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月のマントルに熱的非対称性を発見 – 40億年の謎を解明する潮汐トモグラフィー技術

月のマントルに熱的非対称性を発見 - 40億年の謎を解明する潮汐トモグラフィー技術 - innovaTopia - (イノベトピア)

Last Updated on 2025-05-16 19:30 by admin

Nature誌に2025年5月に掲載された研究によると、月のマントルには表側と裏側の間に顕著な熱的非対称性が存在することが明らかになった。NASAのGRAIL(Gravity Recovery and Interior Laboratory)ミッションのデータを分析した結果、月の表側(地球側)のマントルは裏側よりも約100〜200℃高温であることが判明した。

研究チームは「潮汐トモグラフィー」と呼ばれる手法を用いて、月が地球の潮汐力に応答する際の重力場の変化を分析した。その結果、月のマントルの表側と裏側の間にはせん断弾性率(剛性率)に約2〜3%の差があることが99.7%以上の信頼度で確認された。

この温度差は、月の表側に集中している放射性元素(トリウムやチタンなど)の熱崩壊によって維持されていると考えられている。研究チームは、この熱的非対称性が約40億年前に月の表側で発生した火山活動と「海」と呼ばれる暗い玄武岩平原の形成に関連していると推測している。

また、研究では月の深部マントルに全球的な部分溶融の存在も示唆されており、特に表側では深さ800〜1,250 kmに部分溶融が存在する可能性がある。この部分溶融は、深発月震(DMQ)の発生と関連している可能性がある。

NASAは2026年に「Farside Seismic Suite(裏側地震観測装置)」を月に設置する計画があり、これによって月震に関するさらなるデータが得られる見込みである。また、アルテミスIIIミッションでは「Lunar Environment Monitoring Station(月環境監視ステーション)」の設置も予定されている。

References:
文献リンクThermal asymmetry in the Moon’s mantle inferred from monthly tidal response

【編集部解説】

今回のNature誌に掲載された研究は、月の内部構造に関する私たちの理解を大きく前進させる重要な発見です。NASAのGRAIL(Gravity Recovery and Interior Laboratory)ミッションから得られたデータを分析した結果、月の表側と裏側のマントルの間に明確な熱的非対称性が存在することが明らかになりました。

研究チームが開発した「潮汐トモグラフィー」という手法は特に注目に値します。この技術は、月が地球の潮汐力に応答して変形する様子を詳細に測定することで、その内部構造を推定するものです。従来の地震波を用いた調査とは異なり、天体表面に地震計を設置する必要がないため、今後の惑星探査において革新的なツールとなる可能性を秘めています。

この研究で最も興味深い点は、月の表側マントルが裏側よりも約100〜200℃高温であるという発見です。Newsweekの報道では華氏約306度(摂氏約170度)の差と報じていますが、Nature論文では摂氏100〜200度の範囲と記載されています。この温度差は、月の表側に集中している放射性元素(トリウムやチタンなど)の熱崩壊によって維持されていると考えられています。

月の表側と裏側の見た目の違いは古くから知られていましたが、その原因については長年議論が続いていました。表側には「海」と呼ばれる暗い玄武岩平原が広がっているのに対し、裏側はより起伏に富んでいます。今回の発見は、この非対称性が単なる表面現象ではなく、月の深部にまで及ぶものであることを示しています。

特筆すべきは、この熱的非対称性が現在も存在しているという点です。約40億年前に始まった月の表側での火山活動は、内部の熱的非対称性によって引き起こされたと考えられますが、その影響は今日まで続いているのです。これは月が「死んだ」天体ではなく、その内部では今も熱的プロセスが進行していることを示唆しています。

また、研究では月の深部マントルに全球的な部分溶融の存在も示唆されており、特に表側では深さ800〜1,250 kmに部分溶融が存在する可能性があります。この部分溶融は、深発月震(DMQ)の発生と関連している可能性があります。月震は部分的に溶融した領域の中やその少し上の部分に集中しているとのことで、これは月の内部活動についての新たな知見を提供しています。

この研究成果は、月の形成と進化に関する理解を深めるだけでなく、太陽系の他の天体の内部構造を調査する新たな方法を提供するものです。研究チームは、この「潮汐トモグラフィー」技術が火星やエンケラドス、ガニメデなどの他の天体にも応用できる可能性を指摘しています。

今後、NASAは2026年に「Farside Seismic Suite(裏側地震観測装置)」を月に設置する計画があり、アルテミスIIIミッションでは「Lunar Environment Monitoring Station(月環境監視ステーション)」の設置も予定されています。これらの観測装置によって、月の内部構造についてさらに詳細なデータが得られることが期待されます。

【用語解説】

GRAIL(Gravity Recovery and Interior Laboratory)
2011年9月10日に打ち上げられたNASAの月探査ミッション。「Ebb(エブ)」と「Flow(フロー)」と名付けられた2機の宇宙機が月を周回し、月の重力場を詳細に測定した。

潮汐トモグラフィー
天体が潮汐力によってどのように変形するかを測定し、その内部構造を推定する技術。地震波を使わずに天体内部を調査できる点が革新的である。CTスキャンが人体内部を画像化するように、潮汐応答から天体内部の構造を可視化する。

放射性元素
自然に放射性崩壊を起こし、熱を発生させる元素。月の表側に多く分布するトリウムやチタンなどが含まれる。地球上でも放射性元素の崩壊熱は地球内部の熱源となっている。

せん断弾性率(剛性率)
物質が変形に抵抗する能力を示す物理量。温度が高いほど値が小さくなり、物質は変形しやすくなる。

深発月震(DMQ)
月の深部で発生する地震現象。アポロ計画で設置された地震計によって観測された。

Farside Seismic Suite(FSS)
2026年に月の裏側に設置予定の地震観測装置。JPL(ジェット推進研究所)が開発し、月の裏側の月震や隕石衝突を初めて測定する。

Lunar Environment Monitoring Station(LEMS)
2026年に予定されているアルテミスIIIミッションで月の南極地域に設置される予定の地震観測装置。月震や隕石衝突による地面の動きを長期的に監視する。

アルテミス計画
NASAが進める月探査計画。アルテミスIIIでは2026年に人類が約50年ぶりに月面に着陸する予定である。

【参考リンク】

NASA GRAILミッション公式サイト(外部)
NASAのGRAILミッションに関する詳細情報、ミッションの目的、成果などが掲載されている。

JPL Farside Seismic Suite(外部)
JPLが開発している月の裏側に設置予定の地震観測装置FSSの詳細情報。

NASA Lunar Environment Monitoring Station(外部)
アルテミスIIIミッションで月の南極地域に設置予定の地震観測装置LEMSに関する情報。

【参考動画】

【編集部後記】

月は私たちの夜空に輝く身近な天体ですが、その内部には今なお多くの謎が隠されています。今回の発見は、月が「死んだ天体」ではなく、内部では今も熱的プロセスが進行している生きた星であることを示しています。夜空を見上げるとき、月の表側と裏側の違いを考えてみませんか?また、「潮汐トモグラフィー」のような新技術がどのように私たちの宇宙理解を広げていくのかを想像すると、宇宙探査の未来はさらに興味深いものに思えます。月の内部構造の謎解きは、太陽系の形成と進化を理解する鍵となるかもしれませんね。

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TaTsu
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