Last Updated on 2025-03-17 12:42 by admin
NASAの新型宇宙望遠鏡「SPHEREx(Spectro-Photometer for the History of the Universe, Epoch of Reionization and Ices Explorer)」が2025年3月に、カリフォルニア州バンデンバーグ宇宙軍基地からSpaceX Falcon 9ロケットで打ち上げられました。
SPHERExは地球から675kmの高度の極軌道に投入され、今後2年間にわたり赤外線センサーを使用して102の異なる波長で全天を4回スキャンします。これにより数億の銀河を含む宇宙の詳細な3次元マップを構築する予定です。
このミッションの主な目的は、ビッグバン直後の宇宙インフレーション理論の調査です。科学者たちは、この急速な膨張が宇宙構造に微妙な痕跡を残したと考えており、SPHERExはこれを分析する手助けをします。また、銀河からの光の分布を研究することで、「コズミックウェブ」と呼ばれる宇宙の大規模構造の解明も期待されています。
同時に「PUNCH(Polarimeter to Unify the Corona and Heliosphere)」と呼ばれる4つの小型衛星からなるミッションも打ち上げられました。PUNCHは太陽コロナと太陽風を研究し、宇宙天気が地球の衛星運用にどのように影響するかを調査します。
NASAはSPHERExとPUNCHを同時に打ち上げることで、少なくとも1500万ドルの打ち上げコストを節約したとしています。
from:NASA’s SPHEREx Telescope Launches To Map The Universe In Infrared
【編集部解説】
SPHERExは宇宙観測の新たな地平を切り開く革新的な宇宙望遠鏡です。従来の宇宙望遠鏡と大きく異なるのは、特定の天体を詳細に観測するのではなく、宇宙全体を俯瞰的に見渡すことを目的としている点です。
この望遠鏡が観測する赤外線は、私たち人間の目では見えない波長ですが、宇宙の謎を解き明かす上で非常に重要な役割を果たします。可視光では観測できない天体や現象も、赤外線では捉えることができるのです。特に、宇宙の初期に形成された銀河からの光は、宇宙の膨張によって波長が引き伸ばされ、赤外線領域にシフトしているため、SPHERExはこれらを効率よく観測できる強みを持っています。
また、102種類もの異なる波長で観測するという点も特筆すべきでしょう。これは天体のスペクトル情報を詳細に取得できることを意味し、その組成や物理状態を精密に分析することが可能になります。例えば、星間物質に含まれる水や有機物の分布を調べることで、生命の起源に関わる重要な手がかりを得ることができるかもしれません。
SPHERExの主要な科学目標の一つは、宇宙インフレーション理論の検証です。これはビッグバン直後に宇宙が光速を超える速度で急激に膨張したとする理論で、現代宇宙論の根幹をなす考え方です。しかし、直接的な証拠はまだ十分ではありません。SPHERExが数億もの銀河を観測することで、この理論に新たな証拠をもたらす可能性があります。
さらに興味深いのは、SPHERExが「コズミックウェブ」と呼ばれる宇宙の大規模構造の解明にも貢献する点です。コズミックウェブは、暗黒物質と重力によって形作られた宇宙の巨大なネットワーク構造で、銀河団や銀河群がフィラメント状につながっています。SPHERExのデータは、この構造の形成過程や進化を理解する上で重要な情報を提供するでしょう。
PUNCHとの同時打ち上げは、宇宙開発における「相乗り」という効率的な戦略の好例です。限られた予算で最大限の科学的成果を得るため、NASAは様々な工夫を凝らしています。この相乗り打ち上げで1500万ドルを節約できたことは、今後の宇宙ミッションにも影響を与える可能性があります。
SPHERExが収集するデータは、今後数十年にわたって天文学の発展に貢献することが期待されています。特に、ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡やハッブル宇宙望遠鏡など、より高解像度の観測を行う望遠鏡のターゲット選定にも役立つでしょう。
SPHERExが作成する「宇宙の3D地図」は、私たちの宇宙観を大きく変える可能性を秘めています。宇宙の起源から現在に至るまでの進化の過程を、これまでにない精度で解明することで、私たちは自分たちがどこから来たのか、宇宙の中でどのような位置にいるのかをより深く理解できるようになるかもしれません。
テクノロジーの進化が、私たちの宇宙理解をどのように深めていくのか。SPHERExの今後の成果に、大いに期待が高まります。
【用語解説】
SPHEREx(スフィアレックス):
「宇宙の歴史、再電離期、氷の探査のための分光光度計」の略称。赤外線で全天を観測し、宇宙の3次元マップを作成する宇宙望遠鏡である。102種類の波長で観測することで、天体の詳細な組成分析が可能となる。
宇宙インフレーション理論:
宇宙誕生直後(ビッグバンの直後)の瞬間に、宇宙が光速よりも速く急激に膨張したとする理論。この急速な膨張が宇宙構造に微妙な痕跡を残したと考えられている。
コズミックウェブ:
暗黒物質と重力によって形成された宇宙の大規模構造。銀河や銀河団がフィラメント状につながり、まるでクモの巣のような構造を形成している。
赤外線観測:
可視光では見えない天体や現象を観測できる技術。宇宙の塵に隠された星形成領域や、遠方の銀河からの光(赤方偏移により赤外線になっている)を捉えることができる。
PUNCH(パンチ):「コロナとヘリオスフィアを統一するための偏光計」の略称。4つの小型衛星からなり、太陽コロナと太陽風を研究するミッション。SPHERExと同時に打ち上げられた。
【参考リンク】
NASA公式サイト(外部)
アメリカ航空宇宙局の公式サイト。SPHERExを含む最新の宇宙ミッション情報が掲載されている。
SPHERExミッション公式ページ(外部)
カリフォルニア工科大学が運営するSPHERExミッションの詳細情報サイト。
【編集部後記】
宇宙の謎を解き明かすSPHERExの旅が始まりました。私たちが住む宇宙の全体像を捉える「宇宙の3D地図」は、どんな新発見をもたらすのでしょうか。宇宙の始まりや生命の起源に関わる謎の解明につながるかもしれません。夜空を見上げたとき、そこにある無数の天体がどのようにつながり、どのように進化してきたのか。SPHERExのデータは今後一般公開される予定です。皆さんも宇宙の大規模マッピングプロジェクトの成果に注目してみませんか?