2025年12月20日、ブルーオリジンのNS-37ミッションで、ドイツの航空宇宙およびメカトロニクスエンジニアであるミカエラ・ベントハウスが車椅子を使用する人物として初めて宇宙旅行を行った。
ベントハウスは2018年の山岳自転車事故で脊髄損傷を負い、それ以来車椅子を使用している。2024年に欧州宇宙機関のヤング・グラジュエート・トレーニーとして入社した。NS-37フライトはニューシェパードロケットに搭乗し、他5人の乗客とともに地球から100キロメートル上空のカーマン・ラインを越える準軌道飛行を行う。ミッションは約10から12分間続き、乗組員は数分間の微小重力を体験する。
NS-37はブルーオリジンにとって16回目の有人宇宙飛行となる。これまでに同社はジェフ・ベゾス、ウィリアム・シャトナー、ケイティ・ペリーなど、リピーターを含めた延べ人数92人(実質的には86人)をカーマン・ラインの向こうに送り出してきた。
ベントハウスと元スペースXエグゼクティブのハンス・ケーニヒスマンはGoFundMeキャンペーンを通じてWings for Life財団を支援し、脊髄損傷研究への資金提供を行っている。
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Michaela Benthaus to become first wheelchair user to fly into space
【編集部解説】
NS-37ミッションは当初予定の12月18日から技術的問題により延期され、12月20日午前9時15分(東部標準時)に成功しました。この歴史的な瞬間により、ベントハウスは車椅子ユーザーとして初めて宇宙に到達した人物となりました。
今回のNS-37ミッションが持つ意義は、単なる「初めて」という記録以上のものがあります。ベントハウスは2022年にAstroAccessという非営利団体のアンバサダーとして無重力飛行実験に参加しており、そこで準軌道飛行用のシートへの乗降テストなど、障害のある人々が宇宙で活動するための研究に貢献してきました。
AstroAccessは2021年から障害を持つ科学者やエンジニアを無重力飛行に参加させ、宇宙環境でのアクセシビリティを研究しています。視覚障害者向けの触覚グラフィックス、聴覚障害者向けの手話の有効性、車椅子ユーザーの移動方法など、多様な実験を行ってきました。ベントハウスの今回の飛行は、こうした研究の蓄積があって初めて実現したものです。
ブルーオリジンは、発射塔へのエレベーター設置など、施設のアクセシビリティ向上に数年前から取り組んでいます。今回のミッションでは、カプセル本体に大きな改修は必要ありませんでしたが、ベントハウスがカプセルに乗り降りする際に使えるベンチを地上システムに追加しました。また、無重力状態で脚が広がらないよう固定するストラップも用意されました。
一緒に飛行したハンス・ケーニヒスマンは、2002年から2021年までスペースXに在籍し、最後の10年間は組立・飛行信頼性担当副社長を務めた人物です。彼がベントハウスと出会ったのは2024年のミュンヘンでのイベントでした。そこでベントハウスが「宇宙飛行の夢を叶えられるだろうか」と漏らしたことをきっかけに、ケーニヒスマンは競合他社であるブルーオリジンに連絡を取り、このミッションを実現させました。ケーニヒスマンは飛行中にベントハウスをサポートする役割も担いました。
この飛行が示すのは、宇宙探査における多様性の価値です。ベントハウス自身が語っているように、火星への長期ミッションでは乗組員が途中で障害を負う可能性もあります。また、前庭系の違いにより一部の聴覚障害者は乗り物酔いに強く、宇宙環境により適応できる可能性があるという研究もあります。障害のある人々を宇宙プログラムに含めることは、すべての宇宙飛行士の安全性を高める設計につながります。
ブルーオリジンは今回で16回目の有人宇宙飛行を実施し、これまでにリピーターを含めた延べ人数92人(実質的には86人)をカーマン・ラインの向こうに送り出してきました。準軌道飛行は約10から12分間と短いですが、宇宙旅行の入り口として、より多くの人々に門戸を開く役割を果たしています。
ベントハウスとケーニヒスマンは、このミッションを脊髄損傷研究の資金調達にも活用しています。Wings for Life財団への寄付を募るGoFundMeキャンペーンを立ち上げ、治療法の発見を目指す科学研究を支援しています。
今回の成功は、宇宙産業全体にアクセシビリティについて再考を促す契機となるでしょう。ベントハウスの言葉通り、「私が最初かもしれないが、最後になるつもりはない」のです。
【用語解説】
カーマン・ライン(Kármán line)
