Rapidus株式会社は2025年12月17日、同社が提唱するRUMS(Rapid and Unified Manufacturing Service)を推進するためのコンセプト「Raads」を具現化したツール群を発表した。2026年度から順次リリースする。Raadsは複数のツール群で構成され、PDK(Process Design Kit)やリファレンスフローとともに顧客に提供される。従来「Rapidus AI-Assisted Design Solution」として構想していたものを「Rapidus AI-Agentic Design Solution」へと進化させる。既存のEDAツールとあわせてRaadsを活用することで、設計期間の50%短縮と設計コストの30%削減を可能にする。
主なツールとして、LLMベースのEDAツールである「Raads Generator」と、RTLデバッグおよび物理設計・配置配線の最適化ツール「Raads Predictor」を提供する。今後「Raads Navigator」「Raads Indicator」「Raads Manager」「Raads Optimizer」を順次リリースする。同社のIIM-1では、2025年6月までに200台以上の世界最先端の枚葉式半導体製造装置を接続し、2nm GAAトランジスタの試作を開始し動作を確認した。
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Rapidus、AIを活用した独自の「Raads」コンセプトを具現化~設計支援ツール群を順次リリース~

【編集部解説】
日本の半導体産業復活という歴史的文脈の中で、Rapidusが発表したAI設計ツール「Raads」は、単なる技術革新を超えた戦略的意義を持っています。
半導体設計における最大のボトルネックは、設計期間の長期化とコストの高騰です。最先端の2nmプロセスでは、従来のEDA(電子設計自動化)ツールだけでは設計者の負担が膨大になります。Rapidusが今回発表したRaadsは、この課題に対する答えとして、LLM(大規模言語モデル)と機械学習を活用した包括的な設計支援ツール群を提供します。
特筆すべきは「AI-Assisted」から「AI-Agentic」へのコンセプト転換です。これは単なる支援ツールではなく、AIが能動的に設計プロセスに関与する「エージェント」として機能することを意味します。設計者が仕様を入力すると、Raads GeneratorがRapidusの2nmプロセスに最適化されたRTL(レジスタ転送レベル)設計データを自動生成し、Raads PredictorがPPA(消費電力・性能・面積)を短期間で予測します。
この仕組みにより、設計期間50%短縮、設計コスト30%削減という具体的な数値目標を掲げています。これは半導体業界において極めて大きなインパクトです。TSMCやSamsungといった既存の大手ファウンドリとの競争において、Rapidusは技術ノードでは一歩遅れていますが、設計から製造までのサイクルタイムを大幅に短縮することで差別化を図ろうとしています。
Rapidusの強みは、IIM-1工場で採用している全工程枚葉プロセスにあります。従来のバッチ処理とは異なり、1枚ずつウェーハを処理することで、より詳細なデータ収集が可能になり、それがAIモデルのトレーニングに活用されます。2025年6月までに200台以上の最先端装置を接続し、7月には2nm GAAトランジスタの試作を開始して動作確認に成功したという事実は、驚異的なスピード感を示しています。
一方で、課題も存在します。Rapidusは2027年の量産開始を目指していますが、その時点でTSMCはすでに次世代ノードに移行している可能性があります。また、顧客獲得という点でも、実績のある既存ファウンドリとの競争は容易ではありません。しかし、RaadsのようなAI設計ツールを独自に開発し、PDK(プロセス設計キット)とセットで提供することで、設計の敷居を下げ、より多くの顧客を獲得する戦略は理にかなっています。
日本政府は既に約1.72兆円の支援を決定しており、これは国家戦略としての半導体産業再興の意志を示しています。IBMとの技術提携により、同社のエンジニアが北海道の工場に派遣されているという報道もあり、技術移転が着実に進んでいることが窺えます。
Raadsの真の価値は、半導体設計の民主化にあるかもしれません。従来は一部の大企業しか扱えなかった最先端プロセスでの設計を、AI支援により中小企業やスタートアップでも可能にすることで、イノベーションの裾野を広げる可能性を秘めています。
【用語解説】
RTL(Register Transfer Level / レジスタ転送レベル)
半導体設計における抽象度の一つで、デジタル回路の動作をレジスタ間のデータ転送として記述する設計レベル。VerilogやVHDLといったハードウェア記述言語で記述され、論理合成ツールによってゲートレベルの回路に変換される。設計者は物理的な実装の詳細を気にせず、高レベルで回路の機能を定義できる。
EDA(Electronic Design Automation / 電子設計自動化)
