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【良書紹介】「教養としての量子コンピュータ」ー次世代技術が「どう世界を変えていくのか」の現在地と未来予想図

[更新]2026年1月7日

 - innovaTopia - (イノベトピア)

量子コンピュータって結局何なの?

量子コンピュータ関連銘柄の株価が大きく動いたり、「量子計算によって暗号が破られ、セキュリティの前提が揺らぐ」といった“暗号危機”が語られたり――量子コンピュータが実用化されれば、私たちの社会の基盤そのものが変わってしまうのではないか。そんな期待と不安が先行する一方で、実際のところ「0と1を同時に扱える(重ね合わせがある)らしい」くらいの理解にとどまっている人も少なくないのではないでしょうか。
では、そもそも“量子”とは何で、量子コンピュータは何ができるのか。どの領域で、どんな応用が現実的に期待されているのか。本書はそのポイントを、必要な基礎から順を追って整理し、過度な煽りに寄りかからずに見通しよく解説してくれる一冊です。

【構成と特徴】

目次(ダイヤモンド社HPより引用)

1章 量子力学一〇〇年史
・世界をつくるもの
・社会を変えた物理学
・量子力学の父マックス・プランク
・アインシュタインが見つけた「光」の秘密
・炎色反応の謎
・波と粒子の二重性
・二人の天才物理学者
・「ランダム」とは何か?
・神々のオセロ
・すべては電子が握っている
・半導体の不思議
・量子トンネル効果と日本人ノーベル賞
・光の波を揃える
・レーザーの仕組み
・「一〇〇京分の一秒」の光を作る
・ミクロの世界を精密制御
・「神はサイコロを振らない」
・量子もつれは欠陥か?
・不完全な学問
・量子革命家の休日
・パラドックスから新技術を生む

2章 量子コンピュータ革命
・革命前夜と量子マネー
・計算の物理学
・物理は情報から生まれる
・量子コンピュータとAIの源流
・古典ビットと量子ビット
・停滞期を打ち破る
・正確さと速さの天秤
・複雑さを省く
・生成AIに不可欠な存在
・エヌビディアの伸長、インテルの挫折
・擬似量子コンピュータ?
・グーグルとIBMの論争
・量子の冒険のはじまり
・超高速計算ができる理由

3章 試行錯誤の連続
・NISQコンピュータのミッション
・速さを証明することは難しい
・グーグルによる量子超越実験
・IBMの反論とビットコインの暴落
・人間の脳は量子超越だろうか?
・中国の躍進とスーパーコンピュータの逆襲
・コンピュータ界のアカデミー賞
・進化は想像を超える
・計算資源の獲得競争
・国産量子コンピュータ始動
・日本にある勝機の鍵
・オールジャパンで世界と戦え!
・量子コンピュータ五大方式とは
・スタートアップが活躍するイオントラップ方式
・冷却中性原子方式は急発展
・活気づく半導体量子ビット方式
・超速い光方式

4章 実用化をめぐる激戦
・ひしめくスタートアップ
・AIの発展と淘汰の波
・革新は重ね合わせ状態
・「冬の時代」の予言は大外れ?
・乱高下する株価
・エヌビディアCEOの「とある発言」
・量子大崩壊を防げ!
・自分で間違いを訂正する
・シュレーディンガーの猫
・『スイミー』に似た量子ビット
・寿命を延ばす
・最前線を日本が担う
・アナログとデジタル
・解決の鍵は「魔法」
・SFが現実に

5章 世界が変わる、世界を変える
・私たちとコンピュータ
・新発見の期待がふくらむ
・ブラックホールの謎
・新しいエネルギーを生み出す
・IT企業が分子を作る?
・量子時代のものづくり
・機械翻訳の進化
・AIを使える人、使えない人
・世界中が注目する
・AIの歴史から学ぶ量子AIの現在地
・理解すれば応用できる
・ディープラーニングの「大成功」
・日本人研究者が種を蒔く
・医学界で起きた革命
・限界の突破口
・可能性が広がる

