インド人宇宙飛行士グループ・キャプテン・シュブハンシュ・シュクラ(Shubhanshu Shukla)は、2025年6月8日に予定されているアクシオムミッション4(Axiom Mission-4、Ax-4)の一環として国際宇宙ステーション(ISS)に向かう。このミッションは、NASA、インド宇宙研究機関(ISRO)、欧州宇宙機関(ESA)の共同プロジェクトである。
シュクラは、宇宙の微小重力環境下で緑豆(ムング)とフェヌグリーク(メティ)の種子を発芽させ栽培する実験を含む7つの実験を主導する。これらの実験は、ISROが設計したもので、インドの微小重力研究能力を強化することを目的としている。
シュクラは1985年10月10日、インドのラクナウで生まれ、インド空軍の戦闘機パイロットとして2,000時間以上の飛行経験を持つ。彼はインドの有人宇宙飛行計画「ガガニヤーン」のために選ばれた4人の宇宙飛行士の一人でもある。
アクシオム4ミッションでは、元NASA宇宙飛行士のペギー・ウィットソンがミッションコマンダーを務め、シュクラがパイロット、ポーランドのスラヴォシュ・ウズナンスキ=ヴィシニエフスキとハンガリーのティボル・カプがミッションスペシャリストを務める。このミッションは、インド、ポーランド、ハンガリーにとって40年以上ぶりの政府主催の宇宙飛行となる。
当初5月29日に予定されていた打ち上げは、ISSの飛行スケジュール見直しにより6月8日に延期された。ミッション期間は最大14日間で、31カ国から約60の科学実験が行われる予定である。シュクラはラケシュ・シャルマ氏(1984年)以来、2人目のインド人宇宙飛行士となる。
References:
Indian astronaut Sudhanshu Shukla to grow superfoods in space, a significant step towards space agriculture
編集部解説
シュブハンシュ・シュクラ氏による宇宙実験は、単なる植物栽培の試みを超えて、インドの宇宙開発における重要なマイルストーンとなります。1984年にラケシュ・シャルマ氏が宇宙に行って以来、実に41年ぶりとなるインド人宇宙飛行士の宇宙飛行は、インドの宇宙開発の新時代を象徴しています。
シュクラ氏が主導する7つの実験は、インドの「ガガニヤーン」ミッションや将来のインド独自の宇宙ステーション建設に向けた重要な準備段階です。特に緑豆とフェヌグリークの栽培実験は、インド特有の食文化を宇宙に持ち込む試みであり、文化的アイデンティティを保ちながら宇宙探査を進めるという新しいアプローチを示しています。
微小重力環境での植物栽培には多くの課題があります。地球上では当たり前の重力に依存した水分供給や根の成長方向が宇宙では機能しないため、特殊な装置や技術が必要となります。これまでの実験では、宇宙で育った植物は地球のものと比べて成長パターンや栄養価が異なることが確認されており、シュクラ氏の実験ではこれらの違いをさらに詳しく調査します。
また、クマムシ(ヒョウタンムシ)の生存メカニズム研究も注目に値します。クマムシは極端な環境でも生存できる驚異的な能力を持っており、その仕組みを解明することで、宇宙環境での人間の生存技術向上につながる可能性があります。
アクシオム4ミッションの特筆すべき点は、その国際性です。インド、アメリカだけでなく、ポーランドとハンガリーからも宇宙飛行士が参加し、それぞれの国にとって40年以上ぶりの宇宙飛行となります。この多国間協力は、宇宙開発が一部の宇宙大国だけでなく、より多くの国々が参画する「宇宙の民主化」の流れを示しています。
シュクラ氏の宇宙滞在は14日間と比較的短期間ですが、この間に得られるデータや経験は、インドの今後の宇宙計画に大きく貢献するでしょう。特に、インド独自の宇宙食の開発や、長期宇宙滞在における健康管理技術の向上に役立つと期待されています。
宇宙での食料生産は、将来の月や火星での長期滞在ミッションにとって不可欠な技術です。現在、宇宙飛行士の食料は地球から運ばれており、その輸送コストは非常に高額です。宇宙で食料を生産できれば、このコストを大幅に削減できるだけでなく、宇宙飛行士に新鮮で栄養価の高い食品を提供することができます。
