Last Updated on 2025-05-24 06:42 by admin
デルフト工科大学のバート・ルート氏率いる研究チームが、火星の地下深部で巨大な構造を発見したと発表した。この発見は学術誌「JGR: Planets」に掲載された。なお、この研究は2024年9月に初回発表され、2025年5月に複数の主要科学メディア等で再び大きく取り上げられたことで再度注目を集めている。
研究チームは火星のタルシス山群の地下1,100キロメートル(684マイル)の深さに、直径約1,750キロメートル(1,000マイル以上)に及ぶ巨大な地下質量を確認した。タルシス山群は太陽系最大の火山であるオリンポス山(高さ21.9キロメートル)を擁する火山地域である。
この巨大な質量は火星の深部から上昇するマントルプルームと推測されている。研究者らは「火星の層の深部に大きな質量があるようで、おそらくマントルから上昇している。これは火星の内部でまだ活発な動きが起こっており、表面に新しい火山的なものを作り出していることを示している」と述べている。
タルシス山群地域の標高が火星表面の大部分より著しく高いことから、地下の巨大質量が表面を上向きに押し上げていると考えられる。これは曲げ等圧理論に反している。同理論では、リソスフェア(惑星の固体最外層)への重い荷重は通常沈下を引き起こすとされている。
研究チームはタルシスの発見に加え、火星の北極平原の下に埋もれた密度の高い構造も特定した。これらの重力異常は周囲の物質より立方メートルあたり300〜400キログラム密度が高く、古代の海底の名残とみられる滑らかな堆積物の厚い層の下に位置している。
約20の様々なサイズの特徴が北極冠周辺地域に点在しており、そのうち1つは犬の形に似ているという。これらの構造は表面に痕跡を残していないため、重力データを通じてのみ検出可能である。
これらの隠された構造をより詳しく理解するため、研究者らは火星量子重力(MaQuls)ミッションを提案している。ドイツ航空宇宙センター(DLR)のリサ・ヴェルナー博士は「MaQuIsによる観測により火星の地下をより詳しく探査でき、これらの謎めいた隠された特徴について更なる発見や、進行中のマントル対流の研究、大気の季節変化や地下水貯留層の検出などの動的表面プロセスの理解に役立つ」と説明している。
この発見は火星が現在も地質学的に活動している可能性を示唆し、将来の火山活動につながる可能性がある。マントルプルームが最終的に火星表面に到達すれば、将来的に火山活動を引き起こす可能性があるとされている。
References:
Beneath Mars’ Surface, Giant Structures Leave Experts Speechless
【編集部解説】
この研究は実際には2024年9月に初回発表されており、2025年5月に複数のメディアで再度取り上げられたことで注目を集めています。科学的発見が時間をかけて検証され、より広く認知されるという典型的なパターンです。
今回発見された地下構造は「マントルプルーム」と呼ばれる現象の可能性が高いとされています。地球でもハワイ諸島やアイスランドで観測される現象ですが、火星でこれほど大規模なものが確認されたのは初めてです。直径1,750キロメートルという規模は、日本列島を約5回並べた大きさに相当します。
特に重要なのは、この発見が「曲げ等圧理論」という地質学の基本概念に挑戦している点です。通常、重い火山などの構造物は惑星の表面を押し下げるはずですが、タルシス山群は逆に押し上げられています。これは地下から強力な上昇力が働いていることを示し、惑星科学の教科書を書き換える可能性があります。
従来、火星は「死んだ惑星」と考えられてきましたが、この発見により現在も内部で活発な地質活動が続いている可能性が示されました。ただし、仮に将来的に火山活動が発生するとしても、それは地質学的時間スケール(数万年から数百万年)での話です。
この発見は、重力場の微細な変化を検出する高精度な測定技術によって実現されました。NASAのInSight探査機による地震観測データと、軌道上の探査機による重力マッピングを組み合わせることで、従来は不可能だった地下構造の詳細な解析が可能になったのです。
火星の地質活動が継続していることは、将来の火星移住計画にとって両面性を持ちます。地熱エネルギーの利用可能性や地下水の存在可能性を示唆する一方で、予期しない地質活動のリスクも考慮する必要があります。居住地選定や建設計画により慎重なアプローチが求められることになるでしょう。
提案されている「火星量子重力(MaQuls)」ミッションは、量子技術を宇宙探査に応用する先進的な取り組みです。この技術が実用化されれば、他の惑星や小惑星の内部構造解析にも応用でき、太陽系探査全体の技術水準を大幅に向上させる可能性があります。
【用語解説】
マントルプルーム:
惑星内部の高温物質が柱状に上昇する現象。地球では深さ2,900kmのマントル全体で発生し、ハワイ諸島やアイスランドの火山活動の原因となっている。火星で発見されたものは、東京から札幌までの距離を約2倍した規模に相当する巨大さである。
タルシス山群(タルシス三山):
火星の赤道付近にある3つの巨大な楯状火山群。北から南にアスクレウス山(標高18.2km)、パヴォニス山、アルシア山が一列に並ぶ。地球最大の火山マウナ・ロア(直径120km、高さ9km)と比較すると、これらの火山は直径400-500kmと約4倍の規模を誇る。
曲げ等圧理論(Flexural Isostasy):
惑星の表面に重い物体が載ると、その重みで地殻が沈み込むという地質学の基本概念。
重力場マッピング:
人工衛星を使って惑星の重力の微細な変化を測定し、地下構造を可視化する技術。地下に密度の高い物質があると重力が強くなり、軽い物質があると弱くなる性質を利用している。精度は1億分の1の重力変化まで検出可能。
デルフト工科大学(TU Delft):
1842年にオランダ王ウィレム2世によって設立されたオランダ最古の工科大学。QS世界大学ランキング2024年で機械・航空工学分野世界第3位、建築学分野世界第3位の名門校。約2万人の学生が在籍し、37%が海外出身者という国際色豊かな環境を持つ。
ドイツ航空宇宙センター(DLR):
ドイツ連邦政府の航空宇宙技術を担う政府機関。1969年設立で、ケルンを本拠として13都市に29施設、約5,700名の職員を擁する。ESA(欧州宇宙機関)にフランスに次ぐ多額の拠出を行っている。
【参考リンク】
デルフト工科大学公式サイト(外部)
オランダの名門工科大学の公式サイト。研究内容、入学情報、国際プログラムなどを英語で提供
ドイツ航空宇宙センター(DLR)公式サイト(外部)
ドイツの航空宇宙研究を担う政府機関の公式サイト。最新の宇宙探査プロジェクトや研究成果を紹介
NASA火星探査プログラム(外部)
NASAの火星探査に関する総合情報サイト。InSight探査機の成果や火星の地質構造に関する最新データを提供
JGR: Planets(学術誌)(外部)
今回の研究が掲載された惑星科学の権威ある学術誌。最新の惑星研究論文を査読付きで公開
【編集部後記】
火星の地下に眠る巨大構造の発見は、私たちが想像していた以上に火星が「生きている惑星」である可能性を示しています。この発見により、火星移住の現実性についても新たな視点が生まれています。地熱エネルギーとして活用できる可能性がある一方で、予期しない地質活動のリスクも考慮する必要があります。皆さんはこの発見を受けて、人類の宇宙進出についてどのような未来を描かれますか?宇宙探査技術の進歩とともに、私たちの宇宙への理解も日々更新されていく様子を、ぜひ一緒に見守っていければと思います。