AIデータセンターの主役はGPUだと思われがちですが、その土台を支えるCPUの覇権争いも、静かに、しかし確実に動き始めています。長年x86とArmが独占してきたこの領域に、オープンソースのRISC-Vが本格参入しようとしています。その動きを後押しするのが、GPUの絶対王者であるNVIDIA自身だというのは、半導体産業の複雑な力学を象徴するニュースです。
2026年4月、UCバークレーのエンジニアたちが2015年に設立したチップ設計企業SiFiveは、4億ドルの資金調達(オーバーサブスクライブ)を完了し、企業評価額は36.5億ドルに達した。
ラウンドはAtreides Managementが主導し、NVIDIAも出資者に加わった。他の参加者にはApollo Global Management、D1 Capital Partners、Point72 Turion、T. Rowe Price、Sutter Hill Venturesなどが含まれる。
同社のビジネスモデルはかつてのArmに倣い、チップ設計のライセンス供与に特化する。前回の資金調達は2022年3月で、Coatue Management主導による1億7,500万ドルだった(SiFive公式発表では評価額25億ドル超、Pitchbookはプレマネー23.3億ドルと推計)。今回の調達を機に、組み込みシステム向けが主流だったRISC-VをAIデータセンター向けCPU設計へと展開する。同社の設計はNVIDIAのCUDAソフトウェアおよびNVLink Fusionとの連携に対応する。
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Nvidia-backed SiFive hits $3.65 billion valuation for open AI chips
【編集部解説】
NVIDIAはなぜ「潜在的な競合」に投資するのか
今回の資金調達で最も目を引くのは、NVIDIAが出資者に名を連ねている点です。IntelやAMDがNVIDIAのGPU支配に対抗しようとしている市場で、なぜNVIDIAは別のCPU設計企業を支援するのでしょうか。
この問いに対する答えは、NVIDIAのビジネスモデルの構造にあります。NVIDIAの真の「堀」(moat)は、GPUそのものよりも、その上に構築されたCUDAソフトウェアスタックとNVLink接続基盤にあります。SiFiveのRISC-V CPUがNVIDIAのNVLink Fusionを通じてGPUに接続される限り、CPUの命令セットが何であっても、システム全体はNVIDIA中心のアーキテクチャ上で動きます。
NVIDIAのCEO ジェンスン・フアン(Jensen Huang)は、2026年1月のSiFiveとのNVLink Fusion統合発表の際、「カスタマイズ可能なRISC-V CPUとNVIDIAアクセラレータを組み合わせることで、スケーラブルで電力効率の高い特化型AIインフラを構築できる」(発言の一部)と述べています。言い換えれば、NVIDIAにとってSiFiveへの投資は「競合の育成」ではなく、「自社エコシステムの入口を広げる」行為です。CPUの選択肢が増えるほど、NVIDIAのGPUプラットフォームに参入するハイパースケーラーが増えるという論理です。
実は、NVIDIAとRISC-Vの関係は今回始まったものではありません。NVIDIAは2016年から自社GPU内部の管理用マイクロコントローラ(旧称Falcon)をRISC-Vベースのコアに置き換え始めており、2024年には約10億個のRISC-Vコアを出荷したとされています。GPUのチップ1基あたり10〜40個のRISC-Vコアが、電力管理やセキュリティ、ビデオコーデックなどの制御を担っています。さらに2025年7月、NVIDIAは中国で開催されたRISC-VサミットでCUDAプラットフォームのRISC-V CPU対応への取り組みを発表しました。今回のSiFiveへの出資は、こうした段階的な関与の延長線上にあります。
NVLink Fusionが変える「接続の主導権」
NVLink Fusionは、NVIDIAが2025年5月に発表したラックスケールの相互接続技術で、NVIDIA以外のCPUやアクセラレータをNVIDIAのGPUとコヒーレント(メモリ整合性を保った)高帯域で接続することを可能にします。従来のPCIeベースの接続と比較して、レイテンシの低減とデータ移動の効率化が見込まれます。
NVLink Fusionのパートナーには、Arm、Intel、MediaTek、Qualcomm、Synopsysなどが名を連ねています。SiFiveは、RISC-Vアーキテクチャとしては初めてこのプログラムに参加した企業です。
