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NASA、月の土壌から酸素抽出に成功 ── 炭素熱還元で「宇宙の現地調達」へ前進

NASAのJohnson Space Center(テキサス州ヒューストン)の科学者チームが、月面土壌の模擬物質から真空環境下で酸素を抽出することに初めて成功した。この試験はCarbothermal Reduction Demonstration(CaRD)チームが実施したもので、直径15フィート(約4.6メートル)の「Dirty Thermal Vacuum Chamber」と呼ばれる球形チャンバーを使用し、月面に近い条件を再現した。

高出力レーザーで太陽エネルギー集光器の熱を模擬し、Sierra Space Corp.(コロラド州ブルームフィールド)が開発した炭素熱還元リアクター内で模擬土壌を溶融、Mass Spectrometer Observing Lunar Operations(MSolo)により一酸化炭素を検出した。この試験によりリアクターの技術成熟度レベル(TRL)は6に到達し、宇宙での試験準備が整った段階となった。

CaRDはScience Technology Mission Directorate(STMD)内のLunar Surface Innovation Initiative(LSII)の一部であり、Artemisミッションへの応用が見込まれる。元記事の公開日は2023年4月25日であり、2026年2月13日にはNASAが太陽光集光器との統合試験成功を発表している。本記事では最新の進展を踏まえ、CaRD技術の現在地と今後の展望を解説する。

From: 文献リンクNASA Successfully Extracts Oxygen from Lunar Soil Simulant

【編集部解説】

今回ご紹介したNASA記事は2023年4月25日に公開されたものですが、このタイミングであらためて取り上げる理由があります。2026年2月13日、NASAはCaRDプロジェクトの最新成果として、太陽光集光器と炭素熱還元リアクターを統合したプロトタイプ試験の成功を発表しました。2023年の試験ではレーザーで太陽熱を「模擬」していたのに対し、最新の統合試験では実際の太陽エネルギーを用いてレゴリス模擬物質から一酸化炭素の生成を確認しています。つまり、月面での実運用により近い形での酸素抽出が実現されたことになります。

炭素熱還元とは、高温環境下で炭素を還元剤として酸化物から酸素を取り出すプロセスです。月の表面を覆うレゴリス(表土)は、重量比で約40〜45%が酸素で構成されています。ただし、この酸素はケイ酸塩鉱物として化学的に結合しているため、そのままでは利用できません。CaRDの技術は、炭素を還元剤として高温でこの結合から酸素を引き離し、一酸化炭素として取り出した後に酸素を分離するというものです。

この技術が実用化された場合の影響は非常に広範囲に及びます。月面で酸素を現地生産できれば、呼吸用の生命維持はもちろん、ロケット推進剤としても活用可能になります。現在、月面ミッションに必要な物資はすべて地球から輸送しなければならず、その打ち上げコストは1kgあたり数万ドル規模とされています。現地資源利用(ISRU)が成立すれば、この物流コストを劇的に圧縮できる可能性があります。

一方で、この技術にはいくつかの課題も残されています。2023年の試験で達成されたTRL 6は「地上で月面条件を模擬した環境での実証」を意味しますが、実際の月面で稼働させるTRL 7以降の検証はこれからです。月のレゴリスは地球の風化作用を経ていないため、粒子が非常に鋭利で研磨性が高く、機械部品の摩耗が深刻な問題となり得ます。Sierra Spaceが2024年8月に実施した自動化リアクター(COPR)の試験では、マイナス45度から1800度という極端な温度範囲での動作と、研磨性レゴリスのハンドリングに成功していますが、長期間の連続運用における耐久性は未知数です。

元記事で言及されていたVIPERローバーについても補足が必要です。VIPERは月面南極の水氷を探査する計画でしたが、コスト超過とスケジュール遅延により2024年7月に中止が発表されました。当初4億3350万ドルだった予算が6億960万ドルまで膨らんだことが主因です。ただし2025年9月にBlue Originが輸送パートナーとして選定されており、復活の可能性は残されています。一方で、今後の予算動向次第では先行きが不透明な状況も続いています。水氷の所在と濃度を把握する探査が遅れることは、ISRU全体の計画にも影響を与え得る点には留意が必要です。

将来的な視点として注目すべきは、NASAが2026年2月の発表で明言した「火星への応用可能性」です。CaRDの下流システムは、一酸化炭素から酸素を生成するだけでなく、二酸化炭素から酸素とメタンを生成するプロセスにも適応可能とされています。火星の大気は約95%が二酸化炭素であるため、同じ技術体系を転用できる可能性は、月面をテストベッドとする長期戦略と合致しています。

この技術は、人類が地球外で自律的に生存基盤を構築するための根幹をなすものといえます。「月の土から空気をつくる」という一見シンプルな成果の背後には、宇宙における資源経済という新しいパラダイムが見え始めています。

