2025年ノーベル経済学賞受賞者の一人、カナダ人ピーター・ハウィット氏(79歳、ブラウン大学名誉教授)が10月13日、AIは「驚異的な可能性」を持つ一方で、雇用破壊の潜在力があるため規制が必要だと警告した。
フランスのフィリップ・アギオン氏との共同研究で知られるハウィット氏は、新製品が市場に参入し旧製品を販売する企業が損失を被る「創造的破壊」理論を研究してきた。同氏は「規制されていない市場における私的インセンティブは、社会にとって最善の方法でこの対立を解決できない」と述べ、これを「人類史における大きな瞬間」と表現した。
一方、同時受賞したジョエル・モキア氏は「機械は人々をより興味深い仕事へ移動させる」と楽観的な見方を示し、主な懸念は技術的失業ではなく労働力不足だと指摘した。
From:
Nobel economist Peter Howitt warns of AI dangers – CNA
【編集部解説】
今回のハウィット氏の警告は、ノーベル経済学賞受賞直後というタイミングで発せられたことに大きな意味があります。同氏が1992年にアギオン氏と発表した「創造的破壊」モデルは、技術革新が経済成長を促進する一方で既存産業を淘汰するメカニズムを理論化したもので、現在のAI時代を予見していたとも言えます。出版まで5年を要したこの論文が、33年後にノーベル賞として評価された事実は、破壊的技術の影響を正確に評価するには長期的視点が不可欠であることを示しています。
ハウィット氏が「規制されていない市場における私的インセンティブでは解決できない」と指摘した点は重要です。これはAI開発競争が市場原理だけでは社会最適な結果をもたらさないことを意味しており、記事で触れられているカリフォルニア州のAIチャットボット規制法はその具体例と言えるでしょう。同氏が1990年代の通信ブーム、電気、蒸気動力と比較した点も注目に値します。これらの技術革新は当初、大規模な雇用喪失への懸念を引き起こしましたが、最終的には新たな産業と雇用を創出しました。
一方、モキア氏の楽観的見解との対比も興味深い点です。同氏が指摘する「技術的失業よりも労働力不足が問題」という視点は、特に日本を含む高齢化社会において説得力を持ちます。AIが単純作業や反復的タスクを代替することで、人間はより創造的で高度な判断を要する業務に集中できる可能性があります。しかし、この移行期における摩擦、つまり既存スキルの陳腐化と新スキル習得の間のギャップをどう埋めるかが、政策立案者にとって喫緊の課題となっています。
【用語解説】
創造的破壊
経済学者シュンペーターが提唱した概念で、新技術や新製品が市場に参入することで既存産業が淘汰され、経済構造が刷新されるプロセスを指す。イノベーションの本質的メカニズムとされる。
技術的失業
テクノロジーの進歩により労働者が職を失う現象。自動化やAIの導入により、特定のスキルや職種が不要になることで発生する構造的な失業を指す。
スウェーデン王立科学アカデミー
1739年に設立されたスウェーデンの学術機関。ノーベル物理学賞、化学賞、経済学賞の選考を担当し、世界の科学研究において権威ある評価機関として機能している。
私的インセンティブ
個人や企業が経済活動において利益を最大化しようとする動機付け。市場メカニズムの基本原理だが、社会全体の利益とは必ずしも一致しない場合がある。
【参考リンク】
Brown University – Department of Economics(外部)
ピーター・ハウィット氏が名誉教授を務めるブラウン大学経済学部の公式サイト。
The Nobel Prize – Official Website(外部)
ノーベル賞の公式サイト。受賞者の業績、研究内容の詳細解説を掲載。
Northwestern University – Department of Economics(外部)
ジョエル・モキア氏が所属するノースウェスタン大学経済学部の公式サイト。
State of California – Official Website(外部)
カリフォルニア州政府の公式サイト。AIチャットボット規制法を含む州の法律情報を掲載。
【参考記事】
【編集部後記】
ノーベル賞受賞者が「規制が必要」と明言した意味は重いでしょう。
市場原理だけではAIの社会実装を最適化できないという指摘は、シリコンバレーの「速く動いて壊せ」という思想とは対極にあります。一方で、もう一人の受賞者は労働力不足こそが本質的課題だと主張しています。この対照的な見解は、AI時代の労働市場が単純な二元論では語れない複雑さを示しているのかもしれません。
現在進行中のAI革命の真の影響を評価できるのは、2050年代になってからなのでしょうか。あなたの仕事は10年後、AIに置き換えられていると思いますか、それとも全く新しい形に進化していると思いますか。






























