中国初の国産量子コンピュータOS「Origin Pilot」がオンラインダウンロード可能となった。Anhui Quantum Computing Engineering Research Center(安徽量子コンピューティング工学研究センター)が2026年2月26日に発表した。
開発元は合肥拠点のOrigin Quantum Computing Technology Coで、第3世代超伝導量子コンピュータ「Origin Wukong」を手がけた企業である。Origin Pilotは2021年に初版がリリースされ、超伝導量子ビット、イオントラップ、中性原子など主要なハードウェア方式に対応する。同センターによれば、一般ダウンロード可能なオープンソース量子コンピュータOSは世界初であり、IBMやGoogleは量子プログラミングフレームワークやクラウドサービスを提供しているが、OSそのものは公開していない。
量子技術は中国共産党中央委員会の第15次五カ年計画(2026〜2030年)において優先される未来志向型産業セクターの一つとして明記されている。
From:
China’s first homegrown quantum computing operating system available for online download
【編集部解説】
量子コンピュータのOSとは、従来のコンピュータにおけるWindowsやmacOS、Linuxに相当する存在です。ハードウェアの制御、タスクの割り振り、ソフトウェアとプロセッサ間の連携といった基盤的な役割を担います。ただし、量子コンピュータの場合、量子ビット(キュービット)は極めて繊細で、常に校正と精密な制御が求められるため、その複雑さは古典的なOSとは比較になりません。
今回のOrigin Pilotが注目される理由は、ダウンロードしてローカル環境に導入できる量子コンピュータOSとして公開された点にあります。現在、IBMはQiskit、GoogleはCirq、MicrosoftはQ#といった量子プログラミングフレームワークをオープンソースで提供していますが、これらはあくまでプログラミング用のSDK(ソフトウェア開発キット)であり、ハードウェアを直接管理するOSそのものとは性質が異なります。IBMやGoogleは量子コンピュータへのアクセスをクラウドサービス経由で提供しており、その基盤となるOS層は非公開のままです。
Origin Pilotが搭載されているOrigin Wukongは、72個の動作量子ビットと126個のカプラー量子ビットを持ち、合計198個の物理量子ビットで構成されています。2024年1月のクラウド公開後3カ月間で120カ国以上から800万回以上のアクセスがあり、約18万件の量子計算タスクが処理されました。2025年初頭には累計アクセスが2,000万回を超え、金融、バイオ医薬、材料科学など複数の産業分野で約33万9,000件のジョブが実行されています。ただし、IBMが1,121量子ビットのCondorプロセッサを既に発表していることを考えると、量子ビット数の面では大きな差が存在します。
「世界初のオープンソース量子コンピュータOS」という主張については、若干の留意が必要です。Quantum Insider誌が指摘するように、今回の発表の情報源であるGlobal Timesは人民日報傘下の国営メディアであり、技術的自立と国家戦略の文脈の中で報じられています。また、IBMやGoogleのフレームワークとOrigin Pilotでは、カバーする技術レイヤーが異なるため、単純な比較は難しい面もあります。
とはいえ、この動きが持つ意義は小さくありません。量子コンピューティングの開発には、ハードウェアだけでなくソフトウェアスタックの標準化が不可欠です。Origin Pilotが超伝導量子ビット、イオントラップ、中性原子という主要な3つのハードウェア方式に対応し、統一的なプログラミングインターフェースを提供することで、量子ソフトウェア開発の断片化という業界共通の課題に一つの解を示した形となります。
中国は第15次五カ年計画(2026〜2030年)で、量子技術をバイオマニュファクチャリング、水素・核融合エネルギー、ブレイン・コンピュータ・インターフェース、エンボディドAI、6G通信と並ぶ6つの戦略的未来産業として位置づけました。Origin Pilotの公開は、量子コンピューティングが研究室段階から産業化フェーズに移行しつつあるという国家的な認識を反映しています。
潜在的なリスクとしては、海外の研究者や開発者が中国製の量子OSに依存した場合、技術的なサプライチェーンの新たな集中が生じる可能性があります。また、量子コンピューティング技術そのものが暗号解読への応用可能性を持つため、オープン化が進むことで安全保障面の議論が加速する可能性も考えられます。
現時点の量子コンピュータは、特定の計算には力を発揮しますが、古典的なスーパーコンピュータを全般的に置き換える段階には至っていません。Origin Pilotの公開はそうした技術的課題を直接解決するものではありませんが、開発ツールの標準化を通じてより広いコミュニティの参加を促し、量子エコシステム全体の底上げに寄与する可能性を持っています。
