米国では31人に1人が自閉症と診断される時代になりました。Mattelが発表した史上初の自閉症バービーは、Cardiff大学の神経科学研究とASAN協働開発によって、「配慮」から「科学的根拠に基づく包摂」へと進化した製品デザインの最前線を示しています。
Mattel, Inc.は2026年1月11日、カリフォルニア州エルセグンドで史上初の自閉症バービー人形を発表した。この人形は自閉症の人々によって運営される非営利団体ASANとのパートナーシップのもと、18ヶ月以上かけて開発され、Barbie Fashionistasコレクションに加わる。
人形は肘と手首の関節を備え、視線が横にずれたデザインとなっている。アクセサリーとして実際に回転するピンク色のフィジェットスピナー、ノイズキャンセリングヘッドフォン、拡大代替コミュニケーションアプリを表示するタブレットが付属する。ゆったりとした紫色のピンストライプAラインドレスとフラットソールの靴を着用している。Barbieは2020年からCardiff Universityと人形遊びの効果を研究しており、発売を記念して1,000体以上をChildren’s National Hospitalなど主要小児病院に寄贈する。人形はMattel Shopおよび主要小売店で販売される。
【編集部解説】
「すべての子どもたちがバービーの中に自分自身を見る権利があります」
~ マテル社のグローバルドール部門責任者、ジェイミー・シギエルマン氏 ~
今回の自閉症バービーの発表は、単なる製品ラインの拡充ではありません。玩具業界におけるインクルーシブデザインが、マーケティング的な「配慮」から、神経科学に基づく本格的な製品開発へと進化した象徴的な事例と言えるでしょう。
米国CDCの2025年データによれば、8歳児の31人に1人が自閉症スペクトラムと診断されており、この数字は2018年の44人に1人から大幅に増加しています。診断率の上昇は、認識の向上と診断技術の進歩を反映していますが、同時に表現の必要性も高まっていることを意味します。
注目すべきは、Mattelが2020年からCardiff大学と継続している神経科学研究です。4歳から8歳の子ども57人を対象とした脳活動測定では、人形遊びが後上側頭溝(pSTS)を活性化し、共感や社会的処理に関わる領域を刺激することが確認されました。特に自閉症の特性を示す子どもたちにおいても、人形遊びが社会的スキルの練習に役立つ可能性が示唆されています。
Mattelは1997年に車椅子を使用するBeckyを発表しましたが、当時はバービーのドリームハウスに車椅子が入らないという設計ミスで批判を受けました。その反省から、近年のFashionistasラインでは、当事者コミュニティとの18ヶ月以上にわたる協働開発プロセスを採用しています。
この人形の設計には、細部まで配慮が行き届いています。例えば、服装の選択では、感覚過敏で緩い服を好む人と、身体認識のためにフィット感のある服を好む人の両方が存在するため、議論を重ねた結果、接触面積を減らしたAラインドレスが選ばれました。また、インド系の顔立ちを採用することで、一般的に過小評価されがちな有色人種の自閉症コミュニティも表現しています。
玩具業界全体を見ると、2026年はインクルーシブデザインが「オプション」から「標準期待」へと移行する転換点となっています。EUでは玩具安全基準にアクセシビリティと多様性の表現が組み込まれつつあり、単なる企業の社会的責任を超えた規制の動きも見られます。
ポジティブな側面としては、この人形が自閉症の子どもたちに「見られている」という肯定的な感覚を与えるだけでなく、神経定型の子どもたちにとっても多様性を理解する教育ツールとなる点が挙げられます。一方で、自閉症は極めて多様なスペクトラムであり、一つの人形がすべてを代表できるわけではないという限界も認識する必要があります。
Mattelは発売記念として1,000体以上を専門の小児病院に寄贈しますが、これは製品販売を超えた社会的インパクトを志向する姿勢の表れです。玩具という身近な存在を通じて、次世代に多様性と包摂性の価値観を浸透させる長期的な戦略と言えるでしょう。
【用語解説】
スティミング(Stimming)
自己刺激行動を指す自閉症コミュニティの用語で、手をパタパタさせる、体を揺らす、指を鳴らすなどの反復的な動作を指す。感覚情報の処理や感情の調整、興奮の表現手段として用いられる。
拡大代替コミュニケーション(AAC)
発話によるコミュニケーションが困難な人のために、シンボル、画像、文字、音声出力装置などを使用する代替コミュニケーション手段。タブレット端末のアプリが広く活用されている。
