2月23日は、日本では「天皇誕生日」として親しまれていますが、科学の世界に目を向けると、人類が「宇宙を見る新しい目」を手に入れた、極めてドラマチックな記念日でもあります。
1987年のこの日、はるか約16万光年の彼方から届いた「11粒の奇跡」が、現代物理学の扉をこじ開けました。爆発から39年、ニュートリノ天文学の誕生を振り返ります。
今回は、以前ご紹介した小柴昌俊氏の歩みを辿りつつ、いま、日本の地下深くで静かに進んでいる宇宙探査の最前線へとご案内します。
1987年2月23日、人類が「宇宙の裏側」をのぞき見た日
今から39年前の今日。夜空の一角、大マゼラン雲でひとつの巨大な星がその一生を終え、壮絶な超新星爆発「SN 1987A」を起こしました。
その瞬間、星の内部から解き放たれたのは光だけではありません。あらゆる物質をすり抜ける謎の粒子「ニュートリノ」が、怒涛の勢いで宇宙空間に放り出されました。
そのうちのわずか11粒を、岐阜県・神岡鉱山の地下1000メートルに設置された観測装置「カミオカンデ」が捉えました。これが、人類が光以外の手段で天体現象を直接観測した歴史的瞬間です。
【コラム】ニュートリノ天文学って?
宇宙から届く情報の多くは「光」ですが、光は分厚いガスや星の内部を通ることができません。一方のニュートリノは、地球をもスルーして通り抜ける性質を持ちます。
1987年、カミオカンデが11粒の粒子を捕まえたのは、いわば「星の爆発現場から、直接証拠品を持ち帰った」ようなもの。光では見ることができない星の内部で何が起きていたのかを、人類は初めて知ることができたのです。
「やれば、できる」――小柴昌俊氏が遺した執念のバトン
この歴史的な観測を成功させたのは、2002年にノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊氏です。
小柴氏の人生は、少年時代の病による療養など、多くの試練がありました。しかし、病床で手にした物理学の本や、逆境をバネに変えた「やれば、できる」の精神が、世界初の快挙を成し遂げる原動力となりました。
実は当時のカミオカンデは、別の現象を観測するための装置でした。しかし、いつ何が起きてもいいように装置を磨き上げ、24時間データを記録し続けた「完璧な準備」があったからこそ、宇宙からの微かなメッセージを受け取ることができたのです。
有効体積10倍の進化:次世代「ハイパーカミオカンデ」の衝撃
小柴氏が築いた礎は、いま、世界最大級のプロジェクトへと進化しています。2028年の稼働を目指す「ハイパーカミオカンデ(Hyper-K)」は、その規模も性能も圧倒的です。
- 巨大な空洞: 直径68メートル、深さ71メートル。2025年7月31日には、この巨大な地下空洞の掘削が完了しました。
- 有効体積の飛躍: 実際に観測に用いる有効体積(フィデューシャル体積)は、現在のスーパーカミオカンデの**約10倍**に拡大されます。
- 超高性能センサー: 壁面を埋め尽くす最大約4万本の光センサーが、宇宙の微かな光を捉えます。
この巨大な「目」が完成すれば、例えば私たちの銀河系内で超新星爆発が起きた際、数万件規模のニュートリノ事象を捉え、星が死ぬ瞬間のメカニズムを詳細に描き出すことが可能になります。
星屑のルーツを辿る旅
私たちの体を作っているカルシウムや鉄といった元素は、もともとは超新星爆発によって宇宙にばらまかれたものです。SN 1987Aの発見から約40年。ニュートリノを追うことは、私たち自身のルーツを探ることでもあります。
「見えないものを見ようとする」科学者たちの情熱は、いまも神岡の地下深くで熱く燃え続けています。祝日のひととき、ふと夜空を見上げて、今この瞬間も自分の体を通り抜けているかもしれない「宇宙の使者」に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
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【用語解説】
ニュートリノ
物質を形作る最小単位である素粒子の一種。電気を持たず、質量も極めて小さいため、あらゆる物質を通り抜ける。
超新星爆発
重い星が一生を終える際に行う大規模な爆発。膨大なエネルギーとともに大量のニュートリノを放出する。
SN 1987A
1987年に大マゼラン雲で発見された超新星。世界で初めて超新星ニュートリノが検出された。
陽子崩壊
物質の核を構成する「陽子」が、極めて長い時間の果てに別の粒子へと壊れる理論上の現象。
マルチメッセンジャー天文学
光、ニュートリノ、重力波など、複数の手段を組み合わせて宇宙を観測する手法。
【参考リンク】
東京大学宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究施設
岐阜県飛騨市神岡町の地下1,000メートルで、スーパーカミオカンデ等を運営する世界屈指の研究拠点。
次世代ニュートリノ観測装置「ハイパーカミオカンデ」
2028年の実験開始を目指す国際共同研究プロジェクト。有効体積を10倍に拡大し、宇宙の進化の謎に挑む。
東京大学宇宙線研究所 (ICRR)
宇宙線や素粒子の研究を通じて宇宙の成り立ちを探求する研究機関。
【参考動画】
2025年7月に完了した、世界最大級の地下空洞を捉えた最新映像。
プロジェクトの目的や装置の仕組みを視覚的に解説した公式ムービー。







