地球から高度100キロメートルの地点を指し、国際的に宇宙空間の境界として広く認識されている。ハンガリー系アメリカ人の物理学者セオドア・フォン・カーマンにちなんで名付けられた。この高度を超えると、大気が薄すぎて航空機の翼では揚力を得られなくなる。
準軌道飛行(Suborbital flight)
地球の大気圏外に到達するが、地球を周回する軌道には乗らない飛行のこと。弾道軌道を描いて上昇し、数分間の無重力状態を経験した後、地球に戻ってくる。軌道飛行に比べて短時間で、技術的にもコストも抑えられるため、宇宙観光の入門として活用されている。
ニューシェパード(New Shepard)
ブルーオリジンが開発した再使用可能な準軌道ロケットシステム。アメリカ初の宇宙飛行士アラン・シェパードにちなんで命名された。ロケットとカプセルの両方が再使用可能で、カプセルには最大6人の乗客を乗せることができる。
ヤング・グラジュエート・トレーニー(Young Graduate Trainee)
欧州宇宙機関が提供する若手専門家向けの研修プログラム。修士号を取得した若手に対し、1年間の実務経験を提供する制度。ベントハウスは2024年にこのプログラムでESAに参加した。
アナログ宇宙飛行士ミッション(Analog astronaut mission)
地球上で宇宙環境を模擬した施設において、実際の宇宙ミッションを想定した訓練や研究を行うこと。火星や月面の環境を再現した施設で、隔離された状態で活動を行い、宇宙探査のための知見を得る。
ルナレス研究ステーション(Lunares Research Station)
ポーランドにある宇宙環境シミュレーション施設。車椅子でアクセス可能な設計となっており、多様な身体能力を持つ人々が宇宙探査訓練を行える数少ない施設の一つ。
【参考リンク】
Blue Origin(ブルーオリジン)(外部)
ジェフ・ベゾス創設の民間宇宙企業。再使用可能なロケット技術で準軌道宇宙旅行を提供。
AstroAccess(外部)
障害を持つ人々の宇宙探査参加を推進する非営利団体。2021年設立、無重力飛行実験を実施。
European Space Agency(欧州宇宙機関)(外部)
ヨーロッパ22カ国が参加する国際宇宙機関。人工衛星開発、惑星探査など幅広く展開。
Wings for Life Foundation(外部)
脊髄損傷の治療法発見を目的とする国際的な非営利財団。世界中の研究に資金提供。
SpaceX(外部)
イーロン・マスクが2002年創設の民間宇宙企業。再使用可能ロケット技術を確立。
【参考記事】
New Shepard Completes 37th Mission | Blue Origin(外部)
ブルーオリジン公式のNS-37ミッション報告。クルー発表から打ち上げ延期、成功までの経緯を記録。
German engineer becomes first wheelchair user to travel to space | CNN(外部)
ベントハウスの宇宙到達を詳報。106キロの高度到達、特別なストラップ使用など技術的詳細を掲載。
Blue Origin breaks the accessibility barrier | GeekWire(外部)
施設のアクセシビリティ向上への取り組みを解説。7階建て発射塔のエレベーター設置など。
Blue Origin launches wheelchair-user | CBS News(外部)
着陸後のベントハウスのコメントを詳報。「最高の体験」「すべての段階が素晴らしかった」と語る。
AstroAccess Ambassador Michaela Benthaus Makes History | AstroAccess(外部)
AstroAccessアンバサダーとしての活動を詳説。2022年の18回の放物線飛行実験など。
Blue Origin launches 1st wheelchair user to space | Space.com(外部)
ニューシェパードの実績を詳述。37回の打ち上げ、17回の有人飛行、延べ人数92人の搭乗者など。
【編集部後記】
宇宙旅行が現実のものになりつつある今、「誰が宇宙に行けるのか」という問いは、技術の進歩と同じくらい重要なテーマかもしれません。ベントハウスの挑戦は、私たちに「アクセシビリティ」という視点を示してくれました。宇宙という極限環境で多様性を実現するために必要な設計思想は、地上のあらゆる場所にも応用できるはずです。
みなさんは、テクノロジーが本当の意味で「すべての人のもの」になるために、何が必要だと思いますか。ぜひSNSで、ご意見をお聞かせください。































