通信速度は、自由度の関数である。
回線が細ければ、私たちは優先順位をつけることを強いられる。配信か、アップロードか。会議か、ダウンロードか。だが25Gbpsという帯域は、その選択を不要にする。NTT東日本が2026年3月に提供開始する「フレッツ 光25G」は、国内初の25Gbps FTTHサービスだ。上り下り対称という設計は、この回線が「見る」ためではなく「作る」ために設計されていることを示唆している。創造的労働のインフラが、ようやく消費のインフラに追いつこうとしている。
NTT東日本は2026年3月31日、FTTHアクセスサービス「フレッツ 光25G」を提供開始する。上り/下り最大概ね25Gbpsのベストエフォート型で、提供エリアは東京都中央区の一部。月額料金は25,000円(税込27,500円)で、インターネット利用には別途プロバイダ契約が必要となる。
接続方式はIPoE/PPPoEを掲げ、PPPoEは2027年10月を目途に提供予定。最大概ね25Gbpsは技術規格上の最大値で、実効速度は利用環境や混雑などにより変動する。
from 国内最速のFTTHサービスとなる「フレッツ 光25G」を提供開始
【編集部解説】
25Gbps──この数字を見て「ついに来たか」と思わずにはいられません。もちろん、誰もが今すぐ飛びつくべきサービスではありませんが、これから来る時代に向けた地盤固めとして、確実に大きな一歩です。

上り下り対称25Gbpsが開く世界
何より注目したいのは、上り下りともに最大概ね25Gbpsという仕様です。これまで高速回線といえば下りばかりが注目されてきましたが、これからの時代、本当に重要なのは上りの太さです。
想像してみてください。自宅のスタジオで撮影した8K映像を、待ち時間なくクラウドにアップロードできる。複数カメラの同時配信も余裕。3Dスキャンした点群データを、プロジェクトメンバーと瞬時に共有できる。これまで「アップロード中」の進捗バーを見ながら待っていた時間が、ほぼゼロになる──そんな未来が見えてきます。
では25Gbpsで何が変わるのか。一般家庭レベルでは「これができるようになった!」という派手な変化は、正直まだ見えにくいかもしれません。でも、だからこそ面白いのです。むしろ本質は「何かを諦めなくていい余裕」を手に入れることです。
家族全員が同時に4K動画を見て、誰かがオンラインゲームをして、別の誰かがビデオ会議をして、バックグラウンドでクラウド同期が走っている──そんな状況でも、誰も帯域を奪い合わない。「誰かが動画見てるから配信は後にしよう」なんて気を使わなくていい世界。地味に聞こえるかもしれませんが、これは確実に生活を変えます。
VR/メタバースの”本気”が見えてくる
個人的に最も興奮するのは、VRやメタバース体験がどう進化するかです。
メタバースって、綺麗な映像があればいいわけじゃありません。本当に必要なのは「そこにいる感覚」です。複数人が同じ空間にいて、誰かが話せばリアルタイムで声が聞こえる。アバターが手を振れば遅延なく見える。イベントが起きたら全員が同時に体験できる。この「全員で同じ時間を共有している」感覚こそが、メタバースの核心です。
ところが今の帯域では、開発者は常に妥協を強いられています。更新頻度を落とす。同時接続数を制限する。グラフィックのクオリティを下げる。空間の広さを狭める。こうした「削る」作業の連続で、本来やりたかった体験が削られていきます。
25Gbpsがあれば、この状況が変わります。「帯域があるから、これができる」という前提で設計できる。たとえば、数百人が同時に参加するバーチャルライブで、一人ひとりのアバターが個別に動き、リアクションがリアルタイムで反映される。VR空間でのコラボ作業で、巨大な3Dモデルを複数人で同時編集しても遅延が出ない。そんな体験が、技術的に現実味を帯びてきます。
もちろん、VRの快適さは回線速度だけでは決まりません。レイテンシ(遅延)やジッター(揺らぎ)はVR酔いに直結しますし、端末性能やアプリの最適化も重要です。25Gbpsは魔法の杖ではありません。でも、これまで「帯域が足りないから諦めていた」選択肢が、確実に増えるのです。
デジタルツインが”動き出す”
もう一つ、デジタルツインの可能性も広がります。
デジタルツインは単なる3Dモデルではありません。現実世界の状態をリアルタイムで仮想空間に反映し続け、仮想側でシミュレーションした結果を現実にフィードバックする──この双方向の連続的なやり取りが本質です。センサーからの情報、3Dモデルの更新、点群データの同期、シミュレーション結果の反映。扱うデータは膨大で、しかもリアルタイム性が求められます。
上り下り対称で25Gbpsの帯域があれば、これまで企業の専用回線でしか実現できなかったことが、個人の開発環境でも可能になってきます。「見せる」だけでなく「回す」デジタルツイン。自宅がそのまま開発拠点になる──まだニッチな話かもしれませんが、数年後には当たり前の光景になっているかもしれません。
誰のためのサービスか──投資する価値がある人たち
月額27,500円、エリアは東京都中央区の一部のみ。この条件を見て「高すぎる」と感じる人は多いでしょう。でも、必要な人にとってはむしろ「ようやく選択肢ができた」という感覚かもしれません。
想定されるのは、自宅を制作拠点にしているクリエイター、映像や3D制作で大容量データを日常的に扱う人、配信やクラウド依存度が高い人。あるいは、VR/AR開発をしている人、デジタルツインやメタバースの実験をしたい人。こうした「投資の理由が明確な層」にとって、このサービスは待望のインフラです。
