シリコンバレーの小さなオフィスから
1968年7月18日。カリフォルニア州マウンテンビューの小さなオフィスで、二人の技術者が新会社の設立書類にサインをしていました。ロバート・ノイスとゴードン・ムーア。彼らが設立したのは、後に世界最大の半導体メーカーとなるIntel Corporationです。
社名は「Integrated Electronics(集積されたエレクトロニクス)」の略。当初は「Moorenoyce」という名前も検討されましたが、同名のホテルチェーンが既に存在したため、この名前に落ち着きました。創業メンバーの一人、ゴードン・ムーアが提唱した**「ムーアの法則」**—半導体の集積密度が18〜24ヶ月で倍増するという予測—は、今日まで業界の指針となっています。
「インテル入ってる」というキャッチフレーズで親しまれ、私たちのパソコンの心臓部として君臨してきたIntel。しかし2021年、時価総額でAMDに逆転され、AI時代の覇者NVIDIAの前では苦戦を強いられています。なぜ、かつての巨人は今、危機に直面しているのでしょうか。
躍進の軌跡:メモリからCPUへの大転換
創業当初のIntelは、半導体メモリメーカーでした。1969年に初の製品SRAM 3101(記憶容量64ビット)を発表し、翌年には世界初のDRAM 1103(1,024ビット)を市場に送り出します。
転機は1971年11月15日でした。世界初のマイクロプロセッサ**「4004」**(4ビット、クロック周波数108kHz、トランジスター数2,300個)の発表です。これが現代のCPUの原点となりました。
さらなる転機が1981年に訪れます。IBMが初のパソコン「IBM PC」を発表し、CPUにIntelの8088を採用したのです。この決定により、Intelの8086系アーキテクチャは業界標準となり、「x86アーキテクチャ」として今日まで続く地位を確立しました。
1985年10月、IntelはDRAM事業から撤退し、CPUに経営資源を集中させる決断を下します。同時に、初の32ビットマイクロプロセッサ「i386」を発表。この決断が、Intelを世界最大のCPUメーカーへと押し上げました。
終わりなき戦い:AMDとの攻防、NVIDIAの台頭
AMDという宿敵
IntelとAMDの関係は、協力から始まりました。1982年、AMDはIntel CPUのセカンドソース(代替供給元)として生産を開始します。しかし1985年、Intelが「i386」以降セカンドソースを認めない方針に転換したことで、両社の関係は決裂しました。
1990年代後半、「1GHz」を目指す戦いが始まります。2000年前後、Intelは「Pentium III」で、AMDは「Athlon」で1GHzを達成。2005年のデュアルコア時代には、AMDの「Athlon 64 X2」が性能と消費電力でIntelを上回るという、前代未聞の事態が発生しました。
Intelは新ブランド**「Coreシリーズ」**で反撃し、2000年代中盤以降は再び優位に立ちます。AMDは高性能CPU市場から一時撤退を余儀なくされました。
しかし**2017年、AMDの「Ryzenシリーズ」**がすべてを変えました。マルチコア性能、電力効率、コストパフォーマンスで優位性を持つRyzenは、市場を奪い返していきます。そして2021年1〜3月期、AMDのCPU市場シェアが50.7%となり、Intelを超えたのです。
NVIDIAという新たな覇者
当初、CPUとGPU(Graphics Processing Unit)は異なる市場でした。NVIDIAはグラフィックス分野で圧倒的な存在感を示していましたが、IntelのCPU事業とは直接競合していませんでした。
AI時代の到来が、すべてを変えました。GPUの浮動小数点演算能力は、機械学習において決定的な優位性を持ちます。CPUで1週間かかる学習が、GPUなら半日で終わる—この性能差が、NVIDIAを半導体業界の頂点へと押し上げました。
NVIDIAはデータセンターGPU市場で92%のシェアを誇ります。2023年の売上高は、第1四半期の43億ドルから第4四半期には160億ドルへと272%増という驚異的な成長を遂げました。生成AIブームがもたらした結果です。
一方、Intelのデータセンター向け売上高は伸び悩み、下落基調にあります。かつて四半期で60億ドル以上を稼いでいた分野で、今ではその半分程度。サーバーの「常識」が激変する中、NVIDIアのGPUがIntelのCPUを圧倒しています。
苦境からの脱出:Intelの挑戦
Intelの現状は厳しいものです。2024年第1四半期以降、営業赤字・当期赤字が拡大。かつて四半期200億ドル前後だった売上高は、150億ドルを超えることが難しくなっています。
対応策として、2025年までに100億ドルのコスト削減という大規模な構造改革が進行中です。2025年3月には、ケイデンス元CEOのリップ・ブー・タン氏が新CEOに就任し、経営陣の刷新も図られています。
技術面では、AI PC向けの「Intel Core Ultra」プロセッサに注目が集まります。従来のCPU・GPUに加え、AI専用プロセッサ「NPU」を搭載したこのチップは、Intelの新たな戦略を象徴しています。
競争は、確実に技術を進化させてきました。AMDの躍進がCPU市場に健全な競争をもたらし、NVIDIAのGPU技術がAI革命を加速させています。かつての二強構図は、複雑な多極化へと変容しました。
技術の進化は、誰のものか
創業から57年。Intelは常に技術革新の最前線にいました。「ムーアの法則」が示す指数関数的な進歩は、この企業のDNAに刻まれています。
しかし今、AI時代という新たな地平で、IntelはAMD、NVIDIAという強力なライバルと対峙しています。過去の栄光は、未来を保証しません。変革への挑戦だけが、次の時代への道を開きます。
技術は競争の中で磨かれ、その恩恵は私たちすべてに届く—そのシンプルな真実を、この57年の歴史は静かに物語っています。
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参考リンク
用語解説
x86アーキテクチャ Intelが1978年に発表した8086プロセッサに由来する命令セットアーキテクチャ。現在のPCの大部分がこのアーキテクチャを採用しており、ソフトウェアの互換性を保ちながら進化を続けている。
ムーアの法則 Intel共同創業者ゴードン・ムーアが1965年に提唱した経験則。半導体の集積密度が18〜24ヶ月ごとに倍増するという予測で、半導体業界の技術開発指針として長年機能してきた。
GPU (Graphics Processing Unit) グラフィックス処理に特化した演算装置。並列処理能力に優れ、AI・機械学習の分野でCPUを大きく上回る性能を発揮する。
NPU (Neural Processing Unit) AI処理に特化したプロセッサ。機械学習の推論処理を効率的に実行するよう設計されており、AI PC時代の中核技術として注目されている。



































