TSMCやSamsungが支配する半導体製造の世界地図を、日本発のAI技術が塗り替えるかもしれない。Rapidusが2026年から提供する「Raads」は、設計コスト30%削減を実現し、2nm世代への参入障壁を劇的に下げる切り札となる。
Rapidus株式会社は2025年12月17日、東京で開催されたSEMICON Japanにて、新しいAI設計ツール群を発表した。これらのツールはRapidus AI-Agentic Design Solution(Raads)として2026年からリリースされ、プロセス設計キットおよびリファレンスフローとともに顧客へ提供される。
発表されたツールには、大規模言語モデル(LLM)に基づくEDAツールであるRaads Generatorと、物理設計の最適化ツールであるRaads Predictorが含まれる。Raads Generatorは設計者が入力した半導体仕様から、Rapidusの2nmプロセスに最適化されたレジスタ転送レベル(RTL)設計データを出力する。
Raadsを既存のEDAツールと組み合わせることで、設計時間を50%、設計コストを30%削減できるとしている。2026年にはRaads Navigator、Raads Indicator、Raads Manager、Raads Optimizerといった追加ツールもリリースされる予定だ。
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Rapidus unveils new AI design tools for advanced semiconductor manufacturing
【編集部解説】
日本の半導体産業復活への期待を背負うRapidusが、2026年から提供を開始する新しいAI設計ツール群は、半導体設計の常識を変える可能性を秘めています。
今回発表されたツールの核心は、大規模言語モデル(LLM)を活用した設計の自動化です。Raads Generatorは、設計者が自然言語に近い形で半導体の仕様を入力すると、2nmプロセスに最適化されたRTL(レジスタ転送レベル)設計データを自動生成します。これは、従来であれば熟練した設計者が数週間かけて行っていた作業を、大幅に短縮できることを意味しています。
もう一つの注目点は、Raads Predictorによる早期のPPA(Power Performance Area:消費電力、性能、チップ面積)予測です。半導体設計では、実際に製造する前にこれらの指標を正確に見積もることが極めて重要ですが、従来は物理設計の後半段階まで待たなければなりませんでした。Raads Predictorは、RTL段階という設計の早い時点でPPAを予測することで、手戻りを大幅に削減します。
Rapidusが主張する設計時間50%削減、設計コスト30%削減という数字は、半導体業界にとって革命的です。現在、最先端の2nmプロセスでの設計には膨大な時間とコストがかかり、これが多くの企業にとって参入障壁となっています。
重要なのは、これらのツールが単独で機能するのではなく、RapidusのRUMS(Rapid and Unified Manufacturing Service)という製造モデル全体の一部として位置づけられている点です。同社のIIM-1ファウンドリは、全製造プロセスで単一ウェーハ処理を採用しており、各ウェーハから詳細なデータを収集できます。このデータをAIが学習することで、設計と製造の最適化サイクルが加速されます。
2026年にはRaads Navigator、Raads Indicator、Raads Manager、Raads Optimizerといった追加ツールのリリースも予定されており、包括的な設計エコシステムが構築されます。特にRaads Managerは機械学習を活用した階層設計の最適化、Raads OptimizerはPPA最適化のためのパラメータ探索を自動化します。
一方で、留意すべき点もあります。LLMベースのツールは確かに強力ですが、半導体設計の複雑さを完全に理解し、すべてのエッジケースに対応できるまでには時間がかかるでしょう。また、Rapidusの2nmプロセスに特化して最適化されているため、他のファウンドリへの転用可能性は限定的かもしれません。
それでも、この取り組みは日本の半導体産業にとって重要な一歩です。TSMCやSamsungといった既存のファウンドリ大手に対抗するには、製造技術だけでなく、設計を含めた総合的なソリューションが必要です。AIを活用した設計支援という差別化要素は、Rapidusの競争力を高める可能性があります。
2027年の量産開始を目指すRapidusにとって、2026年のツール提供開始とPDK(プロセス設計キット)の配布は、顧客獲得のための重要なマイルストーンとなります。
【用語解説】
RTL(レジスタ転送レベル)
半導体設計における抽象度の一つで、デジタル回路の動作をレジスタ間のデータ転送として記述する設計手法。VerilogやVHDLなどのハードウェア記述言語で記述され、論理合成の入力として使用される。
PPA(Power Performance Area)
半導体設計における3つの重要な評価指標。Power(消費電力)、Performance(性能・動作速度)、Area(チップ面積)の頭文字をとったもので、これらはトレードオフの関係にあり、設計者は用途に応じて最適なバランスを見つける必要がある。