6章 量子コンピュータと私たち
・ゲームが面白いのはなぜ?
・チューリングマシンの誕生
・遊んで学ぶ
・世界初の挑戦
・グーグル検索の仕組み
・ほぼ一〇〇パーセント正解する
・カエサル暗号とエニグマ暗号
・クレジットカード決済を守れ!
・矛でもあり盾でもある
・誰にも破れない暗号の作り方
・ブロックチェーン
・量子インターネットの可能性
・航空機の翼設計には物理が不可欠
・建物を点に分解する
・シャープやトヨタが取り組む「最適化」
・真夜中のシミュレーション
・金融業界を救えるか
・正しい現在地を知ろう
・社会は効率化で発展する
・人類の進化の鍵を握るのは
・量子コンピュータが描く未来

教養としての量子コンピュータ』は、大阪大学大学院基礎工学研究科教授で量子コンピューティング研究の最前線に立つ藤井啓祐さんが、量子の歴史から量子コンピュータの現在地・未来までをイラストを多用して平易に解説する教養書です。

本書は全6章で構成されています。第1章では、量子力学の中でもとりわけ「前期量子論」に焦点を当て、量子の考え方の土台を丁寧に整理しています。続く第2章では、量子コンピュータの概要と、それを取り巻く量子関連技術について概観します。第3章・第4章では、量子コンピュータの具体的な構成要素や方式に踏み込みつつ、実用化に向けて立ちはだかる技術的課題についても触れられています。
そして第5章・第6章では、量子コンピュータがどのような現場で活躍し得るのかという応用の見取り図が示され、あわせてAI技術との関係や、新しいデータの形式としての「量子データ」、さらに暗号方式に関する話題まで扱われています。

【こんな人にお勧め】

「量子って何?というところから数式を用いずに理解を進めたい人」

この本のいいところは、いきなり「量子コンピュータとは何か」から入らず、50ページ以上を割いて「前期量子論」――たとえば光量子仮説、ド・ブロイ波、ボーア模型といった、高校の原子物理に相当する領域から丁寧に始めてくれるところです。そこから半導体やレーザーの話へ自然につながり、さらに量子エンタングルメント(量子もつれ)まで、ひとつの流れとして見通せるように構成されています。
しかも特筆すべきは、バンド理論に基づく図式など“理解に必要な絵”はしっかり出てくるのに、数式はまったく登場しない点です。数式を使わないと聞くと「ふわっとした説明なのでは」と身構えてしまうかもしれませんが、この本は逆で、数式なしでも骨組みが崩れないように、読者が立てる“理解の足場”を一段ずつ作ってくれる。だから、理系に苦手意識がある人でも読み進められるし、逆に基礎を整理したい人にもちゃんと効く――その読みやすさが、この本の強みだと思います。

「量子情報よりも量子コンピュータを取り巻く状況に興味がある人」

たぶん多くの人にとって、「量子コンピュータとは何か」以上に気になるのは、「で、結局なにができるの?」という一点だと思います。本書はまさにそこから逃げずに、量子コンピュータの“使いどころ”を具体例つきで示してくれます。

構成としては、4章までで量子論の基本から、量子コンピュータの代表的な方式、実用化に向けた技術課題までをひと通り整理。内容は概念的ではありますが、魔法状態(マジックステート)や、コヒーレンス時間を延ばすための工夫といった、実装の勘所にもちゃんと触れられています。そのうえで残り2章を使い、材料開発や流体力学のような複雑な物理現象の解明といった“量子計算が効く”応用へ踏み込み、さらに暗号の話題にも紙幅を割いています。BB84のような量子暗号の基本に触れるだけでなく、ブロックチェーンについても丁寧に説明されていて、「量子コンピュータも周辺技術も、どこから掴めばいいかわからない」という人でも置いていかれにくい。

量子コンピュータを“未来のすごい箱”として眺めるのではなく、どんな問題に、どんな形で関わっていくのか――その輪郭を掴むための入口として、かなり親切で実用的な一冊だと感じました。

https://www.aist.go.jp/aist_j/magazine/20241108.html(産総研より、量子コンピュータの産業エコシステムについての記事です)