半導体チップの設計、検証、製造準備を支援するソフトウェアツールの総称。回路図作成、論理合成、配置配線、タイミング検証など、チップ設計の各工程を自動化する。Synopsys、Cadence、Siemens EDAが業界大手。現代の数十億トランジスタを含む複雑な半導体設計には不可欠。
PDK(Process Design Kit / プロセス設計キット)
特定の製造プロセスに対応した設計データのパッケージ。デバイスモデル、設計ルール、標準セルライブラリなどを含む。設計者がこれを使用することで、製造可能な回路を設計できる。ファウンドリが提供し、設計と製造の橋渡しをする重要なツール。
PPA(Power Performance Area)
半導体設計における3つの重要な評価指標。Power(消費電力)、Performance(性能・動作速度)、Area(チップ面積)の頭文字。これらはトレードオフの関係にあり、設計者は用途に応じて最適なバランスを見つける必要がある。AI設計ツールはこのPPA最適化を自動化する。
GAA(Gate All Around / ゲートオールアラウンド)トランジスタ
次世代トランジスタ構造の一つで、チャネルの全周をゲートが囲む構造。従来のFinFETよりも優れたゲート制御性を持ち、より微細化が可能。2nmプロセス以降の主要技術として、TSMCやSamsungも採用している。
LLM(Large Language Model / 大規模言語モデル)
膨大なテキストデータで訓練された大規模なニューラルネットワークモデル。自然言語の理解と生成が可能で、ChatGPTなどに使用されている。Rapidusは半導体設計仕様の入力からRTLコード生成にLLMを活用する。
枚葉プロセス(Single Wafer Processing)
ウェーハを1枚ずつ処理する製造方式。従来のバッチ処理と異なり、各ウェーハから詳細なデータ収集が可能。Rapidusはこれを全工程に導入し、AIによるプロセス最適化に活用している。
RUMS(Rapid and Unified Manufacturing Service)
Rapidusが提唱する新しいファウンドリサービスモデル。設計、ウェーハ製造、3Dパッケージングまでを統合し、サイクルタイム短縮を実現する。枚葉プロセスとAI設計ツールを組み合わせた独自のアプローチ。
2nmプロセス
半導体製造における最先端プロセス技術。トランジスタのゲート幅が名目上2ナノメートル(実際の物理寸法とは異なる)。7nmチップと比較して45%高性能、75%省電力とされる。TSMCが2025年に量産開始、Rapidusは2027年を目指している。
【参考リンク】
Rapidus株式会社(外部)
2022年設立の日本の半導体ファウンドリ企業。北海道千歳市に2nm対応工場IIM-1を建設中。
IBM Research – Semiconductors(外部)
IBMの半導体研究部門。2nmノード以下のチップ、3Dナノシートトランジスタ技術などを開発。
Synopsys(外部)
世界最大のEDAツールベンダー。論理合成、検証、物理設計など包括的なツールを提供。
Cadence Design Systems(外部)
EDA業界第2位の企業。配置配線、アナログ設計、検証ツールに強み。
TSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)(外部)
世界最大の半導体ファウンドリ。2nmプロセスを2025年に量産開始。
【参考記事】
Rapidus unveils new AI design tools for advanced semiconductor manufacturing(外部)
Rapidusの公式英語プレスリリース。Raadsツール群の詳細と数値目標を掲載。
Rapidus Achieves Significant Milestone with Prototyping of 2nm GAA Transistors(外部)
2025年7月のマイルストーン発表。装置接続完了と2nm試作成功を公表。
Japan’s Rapidus set to rival TSMC and Samsung for chip supremacy(外部)
Rapidusの戦略的位置づけを分析。枚葉プロセスの優位性と日本の半導体復活への意義を論じる。
Rapidus showcases 2nm chip prototypes, eying 2027 mass production(外部)
月産7,000枚から25,000~30,000枚への生産能力増強計画を報道。
【編集部後記】
日本の半導体産業が再び世界の最前線に立とうとしている今、Rapidusの挑戦は私たち一人ひとりに問いかけています。AI時代に求められる半導体とは何か、設計と製造の在り方はどう変わるべきなのか。
TSMCやSamsungとは異なるアプローチで、設計期間の大幅短縮を目指すRaadsの取り組みは、技術の民主化という新たな可能性も示唆しています。みなさんは、この国家プロジェクトにどのような未来を見出しますか。2027年の量産開始まで、innovaTopia編集部も注視し続けます。































