理化学研究所環境資源科学研究センター環境代謝分析研究チームの倪新宇大学院生リサーチ・アソシエイト、天本義史客員研究員、菊地淳チームディレクターの研究チームは、マルチモーダル・マルチタスクの機械学習モデルを用いて生分解性プラスチックを解析し、微生物による分解プロセスとポリマー材料のタフさとの関係性を明らかにした。
研究チームは鶴見川河口水の微生物叢を用いて段階的な分解実験を行い、4日、8日、16日、30日の各時点で材料の重量変化を記録した。核磁気共鳴、示差走査熱量測定、RDKit分子記述子などの複数の分析技術を組み合わせ、SHAPを用いた説明可能AI解析により、分子鎖の運動性が材料の分解挙動に強く影響することを突き止めた。本研究は理研プレス(2025年12月23日)によれば、論文はオンライン版(12月5日付)に掲載された。
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万能AIによるサステナブル材料設計-分解性とタフさのトレードオフ解決に迫る新技術-

【編集部解説】
生分解性プラスチックが抱える根本的なジレンマに、理化学研究所の研究チームが新たな光を当てました。使用中は十分な強度を保ちながら、環境中では速やかに分解される。この相反する二つの要求を同時に満たすことは、材料科学における最大の課題の一つです。
本研究の革新性は、複数の異なる分析手法から得られたデータを統合的に扱う「マルチモーダル」と、分解性と強度という複数の特性を同時に予測する「マルチタスク」を組み合わせた点にあります。従来の材料開発では、これらの特性は個別に評価されることが多く、トレードオフの本質的なメカニズムは見えていませんでした。
特筆すべきは、核磁気共鳴技術を用いて材料の「内部」を非破壊で観察している点です。分子鎖がどのように動いているか、どの部分から分解が始まるかといった、目に見えない変化を捉えることで、材料設計の精度を飛躍的に高められます。これは医療におけるMRI検査のように、材料に「健康診断」を施しているようなものです。
研究チームが理研横浜地区に隣接する鶴見川河口水の天然微生物叢を活用している点も注目に値します。チームがこれまで構築してきた生分解性プラスチックの迅速評価法を基盤とし、実際の自然環境に近い条件での評価により、ラボでの理論値と実環境でのギャップを埋めることができます。
この技術が実用化されれば、食品包装材や農業用フィルムなど、使い捨てプラスチックの設計が根本から変わる可能性があります。必要な期間だけ機能を維持し、その後は環境中で確実に分解される材料を、試行錯誤ではなくデータに基づいて設計できるようになるでしょう。
一方で、AIモデルの予測精度は学習データの質と量に依存します。多様な生分解性ポリマーに対して、どこまで汎用性を持たせられるかが今後の課題となります。また、微生物分解のスピードは環境条件によって大きく変動するため、実際の海洋や土壌での挙動を正確に予測するには、さらなるデータ蓄積が必要でしょう。
材料情報学の進展により、開発期間とコストの大幅な削減が期待されます。これは単なる効率化にとどまらず、持続可能な社会への移行を加速させる鍵となる技術です。
【用語解説】
マルチモーダル・マルチタスク機械学習
異なる種類のデータ(核磁気共鳴、熱分析、分子構造など)を同時に学習する「マルチモーダル」と、複数の特性(分解速度、強度、靭性など)を一度に予測する「マルチタスク」を組み合わせた機械学習手法。従来の単一データ・単一タスクのアプローチと比べ、材料の複雑な振る舞いを総合的に理解できる。
核磁気共鳴(NMR)
磁場の中で原子核にラジオ波を照射し、その応答信号を解析することで、分子構造や運動性を非破壊で調べる分析技術。医療で使われるMRIと同じ原理に基づいている。材料科学では分子レベルの詳細な情報を得るために広く用いられる。
SHAP(SHapley Additive exPlanations)
機械学習モデルの予測結果において、各特徴量がどの程度寄与しているかを定量的に評価する説明可能AI技術。ブラックボックス化しがちなAIモデルの判断根拠を可視化し、研究者が重要な要因を理解するのに役立つ。
材料情報学(MI)
AI、機械学習、データ科学を活用して材料の構造と性能の関係を解析し、新材料の設計を効率化する学問分野。従来の試行錯誤型開発から、データ駆動型の予測的開発へのパラダイムシフトを実現する。
主成分分析(PCA)
多次元データの中から主要な変動要因を抽出し、少数の主成分に次元を削減する統計手法。複雑なデータの特徴やパターンを可視化し、解釈しやすくするために用いられる。
【参考リンク】
理化学研究所(理研)(外部)
日本を代表する自然科学系の総合研究機関。本研究を実施した環境資源科学研究センターもその一部である。
理化学研究所 環境資源科学研究センター(外部)
持続可能な社会の実現に向けた研究を行う理研の研究拠点。本研究を主導した環境代謝分析研究チームが所属。
Sustainable Materials and Technologies(外部)
持続可能な材料と技術に関する査読付き国際科学雑誌。材料科学、化学工学、環境科学分野の研究成果を掲載。
RDKit(外部)
化学情報学のためのオープンソースソフトウェアツールキット。創薬や材料開発の研究で広く使用されている。
【参考記事】
『AI聖徳太子』が複数情報を聞き分け、開発方針を指示(外部)
菊地チームディレクターらによる先行研究。材料のNMR分子運動性情報とAIを組み合わせた最適化技術を報告。
『微生物村』はいかに形成されるか(外部)
鶴見川河口水の微生物叢を用いた生分解性プラスチックの迅速評価法の構築について報告した研究。
【編集部後記】
プラスチック問題の解決策として注目される生分解性素材ですが、実は「使用中は丈夫で、廃棄後はすぐ分解される」という相反する性質の両立が大きな壁となっています。本研究は、AIと先端分析技術の融合により、この難題に挑む新しいアプローチを示しています。
私たちが日々手にする包装材や容器が、いつか環境と共存しながら機能する未来を、どのように実現していくべきでしょうか。材料科学とAIの協働が切り拓く持続可能な社会の姿について、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。