後上側頭溝(pSTS)
脳の側頭葉と頭頂葉の境界に位置する領域で、他者の意図や感情を理解する社会的認知、共感処理に関与する。Cardiff大学の研究では人形遊びがこの領域を活性化することが示された。
神経定型(Neurotypical)
自閉症や注意欠如多動症(ADHD)などの神経発達の特性を持たない、いわゆる「標準的」とされる脳の発達パターンを持つ人を指す。神経多様性の文脈で使用される中立的な用語である。
インクルーシブデザイン
特定の集団を排除せず、可能な限り多様な人々が利用できるよう設計する考え方。障害の有無、年齢、性別、文化的背景などの違いを前提とした製品やサービスの開発手法。
【参考リンク】
Mattel, Inc. 公式サイト(外部)
世界最大級の玩具メーカーの公式企業サイト。Barbie、Hot Wheelsなど主要ブランドを展開し、企業情報とサステナビリティへの取り組みを掲載。
Autistic Self Advocacy Network (ASAN)(外部)
自閉症当事者によって運営される米国の非営利障害者権利団体。「私たちのことを、私たち抜きに決めないで」をモットーに権利擁護活動を展開。
Cardiff University(外部)
英国ウェールズに位置する名門研究大学。Mattelとの共同研究で人形遊びが子どもの脳に与える影響を神経科学的に解明している。
Barbie公式サイト(外部)
Barbieブランドの公式サイト。製品ラインナップ、最新ニュース、Fashionistasコレクションの紹介を掲載し、多様性と包摂性を重視。
【参考記事】
CDC Releases New Data on Autism Prevalence – Autism Society of North Carolina(外部)
米国CDCが2025年4月に発表した最新の自閉症有病率データを報告。8歳児のうち31人に1人が自閉症スペクトラムと診断されたことを伝える。
Doll play allows children to develop and practice social skills – Medical Xpress(外部)
Cardiff大学の神経科学研究を詳述。57人の子どもを対象に人形遊びが後上側頭溝を活性化し共感スキルを促進することを実証した内容。
Mattel adds an autistic Barbie to doll line – ABC News(外部)
自閉症バービーの具体的なデザイン選択について報道。服装デザインでの感覚過敏への配慮とインド系の顔立ちを採用した理由を解説。
Mattel introduces its first Barbie with autism – Los Angeles Times(外部)
自閉症バービーの発表を包括的に報道。ASANとの18ヶ月にわたる協働開発プロセスと業界における多様性表現の進化を分析。
What Mattel learned from Barbie, Becky – Mobility Mojo(外部)
1997年の車椅子使用者Beckyの失敗事例を詳述。バービーのドリームハウスに車椅子が入らない設計ミスから学んだ教訓を解説。
Why Personalization and Inclusive Design in Toys Are Revolutionizing Play in 2025(外部)
2025年の玩具業界トレンドを分析。インクルーシブデザインが標準化し、EUで玩具安全基準に多様性の表現が組み込まれる規制動向を報告。
Designing Play: Toy Industry Trends for 2026 – Global Toy News(外部)
2026年の玩具業界における主要トレンドを概説。インクルーシブデザインの標準化と多様性表現が企業評価の重要指標となる動向を分析。
【編集部後記】
玩具という身近な存在が、神経科学研究と当事者の声を統合して作られる時代になりました。「誰かのため」ではなく「誰もが自分を見出せる」製品へのシフトは、テクノロジー業界全体が直面している課題と重なります。
私たちが関わるプロダクトやサービスの「当たり前」が誰かを排除してしまっているかもしれません。Mattelが1997年のBeckyから学んだように、失敗から始めることも大切です。この記事をきっかけに、インクルーシブデザインについて一緒に考えてみませんか。


































