発表から3週間、世界のエネルギー業界がこの技術に注目し続けている理由があります。電気分解に頼らず太陽光を直接化学反応に変換する手法は、グリーン水素のコスト構造を根本から変える可能性を秘めているからです。海水をそのまま使える点も、淡水資源の制約を受けない水素生産への道を拓きます。
シドニー大学の研究チームが2026年1月20日、液体ガリウム粒子と太陽光を用いた水素生成技術を発表しました。海水や淡水から直接水素を生成でき、太陽光から水素への変換効率は12.9%に達します。従来の電気分解が「電気→水分解」という2段階を必要とするのに対し、この技術は太陽光を直接化学反応に変換します。
ガリウムは反応後も還元して循環利用できますが、希少金属であり供給の95%以上を中国が握っているため、循環利用の確立が実用化の鍵となります。研究チームは次のステップとして中規模反応器の開発を進めています。
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Scientists use sunlight and liquid metal to produce clean hydrogen from water
【編集部解説】
この技術は、水素生成における根本的なアプローチの転換を示しています。従来の電気分解が「電気で水を分解する」方法であるのに対し、今回のガリウム法は「光で直接化学反応を起こす」という点で異なります。
既存の水素生成技術の多くは、アルカリ電解やPEM電解といった電気分解方式で、効率は60〜80%程度です。しかし、これらは電力を必要とするため、再生可能エネルギーで発電した電気を使って水を分解するという二段階のプロセスになります。一方、ガリウム法は太陽光を直接化学反応に変換するため、電力変換のロスがありません。
報告された12.9%という効率は、「太陽光エネルギーから水素への直接変換効率」として理解すべき数値です。研究チームは1950年代の太陽電池が6%の効率から始まり、1990年代に10%を超えたという歴史的経緯を引き合いに出していますが、これは決して控えめな主張ではありません。初期段階の技術としては十分競争力のある数値といえます。
この技術の最大の革新性は、海水をそのまま利用できる点にあります。従来の電気分解技術の多くは精製水を必要とし、これがコスト増加の大きな要因となっていました。海水を直接使用できれば、沿岸部での大規模な水素生成施設の設置が現実的になります。
もう一つの重要な特徴は「循環プロセス」です。ガリウムは希少金属で、現在の価格は1キログラムあたり約2,100ドル(約32万円、1ドル=150円換算)と非常に高価です。しかも世界供給の95%以上を中国が握っており、地政学的リスクも高い素材です。反応後に生成される酸水酸化ガリウムをガリウムに還元して再利用できることは、この技術の実用化において極めて重要な要素となります。
一方で、課題も明確です。現在の効率12.9%は、商業化には不十分な水準です。電気分解による水素生成コストは現在1キログラムあたり4〜12ドルですが、化石燃料由来の水素は1〜2ドルです。市場で競争力を持つには1キログラムあたり2ドル以下が目標とされており、ガリウム法がこの水準に達するには、効率のさらなる向上とガリウムの回収・再利用システムの最適化が必須となります。
また、ガリウム自体の供給制約も無視できません。仮にこの技術が普及した場合、現在の半導体やLED向けの需要に加えて、水素生成用の需要が発生することになります。ガリウムはアルミニウムや亜鉛精錬の副産物としてしか得られないため、供給量の急激な増加は困難です。
それでも、この研究が持つ意義は大きいといえます。電気を介さない直接的な光化学反応、海水の利用可能性、循環プロセスという三つの要素は、いずれも既存技術にはない特徴です。研究チームは次の目標として中規模リアクターの構築を掲げており、実用化に向けた具体的なステップを踏み始めています。
【用語解説】
ガリウム
原子番号31の金属元素。融点が29.76℃と非常に低く、室温付近で液体になる特性を持つ。半導体やLEDの材料として広く使用されており、世界供給の95%以上を中国が占める。アルミニウムや亜鉛の精錬過程で副産物として得られる希少金属である。
グリーン水素
再生可能エネルギーを用いて水を分解して生成される水素。燃焼時に水しか排出しないクリーンな燃料だが、生成過程でも温室効果ガスを排出しないことから「グリーン」と呼ばれる。化石燃料から生成される「グレー水素」や「ブラウン水素」と区別される。
酸水酸化ガリウム
ガリウムが水と反応して酸化された際に生成される化合物。今回の研究では、この酸水酸化ガリウムを還元してガリウムに戻すことで、金属を繰り返し使用する循環プロセスを実現している。
電気分解
電気エネルギーを用いて化学反応を起こし、物質を分解する方法。水素生成では水分子を水素と酸素に分解する。アルカリ電解やPEM電解など複数の方式があり、効率は60〜80%程度。グリーン水素生成の主流技術だが、精製水と電力を必要とする。
循環プロセス
反応に使用した物質を回収・再生して繰り返し利用する仕組み。今回の技術では、水素生成後に生じた酸水酸化ガリウムをガリウムに還元して再利用することで、希少で高価なガリウムの消費を抑制している。
【参考リンク】
University of Sydney(外部)
オーストラリア最古の大学の一つ。1850年設立。今回の研究を主導したカランタルザデー教授が所属する。
Nature Communications(外部)
シュプリンガー・ネイチャーが発行するオープンアクセスの学術誌。今回の研究論文が2026年1月20日に掲載された。
Australian Research Council(外部)
オーストラリア政府の研究助成機関。今回の研究はDiscovery Projectプログラムの支援を受けて実施。
【参考記事】
Hydrogen Production From Seawater Achieved With Liquid Gallium Process(外部)
12.9%の効率達成の詳細と、研究チームが3年以内にパイロットプラントを稼働させる目標を報じる。
Recent and Future Advances in Water Electrolysis for Green Hydrogen Generation(外部)
電気分解による水素生成では現在55kWhの電力が必要で、効率向上の最適化が不可欠と論じる。
Gallium Price Today & Historical – 2026 Forecast(外部)
2026年2月時点でガリウム価格は約2,100ドル/kgで、世界供給の95%以上を中国が占めると報告。
Green Hydrogen Cost Reduction – IRENA(外部)
電解装置の効率が定格容量で65%で、グリーン水素の生産コストが化石燃料由来の2〜3倍と分析。
Electrolysers – Energy System – IEA(外部)
Hysataのキャピラリー技術が80%効率を達成したことなど、電解装置の最新イノベーションを報告。
A Critical Review of Green Hydrogen Production by Electrolysis(外部)
PEM電解やアルカリ電解が60〜80%の効率範囲で、市場競争力には2ドル/kg以下が必要と指摘。
Green hydrogen production via electrolysis – ScienceDirect(外部)
グリーン水素の生産コストが4〜12ドル/kg、固体酸化物電解セルが約90%の効率達成可能と論じる。
【編集部後記】
液体金属と太陽光という、一見シンプルな組み合わせが水素生成の常識を変えようとしています。効率12.9%という数字をどう捉えるか。初期の太陽電池と同じ道を辿るのか、それとも別の展開が待っているのか。海水をそのまま使えるという特性は、沿岸部に暮らす私たちにとってどんな可能性を開くでしょうか。
グリーン水素への道筋は一つではありません。電気分解、光触媒、そして今回のガリウム法。複数の技術が競い合い、補完し合う未来をどう描きますか。みなさんの視点をぜひお聞かせください。







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