2026年2月19日、Leiden Observatory(ライデン天文台)およびASTRONのティモシー・シムウェルを筆頭著者とする国際研究チームは、電波望遠鏡LOFARによる史上最大の電波サーベイ「LoTSS-DR3」の成果を学術誌Astronomy & Astrophysicsに発表した。
このサーベイは単一の調査として過去最多となる1,370万の宇宙電波源を捉え、活発に成長する超大質量ブラックホールに関するこれまでで最も包括的な調査結果を提供する。LOFARはオランダ国内の38局とヨーロッパ各地の14の国際局で構成され、最遠局間の距離は約2,000キロメートルに及ぶ。10年以上の観測で蓄積された18.6ペタバイト、13,000時間分のデータを処理した。
研究チームはこれまで未知の超新星残骸、既知で最大級かつ最古級の電波銀河、系外惑星と主星の相互作用に由来する可能性のある電波放射などを特定した。現在LOFARは観測速度を2倍にするLOFAR2.0へのアップグレードが進行中である。
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Largest radio survey ever maps the Universe in unprecedented detail – Leiden University
【編集部解説】
電波望遠鏡LOFARによるサーベイ「LoTSS」は、2019年のDR1(約32万5,000天体、北天の2%)、2022年のDR2(約440万天体、北天の27%)と段階的にスケールアップしてきました。今回のDR3は北天の88%にあたる19,035平方度をカバーし、カタログに収録された天体数は13,667,877に達しています。観測周波数は120〜168MHz、角度分解能は6秒角、感度の中央値は92μJy/beamです。約7年で対象領域と検出天体数が桁違いに拡大した背景には、電離層の擾乱を補正するアルゴリズムの革新と、約2,000万コア時間を投じた大規模データ処理の自動化があります。
この成果が持つ科学的なインパクトの核心は「統計的研究の実現」にあります。従来、超大質量ブラックホールの観測は個別の天体を対象とするケースが大半でした。しかし今回のサーベイでは数百万規模のブラックホールを一度に俯瞰できるため、進化の各段階にあるブラックホールの性質が、銀河や周囲の環境にどう依存するかを統計的に解析することが可能になります。宇宙の大規模構造の形成史を紐解くうえで、これまでにないアプローチが開かれたと言えます。
注目すべきは、LoTSS-DR3の全データが画像・カタログ・較正済みの可視性データを含め一般に公開されている点です。最終プロダクトだけで590テラバイトに及ぶデータセットが、世界中の研究者に開放されています。この「オープンデータ」の姿勢は、発見の加速だけでなく、データ駆動型研究の民主化という点でも大きな意味を持ちます。
一方で、18.6ペタバイトの生データを処理するにはヨーロッパ有数のスーパーコンピューターJUWELS(ユーリヒ研究センター)をはじめとする大規模計算資源が不可欠でした。パリ天文台のシリル・タッセ博士が主導したアルゴリズム開発と、複数のスーパーコンピューターに計算負荷を分散する仕組みがなければ、この規模のサーベイは実現し得なかったでしょう。天文学が「計算科学」と不可分になりつつある現実を示す好例です。
LOFARは現在、LOFAR2.0への大規模アップグレードが進行中です。2025年から2026年にかけて全52局のうち大部分でハードウェアが刷新され、10〜80MHzと110〜240MHzの2帯域での同時観測が可能になります。これにより観測速度は2倍に向上し、イタリアとブルガリアへの新局建設も予定されています。さらに将来的には、現在建設中のSquare Kilometre Array(SKA)との補完関係が鍵となります。SKAが2020年代後半に本格稼働しても観測周波数は50MHz以上に限られるため、50MHz以下の帯域と10倍以上の角度分解能を持つLOFARの独自性は維持されると見込まれています。
今回のサーベイが切り開いた可能性は天文学の枠にとどまりません。系外惑星と主星の磁気的相互作用から発せられる電波の検出は、惑星の居住可能性を評価する新たな指標となり得ます。また、銀河団の衝突領域で生じる粒子加速と磁場増幅のメカニズムの解明は、プラズマ物理学や核融合研究にも知見をもたらす可能性を秘めています。「電波で宇宙を見る」という行為が、人類の知の地平をどこまで押し広げるのか。LoTSS-DR3はその問いに対する、現時点での最も雄弁な回答です。
【用語解説】
LoTSS(LOFAR Two-metre Sky Survey)
LOFARを用いて北天全域を120〜168MHz(波長約2メートル)の低周波電波で観測する大規模サーベイ計画である。DR1(2019年、約32万5,000天体)、DR2(2022年、約440万天体)を経て、今回のDR3では約1,370万天体をカタログ化した。
超大質量ブラックホール
