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日本発デオービット装置「D-SAIL」が軌道上実証へ─アクセルスペース、FCC 5年ルール対応の切り札

[更新]2025年12月16日

日本発デオービット装置「D-SAIL」が軌道上実証へ──アクセルスペース、FCC 5年ルール対応の切り札 - innovaTopia - (イノベトピア)

株式会社アクセルスペースは、同社の膜面展開型デオービット機構「D-SAIL」を搭載した小型実証衛星4号機(RAISE-4)が2025年12月14日、Rocket Lab社のElectronにより打ち上げられたと発表した。これはJAXAが実施する革新的衛星技術実証4号機の一環である。

D-SAILの軌道上実証は打ち上げから約1年後の2026年末より実施される予定で、これがD-SAILにとって初の軌道上実証となる。D-SAILは運用終了後に衛星が軌道上に残存する期間を短くするための軌道離脱装置で、面積約2m²、薄さ数十ミクロンの膜面が大気の抵抗を受けて衛星の高度を徐々に下げ、大気圏突入を促す仕組みである。同装置はサカセ・アドテック株式会社と共同開発され、アクセルスペースの汎用バスシステムに標準搭載されている。開発および実証はNEDOの助成事業による。

From: 文献リンクアクセルスペースのD-SAIL搭載、「革新的衛星技術実証4号機」小型実証衛星4号機打ち上げ成功のお知らせ

 - innovaTopia - (イノベトピア)
株式会社アクセルスペースホールディングス公式プレスリリースより引用

【編集部解説】

今回のアクセルスペースによるD-SAIL搭載衛星の打ち上げ成功は、単なる技術実証の成功以上の意味を持っています。宇宙ビジネスが直面する「持続可能性」という喫緊の課題に対して、日本の民間企業が具体的なソリューションを提示した瞬間と言えるでしょう。

まず注目すべきは、FCCが2022年に採択した「5年ルール」の背景です。従来の国際ガイドラインでは、低軌道衛星は運用終了後25年以内に軌道を離脱すべきとされてきました。しかしFCCは、衛星コンステレーションの急増とスペースデブリの深刻化を受けて、これを5年以内へと大幅に短縮しました。この規制は米国でライセンスを取得する衛星だけでなく、米国市場へのアクセスを求める全ての衛星運用者に適用されるため、事実上のグローバルスタンダードとなりつつあります。

D-SAILの技術的な特徴は、そのシンプルさと効率性にあります。わずか2平方メートル、数十ミクロンの薄さの膜面を展開するだけで、低軌道に存在するわずかな大気抵抗を受けて衛星の高度を徐々に下げることができます。推進剤を必要としないため、衛星の重量やコストへの影響を最小限に抑えられる点が大きな利点です。

アクセルスペースが策定した「Green Spacecraft Standard」は、単にデオービット装置を搭載するだけでなく、衛星のライフサイクル全体における環境負荷の低減を目指している点で先進的です。地上での製造プロセスから軌道上の運用、そして最終的な廃棄までを包括的にカバーしており、まだ明確なルール化が進んでいない領域にも自主的に配慮しています。

D-SAILは既に同社の汎用バスシステムに標準搭載されており、今後打ち上げられる全てのアクセルスペース製衛星に装備される予定です。2026年に打ち上げ予定のGRUS-3次世代地球観測衛星7機にも搭載が決定しており、実用化のフェーズに入っています。

ただし、デオービット技術には課題も存在します。膜面は軌道上で原子状酸素(AO)による劣化を受けやすいため、アクセルスペースは日鉄ケミカル&マテリアルが開発したAO耐性ポリイミドフィルム「BSF-30」を採用することで、長期的な性能維持を図っています。

一方で、5年ルールに対しては業界内でも議論が続いています。Amazonなどの大手事業者は、このタイムフレームが「人工的で硬直的」だとして見直しを求める動きもあります。また米国天文学会は、衛星の大気圏突入による上層大気への影響や気候変動への懸念を表明しており、デブリ対策と環境影響のバランスをどう取るかが今後の課題となるでしょう。

今回の実証実験は2026年末から開始される予定で、実際の軌道環境下での性能検証が行われます。成功すれば、D-SAILは日本発の標準的なデオービット技術として世界市場に展開される可能性があります。スペースデブリ問題が深刻化する中、持続可能な宇宙開発を実現するための重要な一歩となることが期待されます。

【用語解説】

D-SAIL(ディーセイル)
膜面展開型デオービット機構の略称。運用終了後の衛星を速やかに軌道から離脱させるための装置。約2平方メートルの薄い膜面を展開し、大気抵抗によって衛星の高度を徐々に下げ、大気圏突入を促す仕組み。アクセルスペースとサカセ・アドテックが共同開発した。

スペースデブリ(宇宙ごみ)
地球周回軌道上に存在する、運用を終えた人工衛星や使用済みロケットの破片など、機能を失った人工物の総称。高速で移動するため、運用中の衛星や宇宙ステーションに衝突すると重大な損傷を与える可能性がある。現在、数千から数万個のデブリが軌道上に存在するとされる。

デオービット(軌道離脱)
人工衛星が運用終了後に地球の大気圏に再突入し、軌道から離脱すること。計画的に実施される場合と、自然に高度が下がって実現する場合がある。大気圏突入時の摩擦熱により、ほとんどの衛星は燃え尽きる。

