅に増加すると予測されている。認知症による年間の経済的損失は約1兆3,000億ドルと推計され、その大きな割合を家族や友人による無償の介護が占めている。
日本では高齢化の進行に伴い、2025年頃には65歳以上の高齢者の約5人に1人が認知症を抱えるとする推計もある。米国でも数百万人規模の人々が認知症とともに生活しているとされており、こうした社会状況を踏まえると、日常的に使用するデバイスを通じて変化の兆しに気づく仕組みの社会的意義は小さくない。
技術面に目を向けると、音声、歩行、睡眠といったデジタルバイオマーカーは、学術研究において認知機能との関連が指摘されてきた分野である。歩行速度の低下や歩行のばらつき、発話のテンポや抑揚の変化、睡眠の質の低下などは、軽度認知障害(MCI)の段階から観察される場合があると報告されている。Brain Healthは、こうした知見を背景に、複数のデータを組み合わせて傾向を捉えるアプローチを採用するとみられる。
サムスンはAIや機械学習技術を活用し、複数のデータソースを統合的に分析することで、単一指標では捉えにくい変化を検知することを目指している。一般に、マルチモーダル分析は予測精度の向上につながる可能性があるとされるが、具体的なアルゴリズムや精度については、今後の技術開示や検証結果を注視する必要があるだろう。
重要なのは、この種のサービスが医師による診断を代替するものではないという点だ。偽陽性や偽陰性のリスクは常に存在し、ユーザーに不安を与えたり、逆に見逃しを招いたりする可能性も否定できない。そのため、医療機関との連携や慎重な検証、明確な利用目的の提示が不可欠となる。
競合の動向にも注目が集まる。AppleのHealthアプリやGoogle傘下のFitbitなども多様な健康データを扱っているが、現時点で認知機能低下の兆候検知を前面に打ち出した一般向け機能は限定的だ。サムスンの取り組みは、ウェルネスと医療の境界領域における競争を加速させる可能性がある。
一方で、各国の規制環境も無視できない要素である。AIを用いた健康スクリーニングサービスは、国や地域によって医療機器としての承認が求められる可能性があり、サムスンが具体的な提供時期や展開地域を慎重に検討している背景には、こうした規制対応も含まれていると考えられる。
長期的には、Brain Healthのようなデジタルバイオマーカーが電子医療記録や医療現場のワークフローと連携し、医師が患者の日常的な変化を把握できる環境が整うことが期待される。Xealthの買収は、そのための基盤づくりの一環と見ることもできるだろう。
【用語解説】
認知症(にんちしょう)
脳の細胞が死んだり、働きが悪くなることで記憶力や判断力が低下し、日常生活に支障をきたす状態。アルツハイマー型認知症が全体の60〜70%を占める。2021年時点で世界に5,700万人の患者がおり、2050年には1億5,300万人に達すると予測されている。
軽度認知障害(MCI)
Mild Cognitive Impairmentの略。物忘れなどの認知機能障害が認められるものの、日常生活は自立しているため認知症とは診断されない状態。MCIの段階で適切な治療を行えば、健常な認知機能まで回復する可能性が14〜44%あるとされる。
Samsung Knox(サムスン ノックス)
サムスンが開発したセキュリティプラットフォーム。デバイス内でデータを暗号化・保護し、外部からの不正アクセスを防ぐ。Brain Healthでは、機密性の高い認知機能データを外部ネットワークやクラウドに接続せず、デバイス自体で管理するために使用される。
デジタルバイオマーカー
スマートフォンやウェアラブルデバイスなどのデジタル技術を用いて収集される、健康状態を示す指標。歩行パターン、音声の変化、睡眠データなど、日常生活から得られる客観的なデータを指す。従来の血液検査や画像診断に比べて非侵襲的で、継続的なモニタリングが可能。
マルチモーダルアプローチ
複数の異なる種類のデータ(音声、歩行、睡眠など)を組み合わせて分析する手法。単一のデータソースよりも予測精度が大幅に向上することが研究で示されている。Brain Healthでは音声、歩行、睡眠の3つのモダリティを統合して認知機能の変化を検出する。
機械学習・ディープラーニング
大量のデータからパターンを学習し、予測や分類を行うAI技術。サポートベクターマシン(SVM)は従来型の機械学習手法の一つで、ディープラーニングは神経回路網を模した多層構造を持つより高度な手法。認知症検出の研究では、これらのアルゴリズムが高い精度を示している。
【参考リンク】
Samsung Electronics Global Newsroom(外部)
サムスン電子の公式プレスリリースサイト。製品発表や企業買収などの最新情報を掲載している。
CES (Consumer Electronics Show)(外部)
毎年1月にラスベガスで開催される世界最大級の家電・IT見本市。2026年は1月6日から9日まで開催予定。
Samsung Health(外部)
サムスンが提供する健康管理アプリ。Galaxy WatchやGalaxy Ringなどと連携し健康を管理できる。
Xealth(外部)
2017年に米国プロビデンス医療システムからスピンアウトしたデジタルヘルスプラットフォーム企業。
WHO – 認知症ファクトシート(外部)
世界保健機関による認知症に関する公式データと統計。世界の認知症患者数などの最新情報を提供。
【参考記事】
Samsung Electronics Acquires Xealth, Bridging the Gap Between Wellness and Medical Care(外部)
サムスン電子の公式プレスリリース(2025年7月8日)。Xealth買収の発表内容を掲載している。
Samsung Electronics Completes Acquisition of Xealth, Accelerating Connected Care(外部)
Xealth公式サイトによる買収完了の発表(2025年10月17日)。500以上の米国病院ネットワークを持つ。
Machine Learning Approaches for Dementia Detection Through Speech and Gait Analysis(外部)
音声と歩行分析による認知症検出の機械学習アプローチに関する系統的文献レビュー。
Wearable Sensor Technologies and Gait Analysis for Early Detection of Dementia(外部)
ウェアラブルセンサー技術と歩行分析による認知症早期検出に関する文献レビュー(2025年)。
Samsung to Launch AI Brain Health Tool for Early Dementia Detection at CES 2026(外部)
サムスンのBrain Health機能に関する詳細な技術解説記事。AIによる分析の仕組みを説明している。
【編集部後記】
私たちが毎日手にするスマートフォンやスマートウォッチが、いつか大切な人の認知機能の変化に気づくきっかけになるかもしれません。Brain Healthのような技術は、離れて暮らすご家族の様子を見守る新しい方法として、多くの可能性を秘めています。
みなさんは、日常的に使うデバイスにどこまで健康管理を任せたいと思いますか。それとも、プライバシーの観点から慎重になるべきでしょうか。このような技術の進化が、私たちの暮らしや医療のあり方をどう変えていくのか、引き続き注目していきたいと思います。































