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月の砂で宇宙に建てる。Space Quarters が示した「宇宙建築」という人類の次の一歩

[更新]2026年3月29日

Space Quarters Inc. は2026年3月25日、金属および月レゴリス系建設材料を対象とした宇宙溶接の航空機実証試験に成功したと発表した。

試験はダイヤモンドエアサービス株式会社の航空機に高真空チャンバーを搭載して実施され、超高真空・微小重力・月面重力(1/6G)環境下でEBWシステムによる繰り返し接合試験を行い、安定した溶接と十分な接合強度を確認した。EBW金属溶接技術はJAXAとの共同研究で開発された。

同じ枠組みのなかで、大林組が提供した焼結月レゴリス材料の溶接実証を世界で初めて達成した。月への輸送コストは1キログラムあたり100万ドルとされており、現地資源活用(ISRU)による建設の可能性を示すものである。

Space Quarters Inc. のCEOは大西翔吾で、東京都渋谷区に拠点を置く。

From: 文献リンクSpace Quarters Successfully Demonstrates Space Welding Technology for Metals and Regolith-based Construction Materials Under Ultra-high Vacuum, Microgravity, and Lunar Gravity Conditions Toward Realizing Space Architecture

【編集部解説】

今回の発表を正しく理解するには、まず「EBW(電子ビーム溶接)」という技術の特性を押さえておく必要があります。EBWは、真空環境で電子ビームを金属に照射して溶融・接合する技術です。地球上の一般的な溶接(TIG溶接やMIG溶接)は大気中の酸素や窒素が溶接部に混入するため品質が低下しやすいのに対し、EBWは真空中で行うため不純物の混入がなく、高強度・高精度な接合が可能です。宇宙空間はもともと真空であるため、EBWは「宇宙で溶接するために生まれてきたような技術」と言えます。なお、一般的な電子ビーム溶接装置は100kg以上になりますが、Space Quarters はこれを高圧電源と電子銃を合わせて7kg以下にまで小型・軽量化することに成功しており、ロボットアームや小型ロボットでの取り回しを可能にしています。

今回の実証で特筆すべきは、「航空機を使った微小重力・月面重力の再現」という手法の巧みさです。航空機を特定の飛行経路(放物線飛行)で操縦することで、機内に短時間の微小重力状態を作り出すことができます。Space Quarters は、微小重力実験飛行を事業として手がけるダイヤモンドエアサービス株式会社(三菱重工業グループ、愛知県西春日井郡豊山町)の航空機にEBWシステムと高真空チャンバーを搭載し、宇宙空間に近い環境を地上近傍で再現しました。実際の宇宙実証よりも低コストかつ繰り返し試験が可能であり、技術成熟度を段階的に高めるうえで合理的なアプローチです。

焼結月レゴリス材料の溶接実証については、「世界初」という表現が使われています。レゴリスとは月面を覆う岩石・砂の微粒子のことで、現地で採取してブロック状に焼結(高温で粒子を固める工程)すれば建設材料として利用できる可能性があります。この材料をEBWで接合できたという事実は、月面での建設において「地球から材料を運ばなくてよい」という未来へ向けた重要な一歩を示しています。

プレスリリースには「月への輸送コストは1キログラムあたり100万ドル」という数字が登場します。この数値は「よく引用される(often cited)」として記載されているものです。学術文献では月面への輸送コストとして2万ドル〜13万ドル/kgという試算が多く見られ、商業打ち上げ市場の競争激化やSpaceX Starshipの実用化が進めば、さらなる低コスト化が見込まれています。ただし輸送費が今後どれほど下がるとしても、月面で大規模構造物を建設するために必要な建材の総量を考えれば、現地資源(レゴリス)を活用するISRUの重要性は変わりません。

この技術が実用化されると、何が可能になるのでしょうか。大きく分けると三つの領域が考えられます。一つ目は「軌道上サービス」です。老朽化した衛星の修理や、大型宇宙構造物の軌道上組み立てが可能になります。現状、破損した衛星はほぼ廃棄するしかありませんが、宇宙溶接ロボットが普及すれば衛星の延命やアップグレードが現実のものとなります。二つ目は「月面インフラ建設」です。宇宙飛行士の居住区や実験施設、通信基地などを月のレゴリスから現地調達した材料で建設できれば、月面拠点の維持コストは劇的に下がります。三つ目は「宇宙製造」です。地球上で製造した部品を打ち上げる代わりに、軌道上で製造・組み立てを完結させる「宇宙工場」の構想も現実味を帯びてきます。

潜在的なリスクや課題も直視する必要があります。今回の実証は航空機による地球近傍の試験であり、実際の宇宙空間での長期動作、放射線耐性、温度変動への対応など、まだ検証すべき課題は山積しています。また、軌道上での溶接作業には自律ロボット技術との統合が不可欠であり、Space Quarters が掲げる「宇宙建設ロボティクス」の完成度が今後の鍵を握ります。規制面でも、軌道上での製造・修理活動に関する国際的なルール整備は緒についたばかりであり、技術の進展に法制度が追いつくかどうかは注視が必要です。

日本のスタートアップとして、JAXAや大林組・IHI Aerospace・Sky Perfect JSATといった大手との連携体制を着実に構築している点は、単なるプレスリリース以上の重みを持ちます。2022年に大西翔吾氏が東北大学発スタートアップとして創業し、わずか数年でここまで技術実証を積み上げてきたことは、日本の宇宙産業の底力を示す事例として記憶しておきたいところです。「宇宙に建てる」という人類の夢に向けて、溶接という地道な技術が最前線に立っている——この逆説的な事実こそが、このニュースの本質ではないでしょうか。