【用語解説】

炭素熱還元(Carbothermal Reduction)
高温環境下で炭素を還元剤として金属酸化物から酸素を分離するプロセス。地球上では鉄鋼や太陽光パネルの製造に数十年にわたり使用されてきた工業技術である。

レゴリス(Regolith)
月面を覆う微細粒子状の表土。数十億年にわたる隕石衝突と太陽風への曝露により形成された。重量比で約40〜45%が酸素で構成されるが、ケイ酸塩鉱物として化学的に結合しているため、そのままでは利用できない。地球の土壌とは異なり有機物を含まず、風化作用を経ていないため粒子が非常に鋭利で研磨性が高い。

その場資源利用(ISRU:In-Situ Resource Utilization)
探査先の現地にある資源を採取・加工し、酸素や水、推進剤などとして利用する概念。地球からの物資輸送への依存を大幅に削減し、長期的な宇宙探査を経済的に持続可能にするための基盤技術とされる。

技術成熟度レベル(TRL:Technology Readiness Level)
NASAが定める技術の開発段階を示す1〜9の尺度。TRL 6は「模擬環境下で完全に機能するプロトタイプまたは代表モデルが実証された段階」を意味し、宇宙での試験準備が整ったことを示す。

MSolo(Mass Spectrometer Observing Lunar Operations)
月面運用向けに開発された質量分析計。ガス成分の検出・定量に使用される。CaRD試験では一酸化炭素の検出に用いられた。

VIPER(Volatiles Investigating Polar Exploration Rover)
NASAが開発した月面南極の水氷探査用ローバー。コスト超過(当初4億3350万ドル→推定6億960万ドル)とスケジュール遅延を理由に2024年7月に中止が発表された。2025年9月にNASAはBlue Originを輸送パートナーとして選定したが、予算を巡る不確実性もあり、最終的な実現可否は流動的な状況にある。

Lunar Surface Innovation Initiative(LSII)
NASAのScience Technology Mission Directorate(STMD)が推進する月面技術開発プログラム。月面およびその他の天体表面で人間とシステムが生活・活動するために必要な基盤能力の開発を目的とする。CaRDはこのイニシアチブの一部である。

【参考リンク】

NASA Artemis Program(外部)
NASAの有人月面探査プログラム公式ページ。月面拠点確立と火星探査への足がかりを目的としている。

Sierra Space(外部)
CaRD試験用炭素熱還元リアクターおよびCOPRを開発した民間宇宙企業の公式サイト。

NASA Johnson Space Center(外部)
CaRD試験が実施されたNASAの主要拠点。有人宇宙飛行の管制・訓練の中核施設である。

NASA ISRU Overview(外部)
NASAの現地資源利用(ISRU)技術開発の公式概要。月面・火星での資源採取・利用計画をまとめている。

NASA TechPort – CaRD Project(外部)
NASAの技術ポートフォリオにおけるCaRDプロジェクト公式ページ。技術詳細と進捗が記載されている。

【参考記事】

Sunlight Extracts Oxygen From Regolith Using Solar Chemistry(外部)
2026年2月公開。CaRDが太陽光集光器との統合試験を完了し、太陽エネルギー駆動で一酸化炭素生成を確認。

NASA Ends VIPER Project, Continues Moon Exploration(外部)
2024年7月公開。VIPERのコスト超過($433.5M→$609.6M)と中止の公式声明。$84Mの節約見込み。

Sierra Space Unveils Breakthrough Technology Designed to Extract Oxygen from Lunar Soil(外部)
2024年9月公開。自動化COPR試験成功の公式発表。マイナス45度〜1800度で月面模擬環境下での酸素抽出を達成。

Environmental Testing of a Fully Automated Carbothermal Reactor for Lunar Oxygen Production(外部)
2025年4月公開のNASA技術報告。COPR熱真空試験の詳細。酸素抽出効率がプログラム目標を上回った。

Oxygen and metal from lunar regolith – ESA(外部)
2019年10月公開。レゴリスの酸素含有率(重量比40〜45%)と溶融塩電解法による96%の酸素抽出を報告。

【編集部後記】

月の砂から酸素をつくる。その言葉だけ聞くとSFのようですが、確実に技術として形になりつつあります。

「地球から持っていく」から「現地でつくる」へ。この発想の転換は、月面に限らず、私たちの資源やエネルギーとの向き合い方にも通じるものがあるかもしれません。みなさんは「宇宙で現地調達」と聞いて、どんな未来を想像しますか?ぜひSNSなどで聞かせていただけるとうれしいです。

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Ami
テクノロジーは、もっと私たちの感性に寄り添えるはず。デザイナーとしての経験を活かし、テクノロジーが「美」と「暮らし」をどう豊かにデザインしていくのか、未来のシナリオを描きます。 2児の母として、家族の時間を豊かにするスマートホーム技術に注目する傍ら、実家の美容室のDXを考えるのが密かな楽しみ。読者の皆さんの毎日が、お気に入りのガジェットやサービスで、もっと心ときめくものになるような情報を届けたいです。もちろんMac派!

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