AWS、シュレーディンガーの猫が量子コンピューターを救う? キャット量子ビットで誤り訂正革命

 - innovaTopia - (イノベトピア)

2025年2月26日、Amazon Web Services (AWS)の研究チームが、量子コンピューターの性能を大幅に向上させる新技術「ボゾニックキャット量子ビット」を開発したと発表しました。この技術は、量子コンピューターの最大の課題である「エラー」の問題に革新的なアプローチで挑んでいます。

量子コンピューターは、従来のコンピューターでは解くのに何年もかかる複雑な問題を短時間で解決できる可能性を秘めています。しかし、量子ビット(量子コンピューターの情報単位)は非常に壊れやすく、計算中にエラーが発生しやすいという大きな問題がありました。

これまでは、このエラーを減らすために膨大な数の量子ビットが必要でした。例えば、1つの「論理量子ビット」(エラーに強い安定した量子ビット)を作るのに、数千の「物理量子ビット」が必要だったのです。

AWSの新技術は、この状況を劇的に改善します。「ボゾニックキャット量子ビット」と呼ばれるこの新しい方式では、わずか5つの物理量子ビットで1つの論理量子ビットを作ることができます。これは、量子コンピューターの小型化と効率化への大きな一歩となります。

研究チームは実験で、5つのキャット量子ビットを使用した場合、1回の計算サイクルあたりのエラー率を1.65%まで低減できることを示しました。これは、3つのキャット量子ビットを使用した場合の1.75%よりも低い値です。

この技術の名前の由来は、量子力学の有名な思考実験「シュレーディンガーの猫」にあります。この実験では、箱の中の猫が生きているか死んでいるかが、箱を開けて観測するまで決定されないという奇妙な状況を考えます。新技術のキャット量子ビットも、似たような「重ね合わせ」状態を利用しているのです。

研究チームのリーダーであるHarald Putterman氏は、この技術が将来的に実用的な量子コンピューターの実現につながる可能性があると述べています。

この研究はAWSの量子コンピューティング研究施設で行われました。同社は2021年にカリフォルニア工科大学と提携して量子コンピューティング研究を進めています。

from:https://phys.org/news/2025-02-schrdinger-cat-quantum.html

【編集部解説】

AWSが開発した「ボゾニックキャット量子ビット」技術は、量子コンピューターの実用化に向けた大きな前進と言えます。この技術の革新性を理解するには、まず量子コンピューターが直面している課題を知る必要があります。

量子コンピューターは、量子力学の原理を利用して情報を処理します。従来のコンピューターが「0」か「1」のどちらかの状態しか取れないのに対し、量子ビットは「0」と「1」の重ね合わせ状態を取ることができます。これにより、膨大な並列計算が可能になり、特定の問題に対して従来のコンピューターよりも圧倒的に高速な処理が期待できます。

しかし、量子状態は非常に壊れやすく、外部環境からのわずかな影響でも「デコヒーレンス」と呼ばれる状態崩壊を起こしてしまいます。これが量子コンピューターの計算エラーの主な原因となっています。

従来の量子コンピューターでは、この問題に対処するために「量子誤り訂正」という技術を使用していました。これは、多数の物理量子ビットを組み合わせて1つの論理量子ビットを作り、エラーに強い状態を実現するものです。しかし、この方法では数千もの物理量子ビットが必要となり、量子コンピューターの大規模化と複雑化を招いていました。

AWSの新技術「ボゾニックキャット量子ビット」は、この状況を一変させる可能性を秘めています。この技術では、量子情報を「コヒーレント状態」と呼ばれる特殊な量子状態で表現します。これは、シュレーディンガーの猫の思考実験にちなんで「キャット状態」とも呼ばれています。

キャット量子ビットの特徴は、ビット反転エラー(0が1に、1が0に変わるエラー)に対して本質的に強いことです。これにより、位相反転エラー(量子状態の位相が反転するエラー)のみに焦点を当てた誤り訂正が可能になります。結果として、はるかに少ない数の物理量子ビットで論理量子ビットを構成できるのです。

実験結果では、5つのキャット量子ビットを使用した場合、1回の計算サイクルあたりのエラー率を1.65%まで低減できました。これは量子誤り訂正の閾値を下回る重要な成果です。つまり、理論的にはこの技術を使って任意の長さの量子計算を行うことが可能になるのです。

しかし、この技術にもまだ課題があります。エラー率1.65%は、実用的な量子アルゴリズムを実行するにはまだ高すぎます。多くの量子アルゴリズムは数百万回の操作を必要とするため、さらなるエラー率の低減が求められます。

また、キャット量子ビットは位相反転エラーに弱いという欠点があります。これを克服するために、研究チームは外部の繰り返しコードを使用しています。

この技術の実用化には、まだ多くの課題が残されています。例えば、キャット量子ビットの寿命を延ばすこと、より複雑な量子回路を構築すること、そして大規模な量子システムへのスケールアップなどが挙げられます。

しかし、この研究成果は量子コンピューターの小型化と効率化への道を開く可能性があります。将来的には、より少ないハードウェアで高性能な量子コンピューターを実現できるかもしれません。これは、量子コンピューターの商業化や、より広範な応用への道を開く重要な一歩と言えるでしょう。

量子コンピューターの実用化は、暗号解読、新薬開発、金融モデリング、気候変動予測など、様々な分野に革命をもたらす可能性があります。一方で、既存の暗号システムへの脅威など、新たな課題も生み出す可能性があります。

今後も、量子コンピューティング技術の進展に注目していく必要があります。この分野の発展は、私たちの社会や技術のあり方を大きく変える可能性を秘めているからです。

【用語解説】

  • ボゾニックキャット量子ビット:量子情報を保存するための新しい方式。従来の量子ビットよりも誤り耐性が高く、より少ない物理量子ビットで論理量子ビットを構成できる。
  • シュレーディンガーの猫:量子力学の不確定性を説明するための思考実験。箱の中の猫が生きているか死んでいるかが、観測するまで決定されないというパラドックスを示す。
  • コヒーレント状態:量子力学において、古典的な振る舞いに最も近い量子状態のこと。ボゾニックキャット量子ビットでは、この状態の重ね合わせを利用している。

【参考リンク】

  1. Amazon Web Services (AWS)(外部)
    クラウドコンピューティングサービスを提供する世界最大手。量子コンピューティング分野にも進出している。
  2. AWS Center for Quantum Computing(外部)
    AWSの量子コンピューティング研究施設。最先端の量子技術の開発に取り組んでいる。
  3. Amazon Braket(外部)
    AWSが提供する量子コンピューティングサービス。クラウドを通じて量子コンピュータにアクセスできる。

ホーム » 量子コンピューター » 量子コンピューターニュース » AWS、シュレーディンガーの猫が量子コンピューターを救う? キャット量子ビットで誤り訂正革命