EDA(Electronic Design Automation)
半導体の設計、検証、製造データ作成を自動化するソフトウェアツール群の総称。Synopsys、Cadence、Siemensなどが主要なEDAツールベンダーとして知られる。
LLM(大規模言語モデル)
膨大なテキストデータで訓練された自然言語処理のAIモデル。ChatGPTなどに使われている技術で、Rapidusはこれを半導体設計の自動化に応用している。
GAA(Gate All Around)
次世代トランジスタ構造で、ゲート電極がチャネルを全方位から囲む設計。FinFETの後継技術として2nm世代以降で採用され、より高性能で低消費電力を実現する。
PDK(Process Design Kit)
特定の製造プロセスで半導体を設計するために必要な設計ルール、シミュレーションモデル、標準セルライブラリなどをまとめたパッケージ。ファウンドリが顧客に提供する。
ファウンドリ
半導体の製造を専門に請け負う企業。設計を行わず、他社から委託を受けて製造のみを行うビジネスモデル。TSMCやSamsungが代表的。
RUMS(Rapid and Unified Manufacturing Service)
Rapidusが提唱する新しい製造サービスモデル。設計から製造、パッケージングまでを統合し、世界最速のサイクルタイムを実現することを目指す。
単一ウェーハ処理(Single-wafer processing)
従来のバッチ処理ではなく、1枚ずつウェーハを処理する製造方式。各ウェーハから詳細なデータを収集でき、AIによるプロセス最適化に適している。
EUV(Extreme Ultraviolet)リソグラフィ
波長13.5nmの極端紫外線を使用する最先端の露光技術。7nm以下の微細プロセスに不可欠で、ASMLが独占的に製造装置を供給している。
【参考リンク】
Rapidus Corporation 公式サイト(外部)
日本の先端半導体製造を目指すRapidusの公式サイト。2nm世代の半導体製造を2027年に開始予定。
Rapidus ビジネス・技術紹介ページ(外部)
RUMSコンセプト、Raads設計ツール、2nm GAA技術などの詳細な技術解説を掲載。
Synopsys 公式サイト(外部)
世界最大手のEDAツールベンダー。半導体設計の業界標準ツールを提供している。
ASML 公式サイト(外部)
EUVリソグラフィ装置を独占的に製造するオランダの企業。Rapidusも最新装置を導入。
SEMICON Japan 公式サイト(外部)
アジア最大級の半導体製造装置・材料の国際展示会。今回の発表会場でもある。
【参考記事】
Rapidus Achieves Significant Milestone at its State-of-the-Art Foundry with Prototyping of Leading-Edge 2nm GAA Transistors(外部)
2025年7月18日のプレスリリース。2025年6月に200台以上の最先端半導体製造装置を接続し、2nm GAAトランジスタのプロトタイピングを開始したことを発表している。
Rapidus’ 2nm pilot line starts operation “We Can Do It!” — Rapidus CTO Kazunari Ishimaru on the future of Japan’s advanced semiconductors(外部)
Rapidus CTO石丸一成氏のインタビュー記事。Raads Predictorの性能予測機能やRaads Generatorの自動生成計画、Raadsを無料ツールとして提供する意図などが語られている。
The Reality of IIM-1: Manufacturing the World’s Most Advanced 2nm Semiconductors — The Vision Behind the “Soul Lot”(外部)
IIM-1ファウンドリの現状に関するインタビュー記事。2026年第1四半期に初期顧客向けPDKをリリース予定で、RaadsがPDKに含まれることが明記されている。
Rapidus Achieves Successful Prototyping of 2nm Gate-All-Around (GAA) Transistors(外部)
Embedded.comの技術解説記事。Rapidusの単一ウェーハ処理とAIベース制御の関係、製造データがRaadsで分析されるMFDコンセプトが紹介されている。
【編集部後記】
Rapidusのような日本発の挑戦が、TSMCやSamsungが支配する半導体製造の世界地図を塗り替えられるのか、私も注目しています。AIが半導体設計そのものを変えていく過程は、まさに「道具が道具を作る」という人類の技術進化の本質を体現しているように感じます。
みなさんは、この技術革新が日本の産業全体にどのような影響を与えると思いますか。設計時間が半分になる世界では、どんな新しい半導体が生まれてくるのでしょうか。一緒に未来を見つめていきたいと思います。