ただし、回線だけあっても意味がありません。回線終端装置までの提供でルーターは自前という条件があります。つまり、宅内のネットワーク全体──25Gbps対応のルーター、MMF/SMFなど光配線を前提としたLAN配線、場合によっては最新のWi-Fi環境──を整備できる知識と予算が必要です。ハードルは高いですが、その分、本気で使いこなせる人には最高の環境が手に入ります。
一つ冷静に見ておくべきは「最大概ね25Gbps」という表記です。これは技術規格上の最大値であり、通信品質確保のためのデータ付与で実際は十数%低下します。さらに利用環境や混雑で大幅に下がることもあります。でも、このサービスの価値は「ベンチマークで何Gbps出るか」ではなく、「日常的に詰まらない、崩れない環境を維持できるか」にあります。そこがブレなければ、十分に価値があるサービスです。
NTT東西の足並み──西日本はいつ動くのか
少し気になるのが、NTT東日本と西日本の温度差です。同じNTTグループでありながら、高速回線の展開では明らかに足並みが揃っていません。10Gbpsの「フレッツ 光クロス」でも東日本が先行し、西日本が後追いでした。今回の25Gbpsも東日本のみです。
西日本エリアのクリエイターや開発者からすれば、「なぜ自分たちには選択肢がないのか」という不満は当然でしょう。地域による需要差や設備投資のタイミングなど、事情はあるのでしょう。でも、次世代インフラを全国に広げていくなら、もっと連携した動きがあってもいいはずです。この”組織の壁”が、日本全体の通信インフラ整備を遅らせている面は否めません。
50Gbpsへの布石──これは始まりに過ぎない
そして、最も興奮するのはここからです。NTT東日本は最大概ね50Gbpsサービスの検討にも言及しています。つまり、25Gbpsはゴールではありません。次のステップへの足場です。
今回の提供はエリア限定、価格も高い。だからこそ、これは「観測フェーズ」なのでしょう。どんな用途で使われるのか。どの程度の体験改善が実現するのか。どんな新しいサービスが生まれるのか。こうしたデータを集めて、次の展開につなげていく──そんな戦略が見えます。
数字のインパクトだけに目を奪われるのではなく、これからどんな体験が設計できるようになるのか──その視点で追いかけたいと思います。VRやメタバースが本当に”当たり前”になる未来。デジタルツインが日常に溶け込む世界。クリエイターが場所に縛られず、自宅から世界とつながれる環境。
25Gbpsは、そんな未来への入り口です。まだ扉は少ししか開いていませんが、その向こうに広がる景色を想像すると、ワクワクが止まりません。
【用語解説】
FTTH(Fiber To The Home)
光ファイバーを家庭(建物)まで引き込むアクセス方式。速度だけでなく、回線の安定性や遅延(レイテンシ)の面でも優位になりやすい。
ベストエフォート
事業者が提示する最大値に“近づけるよう努める”が、速度を保証するものではない方式。回線混雑や宅内環境、機器性能などで実効速度は変動する。
IPoE/PPPoE
インターネット接続方式の違い。一般にIPoEは混雑ポイントになりやすい設備を迂回しやすく、ピーク時間帯の速度低下を抑えやすいとされる。PPPoEは従来広く使われてきた方式で、環境によって混雑の影響を受けやすいケースがある。なお「フレッツ 光25G」は当初IPoEで提供し、PPPoEは2027年10月を目途に準備が整い次第提供予定とされている。
回線終端装置(ONU/ONT)
宅内側で光信号と電気信号を変換する装置。超高速プランではONU/ONTやルーター、LANケーブル、PC側NICなど“宅内ボトルネック”が体感を左右しやすい。
デジタルツイン
現実の設備・都市・工場などをデータで写し取り、仮想空間上で状態把握や予測、最適化に使う考え方。技術だけでなく運用設計(目的、データ、体制)まで含めたロードマップが重要になる。
【参考リンク】
フレッツ光(公式)|サービス・料金・対応エリア(入口)
「フレッツ」全体のサービス体系(1Gbps/10Gbpsなど)を俯瞰できる入口ページである。「25Gがどの層向けか」「既存プランと何が違うのか」を説明する際の比較用リンクとして使える。
【参考記事】
IPoEとPPPoEの違い(接続方式の整理に)
「なぜ同じ回線速度でも混雑や体感が変わるのか」を説明する補助資料として有用だ。今回の発表で“当初はIPoE中心/PPPoEは後日提供予定”とされている点を、読者が理解する助けになる。
IPv6/IPoE関連の基礎(混雑や方式理解の補助)
IPoEの前提となるIPv6周りの基礎を整理できる。「宅内環境やプロバイダ契約で体感が変わる」ことを伝えるときに、技術的背景として参照しやすい。
【編集部後記】
VRChatで遊びながらボイスで会話し、横で配信を回し、クリップを書き出してクラウドに投げる。そんな“同時進行”が当たり前になった今、回線に欲しいのは「最大速度」より「余裕を前提に動ける感覚」です。
「フレッツ 光25G」は、遊びや制作の境界を薄くして、思いついたことをその場で形にして共有できる土台を家庭に持ち込みます。ゲームを遊ぶだけじゃなく、配信して、編集して、次のワールドや作品へつなげる。回線が足かせにならないだけで、遊び方の設計が一段自由になる。そんな未来を先に見せてくれるニュースだと感じました。
そしてこの“余裕”はエンタメだけでなく、遠隔医療や院内の高精細映像伝送、工場のデジタルツインや設備監視など、医療・製造の現場にも広がっていくはずです。