ここで注目すべきは、NVLink Fusionが「開放」のように見えて、実質的にはNVIDIA中心のラックアーキテクチャへの求心力を強める仕組みであるという点です。どのCPUを使おうと、接続のプロトコルはNVIDIAが定義している。これは、オープンソースのインターコネクト規格であるUALink(Ultra Accelerator Link)とは対照的な位置づけです。SiFiveがNVLink Fusionを選択し、UALinkに言及しなかった点は、オープンアーキテクチャの旗手であるRISC-V企業が、接続レイヤーではプロプライエタリな選択をしたことを意味します。
ただし、SiFive CEOのパトリック・リトル(Patrick Little)は、NVLink Fusion対応のチップ設計が実際に利用可能になるのは2027年以降になるとの見通しを示しています。今回の資金調達はその開発を加速するためのものであり、成果が市場に出るまでにはまだ時間がかかります。
三つの命令セットが描く「AIデータセンターCPU」の勢力図
今回のSiFiveの動きを理解するには、AIデータセンターにおけるCPUの役割変化と、三大命令セットアーキテクチャ(ISA)の力学を俯瞰する必要があります。
AIワークロードの中心はGPUですが、GPUだけではシステムは動きません。タスクのスケジューリング、メモリ管理、ネットワーク処理、データの前処理・後処理——これらはすべてCPUの仕事です。特に、複数のAIエージェントが自律的にタスクを連鎖させる「エージェンティックAI」が主流になりつつある現在、CPUにはシステム全体のオーケストレーション(統合的な指揮)能力が求められています。
この「AIデータセンターCPU」市場をめぐり、三つのISAがそれぞれ異なる戦略で動いています。
x86(Intel、AMD)は、長年データセンターCPUの標準でした。しかしAI時代には、電力効率と柔軟なカスタマイズ性の面で構造的な課題を抱えています。IntelとAMDはいずれもNVIDIAのGPU支配に対抗する立場にあります。IntelはNVLink Fusionパートナーに加わっていますが(2025年9月)、AMDはUALink(Ultra Accelerator Link)を推進する立場にあり、NVLink Fusionとは対照的な陣営に属しています。
Armは2026年3月、35年の歴史で初めて自社設計・製造のチップ「AGI CPU」を発表し、ビジネスモデルの根本的な転換に踏み切りました。Metaが共同開発パートナー兼初の顧客となり、OpenAI、Cerebras、Cloudflareも顧客に名を連ねています。これは、Armがライセンサーとしての「中立性」を一部捨てて、バリューチェーンの上流(完成品チップの販売)に進出したことを意味します。
RISC-V(SiFive)は、Armが手放しつつある「中立的なIPライセンサー」というポジションを、オープンソースという異なる土台の上に築こうとしています。SiFiveのCEO パトリック・リトルは、「ハイパースケーラーはカスタマイズ可能なCPU設計をIP形式で求めている」と述べています。SiFiveの設計は500以上の製品に採用され、累計100億コア以上が出荷されていますが、その大半は組み込みシステム向けです。データセンター向け高性能CPUの実績はこれからという段階です。
地政学リスクという「もう一つの変数」
RISC-Vを語る上で避けられないのが、米中デカップリングの文脈です。
RISC-Vの管理団体であるRISC-V Internationalは2020年、地政学リスクを理由に本部を米国からスイスに移転しました。この移転により、米国商務省産業安全保障局(BIS)がRISC-V標準の公開や中国企業の関与を直接規制することは法的に困難になっています。
中国にとって、RISC-Vは西側の輸出規制を回避するための戦略的資産です。2025年3月、中国の複数の政府機関がRISC-Vを国家的に推進する政策を策定中であることがロイターの報道で明らかになりました。この政策が確定・施行された場合、政府調達や重要インフラへの採用促進が想定されています。一方、米議会では中国のRISC-Vアクセスを制限すべきだとの声が上がっていますが、ジョージタウン大学CSETの分析は、オープンソース標準の規制は「法的に不安定で逆効果になりうる」と指摘しています。
SiFiveは米国カリフォルニア州サンタクララに本社を置く米国企業であり、RISC-V Internationalがスイスに所在するからといって、SiFive自身が輸出規制の影響を受けないわけではありません。RISC-Vの「オープン性」とSiFiveの「米国企業としての法的義務」の間にある緊張関係は、今後の事業展開における重要な変数です。
SiFiveの課題——「設計図」から「市場の現実」へ
SiFiveの36.5億ドルという評価額は、前回(2022年3月、評価額25億ドル超)からの大幅な上昇ですが、この評価額が正当化されるかどうかは、いくつかの未解決の問いにかかっています。