「AIに興味がある人」

AIに興味がある人にも見ごたえがある、というのもこの本のちょっと面白いところでした。付属の年表を見ていると、量子の歴史だけじゃなくて「2017年のTransformerモデル登場」や「2024年のAI研究者のノーベル賞受賞」といった出来事まで並んでいて、量子とAIが“別世界の話”じゃなく、同じ技術史の地続きとして扱われています。本文中でもニューラルネットワークの説明が差し込まれていて、量子計算の話を追いながら、現代のAIの立ち位置やキーワードの整理まで一緒にできる感じがある。

量子を学ぶつもりで読み始めても、気づいたらAIの話も“同じ地図の上”に置けるようになる──その視野の広さが、読みごたえにつながっていると思いました。

著者である藤井啓祐さんはyoutubeにて量子コンピューティングの講義を公開しています。内容についてはブロッホ球や量子力学の枠組み(ディラックのブラケット表記を使って、おそらく理系の量子力学を学び終えた学部生向けの講座です。本を読み終えて線形代数を学んでから見るともっと量子コンピュータがわかりそうです。)

【感想】

「模式図が秀逸」

本書は数式が出てこない代わりに、シンプルで要点を外さない図解が多い点が魅力です。たとえば「抵抗を受けにくい形状を作る」といった一見ふつうの工学の話が、なぜ量子コンピューティングの発想と結びつくのか、図を追うだけで勘所がつかめるように設計されています。さらに、喫緊のクリーンエネルギーとして注目されるグリーン水素の製造法(光触媒など)についても、図を見ることで「どこが難所で、どこに突破口があるのか」を直感的に理解しやすくなっています。
加えて、量子コンピュータの方式の説明においても、模式図が単なる概念図に留まらず、装置の形状を模して描かれている点が印象的です。「実際に量子ビットはどのように実現されるのか」という疑問に対して、目に見えるイメージとして想像できる形で示してくれるため、読み手の理解が手元に落ちてきます。

「妙に面白い終章の読書案内」

教養書には、理解を進めるための原著や定番書が読書案内として挙げられていることが多いですが、本書の終章ではそれに加えて「サマーウォーズ」「進撃の巨人」「HELLO WORLD」といったエンタメ作品が紹介されている点が非常にユニークです。
「なるほど、そういう見方もあるのか」と感心する部分がある一方で、「本当だろうか」と疑いたくなる箇所が出てくるのも正直なところです。しかしそれも含めて、名作アニメや映画に新しい角度から関心を持つきっかけになり得ますし、「量子を教養として捉える」という本書の姿勢がよく表れている章だと感じました。

監督は劇場版SAOの監督も務めた伊藤智彦が担当し、脚本は正解するカドで有名な野崎まど先生というエンタメ界におけるSFに明るい布陣で、当時かなり話題になりましたね。

「技術書でも理学書でもなく、教養書」

本書の最大の特徴は、これが「技術を深く理解するための本」でも「理論を厳密に学ぶための本」でもなく、量子コンピュータを取り巻く世界や価値基準の地図の中に位置づけ直してくれる、教養書としての側面が強い点にあります。必要な技術と理論は一通り押さえつつも、社会的な文脈や周辺技術の話題まで含めて見通しを与えてくれるため、読後には「量子コンピュータ」という新しい対象を、自分の理解の枠組みの中に書き込めるようになります。
量子コンピュータを“わかった気になる”ためではなく、今後ニュースや研究、投資の話題に触れたときに自分の判断の足場を作り直すための一冊として、理系・文系を問わず手に取りやすい内容だと思います。

投稿者アバター
野村貴之
大学院を修了してからも細々と研究をさせていただいております。理学が専攻ですが、哲学や西洋美術が好きです。日本量子コンピューティング協会にて量子エンジニア認定試験の解説記事の執筆とかしています。寄稿や出版のお問い合わせはinnovaTopiaのお問い合わせフォームからお願いします(大歓迎です)。

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