スイス・アメリカのディープテックスタートアップEnlightraが、AIおよびデータセンター向けのチップスケールマルチ波長レーザー技術開発のため、合計1500万ドルの資金調達を実施した。
同社のシリコンフォトニクスベースのレーザーは、AIクラスター内のGPUやTPUなどのコンピューティングチップ間を接続する銅配線を、高帯域幅かつエネルギー効率の高い光学リンクに置き換える。McKinseyによると、エネルギー効率の高い相互接続市場は2030年までに240億ドルに達すると予測されている。
投資家にはY Combinator、Runa Capital、Pegasus Tech Ventures、Protocol Labs、Halo Labs、Asymmetry Ventures、TRAC VCなどが含まれる。25人のチームを持つEnlightraは8チャネルおよび16チャネルレーザーを開発し、パイロット生産は2027年に予定されている。
同社は2022年に設立され、スイスのローザンヌに拠点を置く。
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Enlightra Raises $15M to Advance Laser Interconnects for AI and Quantum Systems
【編集部解説】
AIインフラの進化において、データ転送の速度と消費電力は切実な課題となっています。現在の大規模AIクラスターでは、数千から数万のGPUが協調して学習を行いますが、これらのチップ間を結ぶ銅配線が物理的な限界に達しつつあります。
Enlightraが開発するマルチ波長レーザー技術の本質は、1本の光ファイバーに複数の「色」(波長)のレーザー光を同時に流し、それぞれを独立したデータチャネルとして利用する点にあります。従来は数十個の個別レーザーが必要だったところを、単一のチップスケール光源に統合することで、電力消費、コスト、物理的スペースの大幅な削減を実現しています。
この技術が特に注目される理由は、業界標準のシリコンフォトニクス製造プロセスで生産可能な点です。既存の半導体製造インフラを活用できるため、年間数百万台規模での量産が視野に入ります。NVIDIA、Broadcom、Google、METAといった業界大手がすでに光学相互接続への投資を加速させている現状を考えると、Enlightraの技術は適切なタイミングで市場に登場したと言えるでしょう。
さらに興味深いのは、AIデータセンター以外への応用可能性です。量子通信や宇宙ベースの通信、海底ケーブル、チップ間メモリ相互接続など、高速・長距離のデータ伝送が求められる分野への展開が見込まれています。
ただし、2027年のパイロット生産開始から本格的な市場投入までには、製造歩留まりの向上、既存システムとの互換性確保、長期信頼性の実証といった課題が残されています。光学相互接続市場は急成長が予測されるものの、競合も激しい分野であることは認識しておく必要があります。
【用語解説】
シリコンフォトニクス
シリコン基板上に光学素子を集積する技術。従来の電気信号ではなく光信号でデータを伝送することで、高速・低消費電力な通信を実現する。既存の半導体製造プロセスを活用できるため、量産性に優れる。
GPU(Graphics Processing Unit)
画像処理用に開発された演算装置だが、並列計算能力の高さから、現在はAIの機械学習や深層学習に広く使用されている。大規模AIモデルの学習には数千から数万のGPUが協調動作する。
TPU(Tensor Processing Unit)
Googleが開発した機械学習専用のプロセッサ。ニューラルネットワークの計算に特化した設計により、GPUよりも効率的に深層学習を実行できる。
光周波数コム
等間隔に並んだ複数の周波数(色)を持つレーザー光のこと。櫛(コム)の歯のように規則正しく並んだスペクトルを持つことからこの名がある。精密計測や光通信の多重化に利用される。
マルチ波長レーザー
複数の異なる波長(色)のレーザー光を同時に発生させる光源。各波長を独立したデータチャネルとして使用することで、1本の光ファイバーで大容量の並列通信が可能になる。
【参考リンク】
Enlightra(外部)
スイス拠点のディープテックスタートアップ。チップスケールマルチ波長レーザー技術でAIデータセンターや量子通信向け光学相互接続を開発。
Y Combinator(外部)
シリコンバレー代表のアクセラレーター。Airbnb、Dropbox、Stripeなど有名企業を輩出。年2回のプログラムで選抜企業を支援。
Runa Capital(外部)
ディープテック特化のVC。AI、量子技術、サイバーセキュリティ、クラウドインフラなど革新技術に投資し、欧米でグローバル展開。
NVIDIA(外部)
GPU市場のリーディングカンパニー。AI向け高性能コンピューティングプラットフォームを提供し、光学相互接続技術の研究開発にも注力。
The Quantum Insider(外部)
量子技術とディープテック専門メディア。量子コンピューティング、量子通信、量子センシングなど量子技術のビジネス動向を報じる。
【参考記事】
Enlightra – Company Profile(外部)
Y CombinatorのEnlightra企業プロフィール。2022年設立スイス拠点のフォトニクススタートアップとして光相互接続技術開発を紹介。
McKinsey – The data center industry in 2030(外部)
McKinseyのデータセンター産業将来予測。エネルギー効率、相互接続技術、AIワークロード増加を重要トレンドとして分析。
【編集部後記】
AIの進化を支えるのは、華やかなアルゴリズムだけではありません。データセンターの奥深くで、光と電子が織りなす「接続」の革新が、次の時代を静かに準備しています。Enlightraのような企業が挑む光学相互接続は、私たちが目にするAIサービスの裏側で、膨大なエネルギーと戦っている現実を映し出しています。
この技術が普及した未来では、どのような変化が訪れるでしょうか。消費電力の削減は、AI開発の民主化にもつながるかもしれません。皆さんは、こうしたインフラ技術の進化が、社会にどんな影響を与えると考えますか。































