「脱石油」を掲げるサウジアラビアが、次の成長エンジンに選んだのは宇宙産業だった。ispaceの4つ目のグローバル拠点設立は、中東と日本が描く月面探査の未来図を象徴している。
株式会社ispaceは2026年1月11日、サウジアラビア王国に新たな連結子会社ispace Saudi Arabia(仮称)の設立手続きを開始したと発表した。本発表は同日、サウジアラビアのリヤドで開催された日・サウジ・ビジョン2030閣僚ラウンドテーブルにおける”Saudi-Japan Ministerial Investment Forum”で行われた。
ispace Saudi Arabiaは東京、ルクセンブルク、デンバーに続く4つ目のグローバル拠点となる。ispaceはサウジアラビア投資省より投資登録証明書の交付を受けており、現在商業省による商業登録手続きを進めている。
同社は2025年にキング・ファハド石油・鉱物大学と月面探査機会創出に向けた覚書を締結しており、今回新たにサウジアラビアの科学技術機関と月関連技術の開発に関する覚書を締結した。
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ispace、サウジアラビア王国に新拠点を設立
【編集部解説】
日本の月面探査企業ispaceがサウジアラビアに拠点を設立する背景には、中東における宇宙産業の急速な成長があります。サウジアラビアは2016年に開始したVision 2030という経済多角化計画の中で、石油依存からの脱却を目指し、宇宙産業を戦略的重点分野に位置づけています。
特に注目すべきは、公共投資基金(PIF)を通じたNEO Space Groupによる宇宙技術への大規模投資と、サウジアラビア宇宙庁が主導する国際協力の推進です。これは単なる技術導入ではなく、自国の宇宙産業基盤を構築し、数千人規模の専門人材を育成する長期戦略の一環となっています。
ispaceにとって今回の拠点設立は、東京、ルクセンブルク、デンバーに続く4つ目のグローバル拠点であり、中東市場への本格参入を意味します。既に2025年2月にキング・ファハド石油・鉱物大学(KFUPM)と月面探査技術や月資源利用(ISRU)に関する覚書を締結しており、今回はそれをさらに深化させる動きです。
特に重要なのは、ispaceがこれまでのミッション1と2で蓄積した実践データを活用できる点です。月周回軌道到達や姿勢制御技術の実証実績は、理論だけでなく実際の運用ノウハウとして、サウジアラビアの宇宙開発に直接貢献できます。
この提携は日本とサウジアラビアの閣僚レベルのフォーラムで発表されたことからも、両国政府が支援する戦略的パートナーシップであることが分かります。民間宇宙企業の国際展開が、国家間の経済外交の一環として位置づけられている点は、宇宙産業の地政学的重要性を示しています。
今後、ispaceは2027年のミッション3、2028年のミッション4と打ち上げを控えており、サウジアラビア拠点からの顧客獲得やペイロード搭載の機会創出が期待されます。月面輸送サービスの商業化において、中東市場は新たな成長エンジンとなる可能性を秘めています。
【用語解説】
Vision 2030
サウジアラビアが2016年に発表した経済改革計画。石油依存からの脱却を目指し、宇宙産業、観光、エンターテインメントなど多様な産業への投資を推進している。
公共投資基金(PIF)
サウジアラビアの政府系ファンド。約9,000億ドル規模の資産を運用し、国内外の戦略的投資を実行する。宇宙分野ではNEO Space Groupを通じて投資を行っている。
NEO Space Group
公共投資基金傘下の宇宙技術投資グループ。民間宇宙企業への出資や技術提携を通じて、サウジアラビアの宇宙産業基盤の構築を推進している。
サウジアラビア宇宙庁
2018年12月に設立され、2023年6月に格上げされたサウジアラビアの宇宙開発機関。国際宇宙ステーションへの宇宙飛行士派遣やNASAとの協力協定など、積極的な宇宙活動を展開している。
ISRU(In-Situ Resource Utilization / 現地資源利用)
月や火星などの天体に存在する資源をその場で活用する技術。月の水氷から燃料を生成するなど、地球からの輸送コストを削減する重要な技術概念である。
ランダー
月や惑星の表面に着陸するための宇宙機。ispaceは小型軽量のランダーを開発し、商業的な月面輸送サービスの提供を目指している。
ミッション1、2、3、4
ispaceが計画する一連の月面探査ミッション。ミッション1は2022年12月11日に打ち上げられ月周回まで到達、ミッション2は2025年1月15日に打ち上げを完了し技術実証を継続。ミッション3は2027年、ミッション4は2028年に予定されている。
【参考リンク】
ispace公式サイト(外部)
月面資源開発を目指す日本の宇宙スタートアップ企業。小型ランダーと月面探査ローバーを開発し、民間による月面輸送サービスの商業化を推進。
キング・ファハド石油・鉱物大学(KFUPM)(外部)
1963年設立のサウジアラビアを代表する理工系大学。QS世界大学ランキング67位にランクインし、先端分野で90以上のプログラムを提供。
サウジアラビア宇宙庁(Saudi Space Agency)(外部)
サウジアラビアの宇宙開発を統括する政府機関。NASAとの協力協定締結や国際宇宙ステーションへの宇宙飛行士派遣など国際的な活動を展開。
【参考記事】
ispace Initiates New Entity in the Kingdom of Saudi Arabia to Accelerate Lunar Exploration Partnerships(外部)
ispaceが発表した英語版プレスリリース。サウジアラビアでの新拠点設立について、日・サウジ閣僚フォーラムでの発表経緯や今後の月面探査協力の詳細を記載。
ispace opens in Saudi Arabia(外部)
宇宙防衛専門メディアによる分析記事。ispaceのサウジアラビア進出がVision 2030における宇宙産業戦略とどう連動するかを解説。
King Fahd University of Petroleum & Minerals (KFUPM) & ispace Sign MOU to Explore Future Lunar Exploration Opportunities(外部)
2025年2月に発表されたKFUPMとispaceの覚書締結のプレスリリース。月面探査技術開発、人材育成、ISRUなどの協力分野について詳述。
Saudi Arabia’s Vision 2030 Pioneering Space Exploration in the Gulf(外部)
サウジアラビアの宇宙産業戦略を包括的に解説した記事。Vision 2030における宇宙セクターの位置づけ、人材育成目標、国際協力の方向性を分析。
【編集部後記】
日本の宇宙スタートアップが中東で拠点を構えるという動き、皆さんはどう感じられたでしょうか。石油大国のイメージが強いサウジアラビアですが、Vision 2030を通じて宇宙産業へ本格的にシフトしている現実は、世界のパワーバランスが大きく変わりつつあることを示しているように思います。
ispaceのような民間企業が国家戦略の一翼を担う時代に、私たち日本はどんな役割を果たせるのか。月面探査という夢のある分野だからこそ、一緒に考えていきたいテーマです。


































