Last Updated on 2025-05-19 08:55 by admin
中国のADA Spaceが2025年5月中旬、計画している2,800基の軌道上AIスーパーコンピューター衛星ネットワーク「三体コンピューティング・コンステレーション」の最初の12基の衛星を打ち上げた。この打ち上げは長征2Dロケットによって実施された。
この衛星群はADA Spaceが浙江実験室(Zhejiang Lab)および内江ハイテクゾーン(Neijang High-Tech Zone)と共同で開発したもので、「スターコンピュート」プログラムの一環である。各衛星には80億パラメータのAIモデルが搭載される。12基の衛星は合計で毎秒5ペタオペレーション(POPS)を処理でき、これはMicrosoft Copilot PCに必要な40 TOPSをはるかに上回る性能である。
衛星はレーザー技術を使用して最大100Gbpsの速度で相互に通信し、合計30テラバイトのストレージを共有している。また、ガンマ線バーストなどの短時間の宇宙現象を捉えるためのX線偏光検出器などの科学機器も搭載されている。さらに、緊急対応、ゲーム、観光などの目的に使用できる3Dデジタルツインデータを作成する能力も持っている。
中国政府の計画によると、最終的な目標は1,000 POPSを達成する数千の衛星からなるネットワークを構築することである。これは現在の世界最速クラスのスーパーコンピューターに匹敵する処理能力となる。
ハーバード大学の宇宙歴史家・天文学者であるジョナサン・マクドウェル氏によると、宇宙ベースのデータセンターは太陽エネルギーを利用し、熱を宇宙に放出することができるため、エネルギー需要と炭素排出量を削減できるという利点がある。また、従来の衛星通信では、帯域幅の制限や地上局の可用性などの問題により、衛星データの10%未満しか地球に到達しないという課題があるが、この宇宙スーパーコンピューターはそれを解決する可能性を持っている。
マクドウェル氏は、将来的に米国とヨーロッパも同様のプロジェクトを実施する可能性があると述べている。
References:
China begins assembling its supercomputer in space
【編集部解説】
中国が宇宙空間にスーパーコンピューターを構築するという野心的なプロジェクトが始動しました。この「三体コンピューティング・コンステレーション」は、単なる衛星ネットワークを超えた、宇宙におけるデータ処理の新時代を切り開く可能性を秘めています。
まず注目すべきは、このプロジェクトの規模と技術的野心です。ADA Space(成都国星宇航科技有限公司)と浙江実験室が共同で開発する2,800基の衛星ネットワークは、完成すれば毎秒1,000ペタオペレーション(POPS)の処理能力を持つことになります。これは現在の世界最速クラスのスーパーコンピューターに匹敵する性能です。
この衛星群の最大の革新点は、データ処理を地上ではなく宇宙空間で完結させる点にあります。従来の衛星システムでは、衛星が収集したデータを地上に送信し、そこで処理するという方法が一般的でした。しかし、帯域幅の制限や地上局の可用性などの問題から、衛星データの90%以上が実質的に失われていたのです。
宇宙空間でのデータ処理には、通信効率以外にも大きなメリットがあります。ハーバード大学の宇宙歴史家・天文学者であるジョナサン・マクドウェル氏が指摘するように、宇宙空間のデータセンターは太陽エネルギーを直接利用でき、熱を宇宙に放出することで冷却が容易になります。
これは地球上のデータセンターが直面している深刻な問題の解決策となり得ます。国際エネルギー機関(IEA)の予測によれば、2026年までに世界のデータセンターは年間1,000テラワット時以上の電力を消費するとされています。これは日本全体の電力消費量に匹敵します。また、Googleは2022年に約197億リットルの水をデータセンターの冷却に使用したとされています。
各衛星に搭載される80億パラメータのAIモデルと744テラオペレーション毎秒(TOPS)の処理能力は、地球観測、災害監視、宇宙科学研究などの分野に革命をもたらす可能性があります。特に、ガンマ線バーストなどの一時的な宇宙現象を捉えるX線偏光検出器の搭載は、宇宙物理学の研究進展に貢献するでしょう。
また、3Dデジタルツインデータの生成能力は、緊急対応、ゲーム、観光など幅広い応用が期待されます。例えば、自然災害発生時にリアルタイムで被災状況を3Dモデル化し、救助活動の効率化に役立てることが可能になるかもしれません。