シュクラ氏のミッションは、インドの宇宙開発能力を世界に示す絶好の機会となるでしょう。また、このミッションを通じて得られる知見は、地球上の極限環境での農業技術や持続可能な食料生産システムの開発にも応用できる可能性があります。
宇宙農業の発展は、単に宇宙探査のためだけでなく、気候変動や人口増加に直面する地球の食料問題解決にも貢献する可能性を秘めています。閉鎖系での効率的な食料生産技術は、限られた資源を最大限に活用する方法として、地球上の持続可能な農業にも革新をもたらすかもしれません。
【用語解説】
アクシオムミッション4(Axiom Mission-4、Ax-4):
アメリカの民間宇宙企業Axiom Spaceが実施する4回目の商業有人宇宙飛行ミッション。NASAやISROなどと協力して国際宇宙ステーションへ民間人を含む宇宙飛行士を送り込む計画である。当初5月29日に予定されていたが、6月8日に延期された。
ISRO(Indian Space Research Organisation):
インド宇宙研究機関。インドの宇宙開発を担当する政府機関で、1969年に設立された。ロケット開発や衛星打ち上げ、宇宙探査ミッションなどを行っている。
ガガニヤーンミッション(Gaganyaan Mission):
インドの有人宇宙飛行計画。ISROが推進しており、インド人宇宙飛行士を地球低軌道に送り込むことを目指している。2025年の打ち上げを予定している。
シュブハンシュ・シュクラ(Shubhanshu Shukla):
1985年10月10日生まれのインド空軍グループ・キャプテン。インド空軍の戦闘機パイロットとして2,000時間以上の飛行経験を持ち、Su-30 MKI、MiG-21、MiG-29などの様々な航空機を操縦した経験がある。2019年からISROの宇宙飛行士訓練を受けている。
微小重力環境:
宇宙空間や軌道上では重力の影響がほとんど感じられない状態のこと。この環境では物体が浮遊し、液体は球状になり、植物の成長方向も地球上とは異なる特性を示す。
緑豆(ムング):
豆類の一種で、発芽させた「もやし」として日本でもよく知られている。タンパク質、食物繊維、ビタミン、ミネラルが豊富で、消化しやすい特徴がある。
フェヌグリーク(メティ):
コロハ(ひえ)とも呼ばれるマメ科の植物。インド料理やエジプト料理でよく使われるスパイスで、独特の香りと苦味がある。抗酸化物質や食物繊維が豊富で、血糖値の調整などの効果が期待されている。
クマムシ(ヒョウタンムシ):
極限環境でも生存できる微小な生物。真空、放射線、極端な温度など、通常の生物が生存できない環境でも生き延びることができる。宇宙環境での生存メカニズム研究の対象となっている。
【参考リンク】
Axiom Space(外部)
民間宇宙ステーションの開発と商業宇宙飛行を推進するアメリカの宇宙企業。Ax-4ミッションを実施する企業。
ISRO(インド宇宙研究機関)(外部)
インドの宇宙開発を担当する政府機関。ロケット開発や衛星打ち上げ、宇宙探査ミッションなどを行っている。
NASA(外部)
アメリカ航空宇宙局。宇宙探査や航空研究を行うアメリカの政府機関。
シュブハンシュ・シュクラのプロフィール(外部)
アクシオムスペースによるシュブハンシュ・シュクラの公式プロフィールページ。
【参考動画】
【編集部後記】
皆さんは「宇宙農業」という言葉を聞いて、どんなイメージを持たれますか?SFの世界の話と思われるかもしれませんが、シュブハンシュ・シュクラ氏の実験のように、すでに現実のものとなりつつあります。もし月や火星で自分たちの食料を栽培できるとしたら、どんな野菜や果物を育ててみたいですか?日本の伝統的な食材である大豆や米は宇宙でどのように育つのでしょうか?また、宇宙で栽培された作物と地球で栽培された同じ作物には、味や栄養に違いがあるのでしょうか?宇宙農業の発展が、私たちの地球上の食料問題解決にもつながる可能性を考えると、ワクワクしませんか?