advertisements

日本の宇宙産業、構造転換へ—経産省・宇宙戦略基金 第3期テーマ公表、打上げ能力「年30件」を目指す

経済産業省は2026年2月25日、宇宙戦略基金の「基本方針」を内閣府・総務省・文部科学省とともに改定した。同日、令和7年度補正予算(総額2,000億円、経済産業省計上分740億円)を活用する「宇宙戦略基金 実施方針(経済産業省計上分)第三期技術開発テーマ」を内閣府とともに策定・公表した。

宇宙戦略基金は2023年度にJAXAに創設されたものである。第三期は全省庁合計で19テーマ・約80件の採択を見込む。経済産業省計上分の5テーマは、民間ロケット打上げ実証加速化(支援総額最大240億円、最大2件採択)、ロケット飛行運用の効率化・高機能化、宇宙交通管理を見据えた自律性確保に資する事業化加速、デジタル技術を前提とした衛星開発・製造プロセスの刷新、衛星を活用した軌道上実証の低コスト・高頻度化技術の開発実証である。

今後、JAXAにおいて公募が実施される予定だ。

From: 文献リンク「宇宙戦略基金基本方針」の改定及び「宇宙戦略基金実施方針(経済産業省計上分)第三期技術開発テーマ」の策定を行いました|経済産業省

【編集部解説】

宇宙戦略基金とは、2023年度に創設されたJAXA主体の資金配分プログラムです。総額1兆円規模の支援を目指すこの基金は、令和5年度補正予算(第1期:約3,000億円)、令和6年度補正予算(第2期:約3,000億円)に続き、今回の第3期(令和7年度補正予算:2,000億円)で累計約8,000億円規模に達します。単発の補助金ではなく、10年間にわたって民間企業・スタートアップ・大学を継続支援する「基金」という形態が最大の特徴です。

今回の第3期では全省庁合計で19テーマ、約80件の採択を見込んでいます。経済産業省が公表した5テーマはその一部であり、特に民間ロケット打上げ実証加速化への支援総額は最大240億円、1件あたり最大120億円と規模が大きい点が目を引きます。比較対象として挙げられる米国の「Venture-Class Acquisition of Dedicated and Rideshare(VADR)」や欧州の「Flight Ticket Initiative」と同様に、政府が民間ロケット事業者の”死の谷”を越える支援を担う構図です。

なぜ今、このタイミングで第3期なのか。その答えは「需要の海外流出」という危機感にあります。現在、国内の民間ロケットは年間打上げ機数が10機未満にとどまり、衛星事業者は打上げ機会を求めて海外に流出せざるを得ない状況です。この構造が続けば、経済的損失だけでなく、技術開発の遅滞や安全保障上の自律性喪失にもつながりかねません。政府が「2030年代前半に年間30件の打上げ能力確保」というKPIを掲げている背景には、こうした切実な問題意識があります。

5テーマの中でも特に注目したいのが「宇宙交通管理(STM)を見据えた自律性確保」です。現在、低軌道には数万機規模の衛星コンステレーションが展開されており、衝突リスクや軌道上デブリの問題は国際的な議題となっています。宇宙状況把握(SSA)データ基盤を日本独自で構築できなければ、他国のデータに依存した”自律性のない宇宙活動”を余儀なくされます。このテーマは単なる技術支援を超え、日本の宇宙外交上の立場にも直結する戦略的な投資といえます。

「デジタル技術を前提とした衛星開発・製造プロセスの刷新」も、見逃せないテーマです。衛星の設計・製造にMBSE(モデルベースシステムズエンジニアリング)などのデジタル手法を導入し、開発プロセスを標準化することで、従来の”一品もの”体制から量産・コスト競争力のある体制への転換を図ります。これはSpaceXをはじめとした海外勢が実現している「衛星を大量かつ迅速に製造する能力」を日本でも獲得するための取り組みです。

一方でリスクも見ておく必要があります。打上げ実証加速化テーマでは「失敗リスクを許容してでも繰り返し挑戦させる」という思想が明確に打ち出されており、最大6回の打上げ実証に公的資金が充てられます。失敗を前提とした大胆な設計は評価できますが、成果検証の透明性や、支援終了後に自立できる事業者を本当に育てられるかという問いは、継続的に問われるでしょう。

宇宙戦略基金の枠組みは、宇宙活動法の改正議論とも連動しています。政府は制度面・資金面の両輪で宇宙産業の競争環境を整備しようとしており、法整備と基金支援が揃うことで、国内スタートアップにとっての参入障壁が下がり、新しいプレーヤーが市場に加わる素地が生まれます。

日本の宇宙産業の市場目標は「2030年代早期に8兆円」です。2020年時点の4兆円から倍増するためには、政府の支援だけでなく、民間資金の呼び込みと国際市場への展開が不可欠です。今回の第3期が単なる”補助金の第3弾”に終わらず、日本の宇宙産業を国際競争の舞台に押し上げる転換点になるかどうか。その答えは、JAXAによる公募・採択プロセスと、支援を受けた企業の実績が示していくことになります。