一方で、このような宇宙ベースのスーパーコンピューターネットワークには潜在的なリスクも存在します。軍事利用の可能性や、宇宙空間における計算資源の独占による国際的な緊張の高まりなどが懸念されます。また、2,800基もの衛星の打ち上げは宇宙ゴミの増加にもつながる可能性があります。
興味深いのは、このプロジェクトの名称「三体コンピューティング・コンステレーション」が、中国のSF作家・劉慈欣(リウ・ツーシン)の小説「三体」を連想させる点です。この小説は高度な宇宙文明と人類の関係を描いており、科学技術の発展と人類の未来について深い問いを投げかけています。
中国のこの取り組みは、宇宙開発における新たな競争の始まりを示唆しています。マクドウェル氏が指摘するように、米国とヨーロッパも将来的に同様のプロジェクトに着手する可能性があります。宇宙空間が新たなデジタルフロンティアとなる時代が、私たちの目の前に迫っているのかもしれません。
このプロジェクトの進展は、単に中国の宇宙技術の発展を示すだけでなく、人類のデータ処理とコンピューティングのパラダイムシフトを予感させるものです。innovaTopiaでは、この革新的な技術の発展と、それが私たちの社会や日常生活にもたらす変化を引き続き注視していきます。
【用語解説】
ADA Space(成都国星宇航科技有限公司)
中国の人工衛星技術企業で、AI衛星の開発に特化している。2023年までに11のミッションを完了し、15のAI衛星とペイロードを開発・打ち上げた実績を持つ。
浙江実験室(Zhejiang Lab)
2017年に浙江省政府、浙江大学、アリババグループが共同で設立した研究機関。知能認識、人工知能、インテリジェントコンピューティングなどの分野で最先端の研究を行っている。
内江ハイテクゾーン(Neijiang High-Tech Zone)
中国四川省の内江市に位置する高度技術産業開発区。電子情報、インテリジェント製造、新素材、科学技術サービスなどの産業に焦点を当てている。
三体コンピューティング・コンステレーション(Three-Body Computing Constellation)
中国のSF作家・劉慈欣の小説「三体」にちなんで名付けられた衛星群。この小説は高度な宇宙文明と人類の関係を描いた作品で、Netflixでドラマ化も決定している。
テラオペレーション毎秒(TOPS)とペタオペレーション毎秒(POPS)
コンピューターの処理能力を表す単位。1 TOPS = 1兆回の演算/秒、1 POPS = 1,000 TOPS = 1,000兆回の演算/秒。スマートフォンは数十TOPSの処理能力を持つ。
レーザー通信
従来の電波通信と比較して10〜100倍の高速データ転送が可能な通信技術。宇宙空間では特に有効で、衛星間の大容量データ転送に利用される。
X線偏光検出器
X線の振動方向(偏光)を検出する装置。ブラックホールや中性子星などの強い重力場や磁場を持つ天体の研究に有用。
3Dデジタルツイン
実世界の物理的な対象(建物、都市、製造ラインなど)をデジタル空間に再現する技術。リアルタイムでデータを更新し、シミュレーションや分析に活用できる。
【参考リンク】
浙江実験室(Zhejiang Lab)(外部)
浙江省政府、浙江大学、アリババグループが共同設立した研究機関。AI、インテリジェントコンピューティングなどの研究を行っている。
Space News(外部)
宇宙産業に関する最新ニュースを提供する専門メディア。今回の中国の宇宙スーパーコンピューターに関する詳細な報道を行っている。
South China Morning Post(外部)
アジア地域のテクノロジーニュースを詳しく報じる香港の英字新聞。中国の宇宙開発に関する詳細な分析記事を掲載している。
【参考動画】
ADA Spaceが開発した世界初のAI大規模モデル衛星の運用状況を紹介する動画。
ADA Spaceの衛星が軌道上でAI大規模モデル技術の13のテストを成功させた画期的な成果を紹介する動画。
AIが宇宙運用をどのように変革するかについて専門家が議論するウェビナー。衛星運用におけるAIの可能性と課題を詳しく解説している。
【編集部後記】
宇宙空間でのコンピューティングという新たなフロンティアが開かれようとしています。皆さんは、地球の重力や冷却の制約から解放された宇宙空間でのデータ処理が、私たちの日常にどのような変化をもたらすと思いますか? 災害予測の精度向上、リアルタイムの地球観測、あるいは宇宙からの新たなエンターテインメント体験など、その可能性は無限大です。宇宙と情報技術の融合が描く未来について、ぜひ皆さんの想像を聞かせてください。