銀河の中心に存在する、太陽の数百万倍から数十億倍の質量を持つブラックホールである。周囲の物質を吸い込みながら成長し、強力なジェット(電波放射)を数百万光年にわたって噴出することがある。
電離層
地球の上層大気(高度約60〜1,000km)に存在する、太陽放射によって電離した気体の層である。低周波電波を屈折・散乱させるため、LOFAR観測では電離層の擾乱を補正するアルゴリズムの開発が不可欠であった。オーロラの発生原因でもある。
超新星残骸
大質量星が超新星爆発を起こした後に残る、高温ガスや衝撃波からなる構造である。電波観測によって可視光では検出困難な淡い残骸の発見が可能になる。
電波銀河
中心の超大質量ブラックホールから放出されるジェットが巨大な電波放射構造(ローブ)を形成している銀河である。LoTSS-DR3では既知の中で最大級・最古級の電波銀河が複数特定された。
角度分解能(6秒角)
天体観測において2つの天体をどれだけ細かく区別できるかを示す指標である。6秒角は満月の見かけの大きさ(約1,800秒角)の300分の1に相当する。
ペタバイト(PB)
データ量の単位で、1ペタバイトは約1,000テラバイト(約100万ギガバイト)に相当する。LoTSS-DR3では18.6ペタバイトの生データが処理された。
SKA(Square Kilometre Array)
オーストラリアと南アフリカに建設中の次世代巨大電波望遠鏡である。2020年代後半の本格稼働が予定されているが、観測周波数は50MHz以上に限られるため、50MHz以下の帯域ではLOFARが引き続き独自の優位性を持つ。
【参考リンク】
LOFAR Surveys – LoTSS-DR3 データリリースページ(外部)
LoTSS-DR3の全データプロダクト(カタログ、画像、較正済み可視性データなど約590TB)を公開している公式ページ。
LOFAR ERIC 公式サイト(外部)
LOFARを運営するEuropean Research Infrastructure Consortiumの公式サイト。LOFAR2.0の情報も掲載。
ASTRON(Netherlands Institute for Radio Astronomy)(外部)
LOFARを設計・建設したオランダ電波天文学研究所の公式サイト。技術情報やニュースレターを公開している。
Leiden Observatory(ライデン天文台)(外部)
筆頭著者ティモシー・シムウェルらが所属するライデン大学の天文学研究所。本サーベイの主要貢献機関。
Square Kilometre Array Observatory(SKAO)(外部)
オーストラリアと南アフリカに建設中の次世代電波望遠鏡SKAの国際機関公式サイト。
Astronomy & Astrophysics(学術誌)(外部)
LoTSS-DR3の論文(DOI: 10.1051/0004-6361/202557749)が掲載されたヨーロッパの主要天文学術誌。
【参考動画】
【参考記事】
Largest radio sky survey ever maps the universe in unprecedented detail | Chalmers(外部)
LoTSS-DR3の主要技術仕様(19,035平方度、13,667,877天体、約2,000万コア時間等)を数値とともに詳報。
Comprehensive map of the radio sky published | myScience(外部)
18.6PBのデータ処理にJUWELSを使用した計算科学的側面を詳述。ドイツ・ヴュルツブルク大学経由の報道。
The largest radio map of the sky reveals the Universe in unprecedented detail | Observatoire de Paris(外部)
アルゴリズム開発を主導したシリル・タッセ博士のコメントを掲載。LOFAR2.0とSKAの展望を報じている。
Largest ever radio sky survey maps the universe in unprecedented detail | Phys.org(外部)
ブラックホールの性質が銀河や周囲環境にも依存することを統計的に研究できるようになった点を強調。
Scientists Unveil Most Detailed Radio Sky Map Ever | The Daily Galaxy(外部)
超大質量ブラックホールのジェット分析や銀河団内の粒子加速メカニズムの発見などLoTSS-DR3の科学的成果を解説。
【編集部後記】
LoTSS-DR3のインタラクティブマップは、ブラウザさえあれば誰でも自由に閲覧できます。1,370万もの電波源が散りばめられた宇宙地図を、ご自身の目で眺めてみてはいかがでしょうか。
可視光では決して見えない宇宙の姿がそこに広がっています。「電波で宇宙を見る」という体験が、宇宙に対する感覚を少し変えてくれるかもしれません。







