ソフトウェアエコシステムの成熟度は最大の課題です。x86には数十年の蓄積があり、Armもサーバー向けソフトウェアの整備で大きく前進しています。RISC-Vがデータセンター市場で受け入れられるためには、Red Hat Enterprise LinuxやUbuntuのポート(SiFiveは両方をすでに達成したと発表)に加え、膨大なエンタープライズソフトウェアの動作検証が必要です。CUDAのRISC-V対応も発表されていますが、実運用レベルの品質に達するまでの道のりは明らかになっていません。
性能の実証も重要です。SiFiveの最新のデータセンター向けコアP870-Dはリード顧客のもとでシリコンが動作しているとされていますが、公開ベンチマークや実環境でのパフォーマンスデータはまだ出ていません。NVLink Fusion対応チップの出荷が2027年以降であることを考えると、競合との直接比較が可能になるまでには時間がかかります。
収益モデルの持続性も問われます。SiFiveはIPライセンスモデルを採用しており、自社でチップを製造・販売していません。この「Armの旧モデル」は軽資産で拡張性が高い一方、Arm自身がAGI CPUで完成品チップに進出した事実は、純粋なIPライセンスモデルだけではAIデータセンター市場の巨大な機会を捕捉しきれない可能性を示唆しています。
今後の注目点
今回の資金調達は、RISC-Vがデータセンター市場に「本気で」参入する宣言として明確なシグナルを発しています。しかし、その帰結はまだ見えていません。以下の点が今後の焦点になります。
まず、SiFiveの顧客名です。公式発表ではハイパースケーラーとの協業が強調されていますが、具体的な顧客企業は明かされていません。どの企業がRISC-VベースのCPUをAIデータセンターに導入するかは、このアーキテクチャの実用性を測る最大の指標です。
次に、NVLink Fusion対応チップの実際の性能です。2027年以降とされる出荷時期に、x86やArmの最新世代とどのような比較が成り立つかが問われます。
そして、地政学的環境の変化です。米国の輸出規制の方向性、中国国内のRISC-V自給体制の進展、そしてRISC-V Internationalのガバナンスのあり方が、SiFiveのグローバル戦略に直接影響を与えます。
半導体のISAをめぐる競争は、数年単位で勝敗が決まるものではありません。x86がデータセンターの標準になるまでに数十年、Armがモバイルを制するまでに約20年を要しました。RISC-Vがデータセンターで同等の存在感を持つかどうか、その物語はまだ始まったばかりです。
【用語解説】
RISC-V(リスクファイブ)
2010年にカリフォルニア大学バークレー校で開発されたオープンソースの命令セットアーキテクチャ(ISA)。ライセンス料不要で誰でも利用・実装可能。管理団体のRISC-V Internationalはスイスに本部を置く非営利組織
ISA(命令セットアーキテクチャ)
CPUが理解・実行する命令の仕様体系。x86(Intel/AMD)、Arm、RISC-Vが三大ISAとされる
NVLink Fusion
NVIDIAが2025年5月に発表したラックスケール相互接続技術。NVIDIA以外のCPUやアクセラレータをNVIDIA GPUとコヒーレント(メモリ整合性を保った)高帯域で接続する仕組み
CUDA
NVIDIAが開発したGPU向け並列計算プラットフォーム。AI・HPC分野で事実上の業界標準。2025年7月にRISC-V対応への取り組みを発表
ファブレス(fabless)
自社で半導体製造工場を持たず、設計・ライセンスに特化するビジネスモデル。SiFiveやArmが代表例
IPライセンスモデル
チップの設計図(知的財産=IP)をライセンス供与し、顧客がそれを改変・製造する形態。完成品チップを販売するモデルとは対照的
ハイパースケーラー
AWS、Google Cloud、Microsoft Azureなど、大規模データセンターを運営するクラウド事業者の総称
エージェンティックAI
複数のAIエージェントが自律的にタスクを連鎖・協調させるAIアーキテクチャ。CPUにはシステム全体のオーケストレーション能力が求められる
UALink(Ultra Accelerator Link)
Intel、AMD、Amazon、Meta、Microsoftなどが推進するオープンスタンダード(業界標準規格)のアクセラレータ間インターコネクト規格。NVLink Fusionの対抗規格
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【編集部後記】
チップの設計図をめぐる攻防は、私たちの日常からは遠い世界に見えます。けれど、「誰もが使える共通の設計」と「それを囲い込もうとする力学」のせめぎ合いは、ソフトウェアでもインターネットでも繰り返されてきた物語です。RISC-Vという選択肢が半導体の世界にどんな変化をもたらすのか——その結末を見届けるには、数年では足りないかもしれません。だからこそ、いま地図を広げておく価値があるのだと思います。











