半導体の性能を左右するのは、目に見えない「平らさ」だった。キヤノンが開発したIAP技術は、インクジェットとナノインプリントを組み合わせ、髪の毛の10万分の5という精度でウエハーを平坦化する。従来の複雑な研磨工程を一括処理に変え、2027年の製品化を目指すこの技術が、半導体製造の常識を塗り替えようとしている。
キヤノン株式会社は2026年1月13日、ナノインプリントリソグラフィ技術を応用したウエハー平坦化技術「Inkjet-based Adaptive Planarization(IAP)」を世界で初めて実用化したと発表した。
同社は2027年中にIAP技術を用いた装置の製品化を目指す。IAP技術は、ウエハー表面の凹凸分布に応じてインクジェット方式で平坦化材料を配置し、平坦なガラス板を押し当てる方式である。直径300mmのウエハー全面を一括工程で平坦化し、表面の凹凸を5nm以下に抑えることが可能だ。キヤノンは2023年10月に半導体製造装置「FPA-1200NZ2C」を発売している。同社は2026年2月25日にサンノゼ・コンベンションセンターで開催されるSPIEアドバンスド・リソグラフィー・アンド・パターニング・カンファレンスでIAP技術と実用化結果を発表する予定である。
From:
ナノインプリントリソグラフィ技術を応用したウエハー平坦化技術を世界で初めて実用化 先端半導体製造に求められる平坦度を飛躍的に向上 | キヤノングローバル


【編集部解説】
半導体製造の世界では、回路の微細化が進むほど「平らにする」という作業の難易度が指数関数的に上がります。今回キヤノンが発表したIAP技術は、この業界の長年の課題に対する革新的なアプローチとして注目されます。
従来の平坦化技術には大きく分けて2つの主流手法があります。1つは薄膜を回転塗布するスピンコート技術、もう1つは化学的・機械的に研磨を繰り返すCMP技術です。しかし、スピンコートは厚膜での平坦化に物理的な限界があり、CMPは複数回の研磨工程が必要で、工程の複雑化とコスト増加が課題となっています。
キヤノンが開発したIAP技術の革新性は、インクジェット技術とナノインプリント技術を組み合わせた点にあります。ウエハー表面の凹凸分布をリアルタイムで計測し、必要な箇所に必要な量の樹脂材料をインクジェットで正確に配置する。その上から平坦なガラス板を押し当てることで、300mm径のウエハー全面を一括工程で平坦化できるのです。
5nm以下という平坦度は、現在最先端の半導体製造において極めて重要な数値です。3D NAND型メモリーでは100層を超える積層構造が一般的になり、わずかな表面の凹凸が積層ミスや回路パターンのズレを引き起こします。また、2nmプロセスノードのロジック半導体では、回路線幅そのものが10nm前後になるため、表面の平坦性が歩留まりに直結します。
この技術の潜在的なインパクトは製造コストの削減だけに留まりません。工程の簡略化により、半導体工場での消費電力や廃棄物の削減にも貢献する可能性があります。CMP工程で使用される研磨スラリーの消費量削減は、環境負荷の観点からも重要です。
ただし、量産適用には慎重な検証が必要でしょう。半導体製造では、新技術の導入に伴うリスク評価に通常2〜3年を要します。2027年の製品化に向けて、実際の製造ラインでの耐久性試験や、さまざまな回路パターンでの適用範囲の検証が進められることになります。
キヤノンは2023年10月に発売した半導体製造装置FPA-1200NZ2Cで、すでにナノインプリント技術の実用化に成功しています。今回のIAP技術は、その技術資産を平坦化という別の工程に応用した戦略的な展開といえるでしょう。半導体製造装置市場において、従来の光露光技術とは異なるアプローチで微細加工を実現するNIL技術の応用範囲を広げる戦略的な展開として、業界の注目を集めています。
【用語解説】
ナノインプリントリソグラフィ(NIL)
回路パターンを刻んだマスク(型)を、レジスト(樹脂)を塗布したウエハーに直接押し当てて転写する技術である。従来の光露光技術と異なり、光学系を使わずハンコのように「押印」することで回路を形成する。消費電力とコストの削減が期待されている。
IAP(Inkjet-based Adaptive Planarization)
キヤノンが開発したウエハー平坦化技術の名称である。インクジェット方式で平坦化材料を最適配置し、平坦なガラス板を押し当てることで、ウエハー表面の凹凸を5nm以下に抑える。
CMP(ケミカル・メカニカル・ポリッシング)