【用語解説】
量子コンピュータOS(オペレーティングシステム)
量子コンピュータにおけるハードウェア資源の管理、タスクのスケジューリング、ソフトウェアとプロセッサ間の連携を担うシステムソフトウェアである。古典コンピュータにおけるWindowsやLinuxに相当するが、量子ビットの校正や制御など量子特有の機能を含む点が異なる。
超伝導量子ビット(Superconducting Qubit)
極低温環境(絶対零度付近の-273.15℃)で動作する超伝導回路を用いた量子ビットの実装方式である。IBM、Googleなども採用している主流のアプローチの一つ。
イオントラップ(Trapped Ion)
電磁場を用いてイオンを空間中に閉じ込め、量子ビットとして利用する方式である。長いコヒーレンス時間が特長で、IonQなどが採用している。
中性原子(Neutral Atom)
電荷を持たない原子をレーザーで捕捉し量子ビットとして使用する方式である。大規模化に適しているとされ、QuEraなどが開発を進めている。
量子ビットの自動校正(Automatic Qubit Calibration)
量子ビットの性能を最適な状態に維持するための調整作業を自動化する技術である。量子ビットは外部環境に極めて敏感であり、定期的な校正が不可欠となる。
カプラー量子ビット(Coupler Qubit)
動作量子ビット間の相互作用を仲介・制御するための補助的な量子ビットである。接続性の向上と演算精度の改善に寄与する。
QPanda
Origin Quantum Computing Technology Coが独自開発したオープンソースの量子プログラミングフレームワークである。量子回路の構築・コンパイル・実行を支援し、IBMのQiskitに対してコンパイル速度で最大数百倍の高速化を実現したとしている。
第15次五カ年計画(2026〜2030年)
中国共産党中央委員会が策定する国家経済・社会発展の中期計画である。量子技術、バイオマニュファクチャリング、水素・核融合エネルギー、ブレイン・コンピュータ・インターフェース、エンボディドAI、6G通信の6分野が未来産業として明記された。
【参考リンク】
Origin Quantum Computing Technology Co 公式サイト(外部)
2017年設立の中国量子コンピュータ企業。フルスタック量子ソリューションを提供、国内特許数首位。
Origin Quantum Cloud(本源量子クラウド)(外部)
Origin WukongへのクラウドアクセスとQPandaなど開発ツール・学習リソースを提供するプラットフォーム。
Origin Pilot ダウンロードページ(外部)
Origin PilotのOS情報と関連リソースが掲載された公式ページ。
QPanda3 公式ドキュメント(外部)
Origin Quantum開発の高性能量子プログラミングフレームワークQPanda3の技術ドキュメント。
IBM Quantum(外部)
IBMの量子コンピューティングプラットフォーム。Qiskitの提供とクラウド経由の量子ハードウェアアクセスを実施。
Google Quantum AI(外部)
Googleの量子コンピューティング研究部門。Cirqフレームワークの開発と量子プロセッサ研究を推進。
【参考記事】
Chinese Firm Releases Open-Source Quantum Operating System For Public Download(外部)
Quantum Insiderによる詳細解説。技術的位置づけと情報源の背景に言及した分析記事。
Origin Quantum’s Wukong: China’s 72-Qubit Processor(外部)
Wukongの技術仕様と運用実績を網羅。198物理量子ビットや累計アクセス数等の数値を詳述。
Origin Wukong Quantum Computer: China’s Third-Gen Computer(外部)
Wukongの運用実績を時系列で整理。IBM Condorとの規模比較やタスク処理件数の推移を記載。
China’s quantum computer operating system Origin Pilot opens for public download(外部)
新華社通信を出典とするChina Daily掲載の公式報道。Origin Pilotの一次情報源の一つ。
China unveils open‑source quantum OS ‘Origin Pilot’ for public download(外部)
香港Dimsum Dailyによる記事。技術仕様と五カ年計画の位置づけをコンパクトにまとめている。
【編集部後記】
量子コンピューティングの世界では、ハードウェアの進化に注目が集まりがちですが、今回のニュースはソフトウェア基盤、つまり「OSの主導権」という新たな競争軸の存在を浮き彫りにしています。
古典コンピュータの歴史を振り返れば、OSを握った企業がエコシステム全体を形作りました。量子の時代にも同じことが起きるのか——皆さんはどうお考えになりますか?








