低軌道(LEO: Low Earth Orbit)
地表から高度約2,000km以下の地球周回軌道。多くの地球観測衛星や通信衛星コンステレーションが配置されている。この高度帯ではわずかながら大気が存在し、長期的には衛星の軌道を減衰させる。

原子状酸素(AO: Atomic Oxygen)
低軌道において太陽の紫外線により酸素分子が分解されて生成される単原子の酸素。衛星表面の材料を酸化させ、劣化を引き起こす要因となる。D-SAILの膜面は特殊な耐AO素材で保護されている。

FCC 5年ルール
米連邦通信委員会が2022年に採択した規制。低軌道衛星の運用者に対し、運用終了後5年以内に衛星を軌道から離脱させることを義務付けた。従来の25年ガイドラインから大幅に短縮され、事実上の国際基準となりつつある。

RAISE-4(革新的衛星技術実証4号機)
JAXAが実施する実証プログラムの一環として打ち上げられた小型実証衛星。日本の大学、研究機関、民間企業が開発した8つの先端技術を軌道上で検証する。重量は約110kg。

Rocket Lab Electron
ニュージーランドと米国に発射場を持つRocket Lab社が開発した小型衛星打ち上げ用ロケット。2025年には19回の打ち上げを成功させ、同社の年間記録を更新した。

衛星コンステレーション
特定の目的のために協調して動作する複数の人工衛星群。通信や地球観測などのサービス提供のため、数十機から数千機規模で配置される。SpaceXのStarlinkなどが代表例。

汎用バスシステム
衛星の基本機能(姿勢制御、電源供給、通信など)を提供する標準化されたプラットフォーム。ミッション機器を搭載する「バス」として機能し、開発期間とコストの削減を可能にする。

【参考リンク】

株式会社アクセルスペース(外部)
小型衛星開発ベンチャー。D-SAILを汎用バスに標準搭載し衛星開発・運用事業と地球観測データ提供事業を展開

Axelspace Sustainability(外部)
アクセルスペースのサステナビリティページ。Green Spacecraft Standardの詳細を解説

Rocket Lab(外部)
小型衛星打ち上げ用ロケットElectronを運用。2025年には19回の打ち上げに成功した民間宇宙企業

FCC 軌道デブリ規制(外部)
2022年9月採択の5年デオービットルールに関するFCC公式発表。低軌道衛星の軌道離脱を義務化

サカセ・アドテック株式会社(外部)
D-SAILの共同開発パートナー。産業用膜材料や特殊繊維製品の開発・製造を手がける日本企業

【参考動画】

JAXA革新的衛星技術実証4号機 記者会見
JAXAによる公式記者会見。RAISE-4に搭載される8つの実証テーマについての説明。

【参考記事】

FCC Adopts New ‘5-Year Rule’ for Deorbiting Satellites(外部)
2022年9月のFCC公式発表。低軌道衛星に運用終了後5年以内の軌道離脱を義務付けた初の規則

FCC approves new orbital debris rule – SpaceNews(外部)
FCCの5年ルール採択を報じる記事。従来25年から大幅短縮され米国市場アクセス衛星全てに適用

Amazon to FCC: Drop five-year deorbit rule – Light Reading(外部)
Amazonが5年ルール撤廃要請。天文学会は大気圏突入による気候・オゾン層への懸念を表明

Rocket Lab launches JAXA tech demo satellite – SpaceNews(外部)
2025年12月のRAISE-4打ち上げ報道。高度540km軌道に110kgの技術実証衛星を投入成功

Deorbit Systems – NASA(外部)
NASAによるデオービットシステム解説。WEFが2023年に5年以内除去を推奨する勧告を発表

Enhanced Environmental Durability of “D-SAIL” Membrane – Axelspace(外部)
D-SAILにAO耐性フィルムBSF-30採用。2026年打ち上げGRUS-3全7機に搭載決定

The FCC 5-Year Deorbit Rule’s Impact On The Space Industry(外部)
FCCの5年ルールが宇宙産業・科学界・環境に与える影響を分析した学術論文

【編集部後記】

宇宙ビジネスが「持続可能性」という新たな局面を迎えています。かつて無限に思えた宇宙空間も、今や数万個のデブリが漂う「混雑した環境」です。D-SAILのような技術は、私たちが宇宙を使い続けるための「後片付け」を可能にします。

数十年後、宇宙がゴミ捨て場ではなく、誰もが安全に利用できる場所であり続けるために、今何が必要だと思いますか?規制強化か、技術革新か、それとも国際協調か。皆さんのご意見をお聞かせください。

投稿者アバター
Ami
テクノロジーは、もっと私たちの感性に寄り添えるはず。デザイナーとしての経験を活かし、テクノロジーが「美」と「暮らし」をどう豊かにデザインしていくのか、未来のシナリオを描きます。 2児の母として、家族の時間を豊かにするスマートホーム技術に注目する傍ら、実家の美容室のDXを考えるのが密かな楽しみ。読者の皆さんの毎日が、お気に入りのガジェットやサービスで、もっと心ときめくものになるような情報を届けたいです。もちろんMac派!

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