化学的・機械的研磨を組み合わせた平坦化技術である。研磨スラリーと研磨パッドを使用してウエハー表面を削り、平坦化する。現在の主流技術だが、複数回の研磨工程が必要で工程複雑化とコスト増加の要因となっている。
スピンコート
ウエハーを高速回転させながら液体材料を塗布する技術である。遠心力により薄膜が均一に広がる。平坦化技術としても使われるが、厚膜での平坦化には物理的限界がある。
ウエハー
半導体デバイスを製造するための薄い円盤状の基板である。シリコン単結晶から切り出され、直径300mmが現在の主流サイズとなっている。
プロセスノード
半導体製造における微細化の世代を示す指標である。5nmや2nmといった数値で表され、回路の最小寸法を示す。数値が小さいほど微細化が進んでいる。
3D NAND
メモリーセルを垂直方向に積層する構造のフラッシュメモリーである。現在は100層を超える積層が一般的で、高容量化を実現している。積層数が増えるほど平坦化技術の重要性が高まる。
EUV露光装置
波長13.5nmの極端紫外線を使用する半導体露光装置である。最先端半導体の製造に不可欠で、オランダのASMLが市場を独占している。1台あたり数百億円の高額装置である。
【参考リンク】
キヤノングローバル – ナノインプリントリソグラフィ技術(外部)
キヤノンのNIL技術に関する公式技術解説ページ。マスクとウエハーの位置合わせ技術、パーティクル対策、制御技術などの詳細が記載されている。
キヤノン株式会社 – 半導体製造装置事業(外部)
キヤノンの半導体リソグラフィ装置に関する公式製品情報サイト。FPAシリーズの仕様や特徴、メトロロジーシステムなどの情報が掲載されている。
ASML公式サイト(外部)
オランダの半導体製造装置メーカーASMLの公式サイト。EUV露光装置を独占供給する世界最大手で、半導体業界の技術動向を知る上で重要な情報源である。
SPIE Advanced Lithography + Patterning Conference(外部)
半導体リソグラフィ技術の国際学会。キヤノンが2026年2月25日にIAP技術の発表を予定している会議で、業界の最新研究成果が集まる場となっている。
【参考動画】
Nanoimprint Lithography (Canon Official)
キヤノン公式が2023年2月に公開したNIL技術の解説動画(3分40秒)。ナノインプリント技術の仕組みと、従来の露光技術との違い、消費電力削減効果などをビジュアルで分かりやすく説明している。
A Deep Dive Into Canon’s Nanoimprint Lithography – Asianometry
半導体業界分析で定評のあるAsianomentryによるキヤノンNIL技術の詳細解説動画(約20分)。2023年10月の発表時に制作され、技術的な課題、マスク品質、業界での位置づけなどを深く掘り下げている。
【参考記事】
CMP Challenges Seen For 200mm, Silicon Carbide – Semiecosystem(外部)
半導体業界専門家による2024年8月のCMP技術の課題分析。従来のCMP技術が抱える複数回研磨工程の複雑さ、コスト増加の問題など詳述されている。
Canon Opens Semiconductor Manufacturing Systems Factory North of Tokyo(外部)
2025年7月の読売新聞による報道。キヤノンが宇都宮に半導体製造装置の新工場を開設し、500億円を投資。2027年までにフル稼働を目指している。
3D NAND memory device and method of forming the same – Google Patents(外部)
3D NANDメモリーの製造方法に関する特許文書。100層を超える積層構造において、各層間の平坦性が製造歩留まりに直結することが詳細に記載されている。
【編集部後記】
半導体製造において「平らにする」という一見シンプルな工程が、実は最先端技術の成否を左右する重要なプロセスだったこと、ご存知でしたか?ナノメートルの世界では、目に見えないわずかな凹凸が、私たちのスマートフォンやPCの性能に直結しています。
キヤノンのIAP技術は、インクジェットという身近な技術を半導体製造に応用した好例です。今後、この技術がどのように製造現場に浸透し、半導体のコストや性能にどんな影響を与えていくのか、一緒に見守っていきませんか?



