【用語解説】

宇宙戦略基金(Space Strategy Fund / SSF)
JAXAに設置された、民間企業・大学・スタートアップへの最長10年間の技術開発支援基金。資金配分機関としてのJAXAが公募・採択・マネジメントを担う。

TRL(技術成熟度レベル / Technology Readiness Level)
NASAが提唱した技術の成熟度を示す指標で、1〜9の9段階で評価する。TRL1が基礎研究段階、TRL9が実際のミッションで実証済みの最成熟段階。本文中のTRL8〜9は「実証済みで実用化可能な水準」を意味する。

SSA(宇宙状況把握 / Space Situational Awareness)
軌道上の物体(衛星・デブリ等)を追跡・識別・軌道予測し、衝突リスクを評価する活動。あくまで「把握」に特化した概念であり、STMとは役割が異なる。

STM(宇宙交通管理 / Space Traffic Management)
打上げから軌道上運用・再突入までの宇宙活動を計画・調整・管理し、安全・安定・持続可能な宇宙利用を実現する仕組み。SSAを土台に「管理・調整」まで踏み込む上位概念。

衛星コンステレーション
特定のサービス(通信・観測等)を実現するために複数の衛星を軌道上に組み合わせて配置したネットワーク。代表例はStarlinkで、現在約6,000〜7,000機規模が運用されている(※時期により変動)。

ステージゲート評価
技術開発を複数フェーズに区切り、各段階(ゲート)で進捗・成果・事業性を審査し、継続・加速・中止を判断する管理手法。本基金では原則として支援開始後3年目を目安に実施する。

VADR(Venture-Class Acquisition of Dedicated and Rideshare)
米国政府(NASA/Space Force等)が民間ロケット事業者から打上げサービスを調達する制度。政府需要を活用することで民間ロケットの信頼性向上と事業化を後押しする枠組み。

Flight Ticket Initiative
欧州宇宙機関(ESA)が民間ロケット事業者に打上げ機会を提供・支援する制度。VADRと同様に、政府の打上げ需要を民間ロケット育成に活用する取り組みである。

MBSE(モデルベースシステムズエンジニアリング / Model Based Systems Engineering)
システムの設計・開発をデジタルモデルで一元管理する手法。従来の紙・ドキュメント中心の開発から脱却し、設計品質の向上と開発期間の短縮を実現する。衛星開発への導入が第4テーマの核心である。

【参考リンク】

JAXA宇宙戦略基金 公式サイト(外部)
JAXAが運営する宇宙戦略基金の公式ポータル。基本方針・公募要領・採択結果など最新情報を発信している。

経済産業省|宇宙戦略基金 基本方針改定・第三期技術開発テーマ策定(プレスリリース)(外部)
2026年2月25日付の公式発表。基本方針の改定全文と第三期5テーマの詳細を参照できる一次情報。

【参考動画】

【参考記事】

宙畑|宇宙戦略基金、第1期3,000億円分の採択結果が出揃う(外部)
第1期の採択状況と予算規模(約3,000億円)を詳報。第1期・第2期の実績数値の裏付けとして参照した。

SPACE CONNECT|宇宙戦略基金、改定後の方針と第二期(外部)
第2期(令和6年度補正予算:約3,000億円)の詳細を解説。第1期・第2期の予算規模の確認に使用した。

World Economic Forum|How Japan can remain a star player in the space sector(外部)
日本の宇宙市場4兆円→8兆円倍増目標を分析。市場規模の数値の裏付けとして参照した記事。

Greenberg Traurig|Japan’s Basic Policy 2025 Strengthens Space Industry(外部)
宇宙活動法改正の方向性と官民連携強化を法律面から解説。制度動向の裏付けとして参照した記事。

SpaceX Launch Statistics(外部)
Falcon 9の成功率99.5%・年間167回の打上げデータを掲載。日本の年30件目標の国際的位置づけ把握に使用。

【編集部後記】

第2期では、アークエッジ・スペース・QPS研究所・Synspective・日本電気の4社が「商業衛星コンステレーション構築加速化」テーマに採択され、アストロスケールはデブリ除去分野で名を連ねました。そしてispaceは「月極域における高精度着陸技術」で最大200億円・最長5年という第2期最大規模の支援を受け、2029年のMission 6に向けた月着陸船開発を本格始動させています。ElevationSpaceは高頻度物資回収システムで採択されるなど、衛星・探査・輸送と多彩な顔ぶれがそろいました。

第3期では、それらの衛星・探査機を「宇宙に届ける」フェーズ——すなわちロケット打上げ実証そのものに最大240億円が投じられます。衛星を作る力、月を目指す力、そしてロケットで飛ばす力。三つが揃ってはじめて、日本の宇宙産業は自律したエコシステムになれます。第2期で動き出した企業たちが、第3期の公募でさらにどんな顔を見せるのか——一緒に追いかけていきませんか。

投稿者アバター
TaTsu
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。

読み込み中…

innovaTopia の記事は、紹介・引用・情報収集の一環として自由に活用していただくことを想定しています。

継続的にキャッチアップしたい場合は、以下のいずれかの方法でフォロー・購読をお願いします。