【用語解説】

EBW(電子ビーム溶接/Electron Beam Welding)
電子を高速に加速させてビーム状に照射し、その衝突エネルギーで金属を溶融・接合する技術。真空環境で動作するため酸化や窒素混入がなく、高強度かつ高精度な溶接が可能である。宇宙空間はもともと真空のため、宇宙での溶接に非常に適した技術とされる。なお、一般的な電子ビーム溶接装置は100kg以上になるが、Space Quarters は高圧電源と電子銃を合わせて7kg以下にまで小型・軽量化することに成功しており、ロボットアームや小型ロボットでの取り回しを可能にしている。

レゴリス(Regolith)
月面や小惑星の表面を覆う、岩石・鉱物が細かく砕けた砂状の堆積物。月のレゴリスは二酸化ケイ素(SiO₂)やアルミナ(Al₂O₃)、酸化鉄(FeO)などを主成分とし、焼結(加熱して粒子同士を固める)処理によって建設材料として活用できる可能性がある。

ISRU(現地資源活用/In-Situ Resource Utilization)
月や火星など、探査・居住先の現地にある資源を活用してインフラや消耗品を生産する概念。地球から材料をすべて運ぶコストを大幅に削減できるため、持続可能な宇宙活動の根幹をなす戦略として、世界各国の宇宙機関や民間企業が研究を進めている。

焼結(Sintering)
粉末状の材料を融点以下の温度で加熱・加圧し、粒子同士を結合させて固体を形成する製造プロセス。月のレゴリスをセメントなどの添加材なしにブロック状の建材へ加工できる手法として、月面建設への応用が注目されている。

微小重力(Microgravity)
重力の影響がほぼゼロに近い状態。地球軌道上の宇宙船内などで生じる。今回の試験では、航空機を放物線状の飛行経路で操縦することで機内に短時間の微小重力環境を作り出した。同様に月面重力(地球の約1/6G)も同じ手法で再現している。

オンオービットサービス(On-Orbit Services)
衛星や宇宙構造物を軌道上で直接修理・整備・組み立て・燃料補給などを行うサービスの総称。従来は損傷した衛星を廃棄するしかなかったが、軌道上サービスが実用化されれば衛星の延命や機能アップグレードが可能となり、宇宙デブリの削減にもつながると期待されている。

【参考リンク】

Space Quarters Inc.(外部)
東北大学発ディープテックスタートアップ。EBW技術を核に軌道上・月面での大型宇宙インフラ建設システムを開発している。

JAXA(国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構)(外部)
日本の宇宙開発を主導する国立研究開発法人。Space Quartersとの共同研究で省エネ型EBW溶接技術の開発に貢献している。

大林組(外部)
日本の大手総合建設会社。今回の実証で焼結月レゴリス材料を提供し、Space Quartersと月面建設技術の共同研究を進めている。

ダイヤモンドエアサービス株式会社(外部)
三菱重工業グループの航空サービス会社(愛知県豊山町)。微小重力実験飛行を専門とし、今回の試験に航空機を提供した。

【参考記事】

Space Quarters 無重力・月面重力環境での宇宙溶接技術実証に世界初成功(事業構想オンライン)(外部)
今回の実証を詳報した国内記事。EBW装置を7kg以下に軽量化した詳細や月面輸送コストの補足情報を伝えている。

Sintered or melted regolith for lunar construction(ScienceDirect)(外部)
月面輸送コストを現在価値換算で約13万ドル/kgと試算。ISRUなしに持続可能な月面活動は成立しないと論じる学術論文。

In-situ additive manufacturing with lunar regolith(ScienceDirect)(外部)
月への輸送コストを2万2,000ドル/kg超と示し、ISRUの必要性と積層造形技術の現状を包括的にレビューした学術論文。

New concept for lunar construction(Geosystem Engineering)(外部)
現在の打ち上げコストを約1,410ドル/kg(低軌道基準)と算出。Starship実用化後もISRUの意義は失われないと論じる。

Review of Electron Beam Welding Technology in Space Environment(ScienceDirect)(外部)
EBWの宇宙適用を包括的にレビューした学術論文。微小重力・真空・温度変化がEBWプロセスへ与える影響を詳細に分析。

Space Quarters Raises $5M To Demo In-Space Welding(Aviation Week)(外部)
500万ドルのシードラウンド調達と2027〜2028年の軌道上・月面実証計画を報じるAviation Weekの英語記事。

Space Quarters Raises USD 5.0 Million in Seed Round(finsmes.com)(外部)
Space Quartersの設立経緯とJAXA・大林組・IHI Aerospaceなど主要パートナーとの連携実績を詳報した英語記事。 

【関連記事】

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【編集部後記】

「宇宙に建てる」という言葉を聞いて、どんな光景を思い浮かべますか。SF映画の中の話ではなく、溶接という地道な技術がその扉を少しずつ押し開けようとしています。月の砂から作った建材を、月の重力の中で接合する——そんな未来が、私たちの世代に訪れるかもしれません。あなたはどんな構造物を、宇宙に建ててみたいですか。

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Ami
テクノロジーは、もっと私たちの感性に寄り添えるはず。デザイナーとしての経験を活かし、テクノロジーが「美」と「暮らし」をどう豊かにデザインしていくのか、未来のシナリオを描きます。 2児の母として、家族の時間を豊かにするスマートホーム技術に注目する傍ら、実家の美容室のDXを考えるのが密かな楽しみ。読者の皆さんの毎日が、お気に入りのガジェットやサービスで、もっと心ときめくものになるような情報を届けたいです。もちろんMac派!

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